猫と私と犬の小説家

瀧川るいか

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きのきのき

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私の住む街に有名な焼肉屋が出来た。テレビで著名人がよく口にしている焼肉屋。街の中心にあるガラス張りで見る角度によっては船の帆に見えなくもないオシャレな建物の十九階に出来た焼肉屋。ネットでメニューを見た。金額も当たり前だが用意周到に調べている。正直、高い。めちゃくちゃ高い。
でも、一度くらいは食べてみたい。折角、私の住む街に出来たのだから。
きっと、可愛い私の為に出店してくれたのだろう。
「ありがとう!愛してる!」
そんな気持ちを抱えながら古い歩道橋の上から建物を見ている。もうボロボロで心配なくらい古い歩道橋の上から愛を込めて。
「ありがとう!愛してる!でも、今は金ない!待ってろ!」
そんな気持ちで街の中心の商業施設とオフィスビルの間の古い歩道橋から眺めている。
「十九階かぁ~高いなぁ~」
「見上げる首が大変だなぁ~」
可愛い私の後ろを親子が楽しそうに通り過ぎて行く。
赤い服を着た女の子が母親と手を繋いで通り過ぎて行く。
「いいなぁ~」

今日は日曜日。オフィスビルに背を向け、商業施設に向かう途中の階段を下り大好きなハンバーガー屋に向かう事にした。今日はそんな気分。まだ肉には早い気分。手すりを見ると歴史を感じる。白い塗装が少し錆びれている。
「かなり前からあるんだろうなぁ~。この歩道橋」
階段を下りると木がポツリと佇んでいる。
「んーん。んーん」
なんか気になる木。街の中だけどポツリと佇んでいる。
「木さんはずっとこの街を見てるんだよね~」
木に話し掛ける可愛い私。
「沢山の人達を見てきた木さんに聞きたい事があるんだけど~」
勿論、言葉が返ってくる事はない。
「今日の私はどんな?ちゃんと可愛いですか?」
「一人ぼっちで寂しそうだから話しかけてあげたんだから少しは褒めろ~」
周りには人が沢山歩いてる。木に目もくれず歩いている。
雑踏に紛れて誰にも聞こえない私と木の会話。この街の人々は歩くスピードが早い。信号が点滅し出すと忙しなく人が行き交う。
「信号無視する人とか多いけど木さんはどう思う?」
木の前で立っている可愛い私を置いて沢山の人が通り過ぎて行く。
「なんか可哀相だな~。誰にも構ってもらえないで。今日は珍しくヒマだから少し構ってあげるよ~この可愛い私が」
そんな事を言っていたら鳥が木の周りに集まってきた。
「お!鳥さんも私に構ってもらいたいのかぁ?」
見上げると沢山の鳥達が木の枝で休んでいる。
「チュンチュン」聞こえる鳥達の声がポツリと佇む木の寂しさを吹き飛ばした。
誰も構ってくれないけど、鳥達は友達みたいだ。
「チュンチュンチュンチュン」まるで鳥達と木が仲良く会話してるようにも見えた。
「最近調子はどう?木!」
「まぁまぁだね~鳥さんは?」
「色々と飛び回って来て疲れた~」
「そうか~まぁ~ゆっくり休みな!」
「ありがとうね~今日は友達多いけど大丈夫?」
「余裕!任せて!」
木と鳥たちの、そんな会話を想像していた。
「あ~さっきはごめん!友達いっぱいいて寂しくないね!」
何故か申し訳ない気持ちになった。
勝手に寂しいとか決めつけて木が気分を悪くしていないか、そんな事を思った。
「鳥さんと仲良しなんだね~。まぁ~文明が発達したら教えて~。木さんの見てきた歴史とか?私がどれだけ可愛いかとか?この街で一番可愛いかどうかとか?木の.........木の………気持ち?」
「………」
「木の、木の~気持ち!きのきのき!!なんかどっかで聞いた事ある~。でも分からないな。どこで知ったのか。きのきのき。まぁいっか!」
大きな木と鳥達に下らない冗談を言い放ち、笑いながらいつものハンバーガー屋に入っていった。入口の近くには木が二本とベンチがある。今は使用が出来ないようでロープで囲まれている。イベントスペースとして使用する時にロープを外してるようだ。店内に入り、いつものライスバーガーとレモンティーを頼んだ。
会計を終わらせると、いつものように窓際の席に座った。
外を見ながら食べれる席に座った。
「今日の番号は二十九かぁ」
29番の札を席に置く。外では相変わらず鳥が木の枝で寛いでいる。
「なんやかんやで一人ぼっちじゃないだなぁ~」
全く気にする必要のない存在の木かもしれないが、寂しくなんかない姿を見れて少し嬉しかった。
「すいません~ライスバーガーとレモンティーお待たせしました~」
「は~い。ありがとうございます~」
「番号札お預かりします」
「お願いしま~す」
そう言って29番の番号札を女性店員に渡した。
「これこれ~。いただきまーす!」
大好きなライスバーガーにかぶりつく可愛い私。
「やっぱ美味いなぁ~」
外から見えるライスバーガーを食べている可愛い私。
食事中のみ見れるレアな可愛い私。
可愛い私がもったいないから、あまり見られたくない。
そんな可愛い事を考えていたらライスバーガーは私の目の前から消えていた。
好きな食べ物は直ぐに胃袋に収めないと気が済まない。
「なんか肉食べたくなってきたなぁ~」
ふと29番の札を思い出した。
「あーー!やっぱ!肉食べたい!絶対肉食べたい!」
少し膨らんだ気がするお腹。
「カロリーオーバー!」
今日は肉は諦めて帰る事にした。
「いやぁ~二十九番の札じゃなかったら、こんな気持ちにならなかったかもなぁ~」
誰も悪くない。29番の札に罪はない。

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