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ロンギヌスの牙
奈落の王の宮殿
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────フラガ=ラ=ハ(人狼ガルダーガ種、ガルダーガ族、ヨトゥンヘイム筆頭神官)
コンコン……。
コンコン……。
コンコン……。
ガン! ガン! ガン! ガン! ガン!
ドガッ! ドガッ! ドガッ! ドガッ! ドガッ!
地震のような揺れに、棺桶で熟睡していた俺は飛び起きた。
「え、何?、ええ?! ひゃっ! ……」
ベッドの防音用の蓋を勢いよく開けたら、傍にいた何者かにぶつかってしまったようだ。誰かが、開いたベッドの蓋の下敷きになって倒れていた。
俺は、ベッドから飛び出すと、急いで蓋を持ち上げてベッドに戻した。
「申し訳ありません! お怪我はございませんか?」
「もー! 何すんのよ!」
サイズが少し大きめの英知の湖の守人の衣装を纏った、褐色の若い娘だった。守人見習いといったところだろうか?
だが、この若さでこの深さまで潜って、平然としていられるルーノ族などいるだろうか?
そう言えば、最近、ルフィリアが「妹のルナディアが、正式な浄化の湖の守人になれた」と喜んでいたな。世代的には、この娘と近いはずだ。ルーノ族の新世代は、黄泉に適応した有望株が多いということか。
「失礼しました、お怪我はありませんか?
先ほど、大きな揺れを感じましたので、大事が起きたのかと思い飛び起きてしまいました。
まさか、傍に何方たかがいらっしゃるとはおもっても見なかったもので……。
誠に申し訳ございませんでした」
「……」
「あのー……大丈夫ですか?」
「……」
「あのーっ! だ! い! じょ! う! ぶ! で! す! か!?」
「うっさいっ! き! こ! え! て! る! わ! よ!」
気のせいかどこかの誰かに似ている気がして、すこしイラっとしたが、こちらに非があるため、相手の機嫌が悪いのは仕方がない。
さて、面倒なことになってしまったな……。
「そういえば、さっき大きな揺れがありませんでしたか? ヘルヘイムでなにかあったのですか?」
「え? あ、ああ、えーっと……あ、そうそう、さっき、クィンサラマンダーがこの近くを通ったのよ。そうそう、きっと、それ。ああ、きっとじゃなくて、絶対それ」
さっきまでむくれていた娘は、突然、バツが悪そうな表情に変わっていた。
なんとなく、状況を把握できてきたので、その娘と目を合わせ、無言の圧力をかけてみた。
「……」
「あーもー! わかったわよ! う・そ・よ! 私が蹴ったの。
あんたが、ノックしても全然起きないから! ったく、バカじゃないの?
カインの宮殿の近くで、熟睡とか、何考えてんの!?」
逆ギレである。
「ふむ……、だが、ここは守人たちが休むための施設だろ?
そんな無防備になる場所でカインが何かしたら、君たちのロクリアン=ルシーニア様が黙っていないじゃないか?
リディアン=ルーテシア様とロクリアン=ルシーニア様に、何度も頭を下げてまでヘルヘイム内部に宮殿を構えさせてもらっているカインが、彼女のご機嫌を損ねるような真似をするとはおもえないが?」
「だって、あんた外界のルガルじゃない……」
「ふむ……、それでも、ロクリアン=ルシーニア様は黙ってないと思うが?
彼女は、黄泉でのルールにとても厳格な方だし、外界の民とはいえ、通行許可をだした客人に、無礼を働くような行為を、絶対に許す方じゃないだろ?」
「え? そう? あーそっか……。うーん、そうかも……」
娘は、なぜか気恥ずかしそうに、納得した。
「では、俺からの質問だ。君はなぜ、熟睡中のロクリアン=ルシーニア様の客人を、無理やり起こそうとしたのかな?
俺が寝ていたベッドを足蹴にしてまで?」
「あ! そう、それそれ! それよっ! 聞いてない?
現地で合流する〝協力者〟。
私がその協力者、ルーノ族のシャーマン、ルナディアよ!」
ちっ、この娘、ベッドを足蹴にしたことは、完全にスルーしやがった。
それに、この娘は俺の知っているルナディアではない。
ルーノ族は、名前の重複を禁じている。
だが、最近はカインの悪意すらうっすらと知覚できるようにまでなった、この俺の知覚には、この小娘からの悪意は一切感じられなかった。
協力者ってのは、嘘ではないだろう。
俺の目的を知ってるのは、ごく限られている。
その情報が、漏れる可能性はかなり低い。
つまり、ロクリアン=ルシーニアは、よりによってこんな残念な娘をよこしたわけだ。
わざわざ蓋が開く方に立って、蓋つきベットの中で就寝中の者を無理やり起こそうとするような娘だぞ?
これからカインの宮殿だってのに、最悪の目覚めじゃないか。
……
ルナディアの名を騙る娘と俺は、任務の詳細について打合せをするため、休憩所の最上階にある談話室の一室に場所を移した。
「この階は、人払いしてあるし、この部屋は厳重に結界を張っておいた。誰にも話を聞かれないから、安心して」
「ひょっとして、俺の寝ていた第3仮眠室に、結界を張っておいてくれたのも君かい?」
「当たり前でしょ。あんな話、聞かれたらまずいじゃない。
バカなの? でも、気づいてたってことだけは、ちょっとだけ認めてあげる」
「最上級の高等法術じゃないか。
その若さでその法術式を周囲から隠して展開できるルガルには初めて会った。
正直、ルーノ族にこんな隠し球がいたなんて驚いたよ。
ガルダーガ族の長老だってここまで精密な法術式を扱える者は滅多にいない。
申し訳ない、かなり君を見縊っていたようだ。非礼を許していただいきたい」
「……ふーん、まぁいいけど」
彼女は、まんざらでもない感じで、照れ臭そうに言った。
「ところで、相談なのだが……」
俺は本題に入った。
彼女は、すこし身構えた。
「お互い、これから死地に向かうことになる」
「……うん」
「その前に、俺は、お互いに命を預けられるだけの信頼を、確立しておきたい」
「え!?」
娘は、なぜか、急に頬を赤らめた。
「……あー! ちがう、誤解しないでくれ!
密室だし、若い娘さんには、誤解を招く表現だったかもしれなかったな。
俺が言いたいのは、あれだ。可能な範囲でいいから、お互い、無理な嘘をつき通すのは、やめようってことだ。
カインの宮殿にはいったら、一瞬の判断が命取りになる、だから、足枷になりそうなものは、事前に取っ払っておきたいのだ。
とくに、カインの宮殿は、ほんとうに何が起こるかわからない、何に出くわすかもわからない、とても危険な場所だから」
「つまり、どういう意味? 私が邪魔ってこと?」
「違う、君は俺にはもったいないくらい優秀な協力者だよ」
「じゃ、いいじゃない」
すかさず、俺は、カードを切る。
「ルナディアは浄化の湖の守人。
何度か見かけたことがあるが、君の容姿はまったくの別人。
そして、君の着ている衣服は、英知の湖の守人、ルフィリアが昔着ていた衣服。
ルフィリアの香りがまだ残っているし、君の香りがほとんど付いていない。
それに、君の生命の波動には、今の姿に馴染んでいない徴候がみられる。
理屈は全くわからないが、君は何らかの方法で、人狼の知覚すら惑わせる高度な擬態を行なっていると考えるのが妥当だ」
「……」
少し、追い詰めすぎたかとおもった。
しかし、思考の流れはよく掴めないものの、黙って俺の話を聞いてくれているようだ。
「俺は、ルフィリアが協力者だと思っていたんだ。
俺が把握している、ロクリアン=ルシーニア様の腹心中の腹心では一番の適任者だからね。
でも、ルフィリアじゃ、正直、心もとなかった。
たぶん、二人揃って帰投することはできないと予想していた。なにせカインの宮殿だ。
もし仮に、ルガル史上最強とまで謳われている、不死身を誇るエンヘリャルのグーンデイル公とご一緒できたとしても無理だと思ってる。
カインは文字どおり、次元のちがうバケモノだ。グーンデイル公を複製して大軍で攻めても歯が立つようなあいてではない。
だから、俺は今回の任務では、死を覚悟していたんだ。
カインとは何度も会ったことはあるけど、今回の任務は完全に別物。
彼の逆鱗に直接触れて、噛みつこうって任務だからね。
我が主、エオリアン=ユーフィリアも、そう思って俺を送り出したと思うよ。
まぁ、ヨトゥンヘイムの神官てのは、最初に死を覚悟してからなる職なので、今更、死の覚悟ってのもおかしな話なのだけれど、今回ばかりは、さすがに無理かなって思っていた。
でも俺は、死んでもルフィリアだけは生還させるんだって思ってた、あんな美人犠牲にしたら死んでも死に切れないしな。
それに……それ以上に、ルフィリアを死なせたらルシーニアに顔向けできないからね……」
「……!」
いらんこと言っちまった。
いつのまにか感傷的になっていたようだ……。
「ああ、すまない、君の主のことは幼少時代からしっているので、つい呼び捨てになってしまった」
「いいよべつに。私は気にしないし、いちいち報告なんてしないから、その話、続けて」
「……大昔、リディアン=ルーテシアがちょっとした手違いで、外界に飛び出して行方不明になったことがあるんだけど、リディアン=ルーテシアが無事見つかったって連絡が来たとたんに、ルシーニアが、いきなり泣き出しはじめてさ。
あのときの彼女の姿は、いまでも頭から離れないんだよ。
あのころの彼女は、既にニダヴェリールになっていたけど、まだ俺によく懐いてくれていたから、余計に辛くて……。俺は、彼女にもうあんな辛い思いをさせたくなかったんだ」
「……」
「でも、実際に現れた協力者は、ルフィリアではなく、正体不明の君だった。
俺の仕事ってのは、一瞬で見極められるかどうかが生死をわけるんだ。
数万年それをやってきた俺自身の感覚が、君とだったら二人とも無事に帰投できると告げている。
信用してもらえなくてもいいんだ。
でも、俺はいつも、その感覚に助けられて来た。
一万年以上も昔に前任者から筆頭神官なんて役職を押し付けられたにもかかわらず、俺がまだ生きているのがその証拠だ。
ところで、君は、ヨトゥンヘイムの筆頭神官の筆頭って意味をしっているかい?」
「バカにしてんの? 一番偉いってことでしょ?」
「ちがうよ」
「じゃぁ、なによ? もったいぶる程のことなの?」
「死亡確率がアホみたいに高い任務があったときに、一番最初に選ばれる神官のことだよ」
「え?」
「ヨトゥンヘイムの上級神官名簿っていうのは、そういう順番で記されているんだ」
「じゃぁ、前任者が死んだから、2番から筆頭になったってこと?」
「いや、それもちがう」
「なにそれ?」
「それは、俺が、一番知りたいことなんだよ!」
「意味わかんない、ちゃんと説明してよ、その前任者はどうなったのよ?」
「話が長くなりすぎる!」
「じゃぁ、手短に話して!」
「うーん……そういえば……君の回答を、まだ聞いていなかった」
「回答って? 私と一緒なら大丈夫ってことでしょ? 問題ないじゃない」
「俺は何者かわからん奴に命を預けるくらいなら、任務を放棄してヨトゥンヘイムで極刑にされるほうを選ぶ」
「なにいってるの?」
「これから君を抱えて、ルシーニアの宮殿にもどって、ありのままを報告してから、ヨトゥンヘイムへ帰ってエオリアン=ユーフィリアに処刑してもらうってことさ」
「ここまで来てるのよ? バカじゃないの?」
「それが、俺だ。俺は、そうやって生き残ってきた。だから、そうやって死に方も選ぶ」
「わけわかんない。そんなことロクリアン=ルシーニア様が許すわけないじゃない」
「おれは、エオリアン=ユーフィリアの筆頭神官だ。おれは、エオリアン=ユーフィリアの勅命でしか死なない」
「ほんとーに、バカなのね。じゃぁ、エオリアン=ユーフィリアがロクリアン=ルシーニア様の勅命にしたがえっていったら?」
「うーん……その時は、転職を考える……というか命令無視だがら極刑だな」
「!!! ちょっと、なによそれ! エオリアン=ユーフィリアならよくてロクリアン=ルシーニアはダメってこと!? ふざけないでよ! これだけ……!!!」
なんの地雷を踏んだかわからんが、このヒステリーは尋常ではない。
俺は、ヨトゥンヘイムの神官が〝生命の根源体〟がざわめいた時に落ちつかせるための、水面とよばれる、生命の基礎法術を、彼女の〝生命の位相軸〟の一つに沿って奏でてみた。
「……」
落ち着いてきたようだ。
「ごめんな。言い方がわるかった。君の主人のことが嫌いなわけじゃないんだ」
「……じゃぁ、なんで!?」
「俺が、産まれた時、エオリアン=ユーフィリアは、既に、いまのエオリアン=ユーフィリアだったけど、ロクリアン=ルシーニアはそうではなかった。
俺は、ルシーニアが産まれた時から、ニダヴェリールになる日までの間、彼女の傍に居たんだよ。
ルシーニアという生命の根源に触れている時間が長すぎたんだ」
「意味がわからない」
「ごめんな、これ以上は、ルシーニア本人にしか話すことはできない。
任務とか秘匿事項以上に、ルシーニア本人にとって重要なことだから」
「本人になら、教えてくれるの?」
「まぁ、立場上、エオリアン=ユーフィリアに許可取らんと、大目玉くらうがな」
「結局、立場じゃん」
「本当に名目上なんだ、大人の世界ってのはそんなものだろ? 君が、ルシーニアにこの話をして、ルシーニアが知りたいってエオリアン=ユーフィリアに要請すれば、エオリアン=ユーフィリアから教えてもらえるよ」
「フラガ=ラ=ハから、教えて欲しいって言われたら?」
「俺が? 無理だろうな、ルシーニアから正式な要請が出た時点で、俺は極刑だ」
「え? ……なんでよ?」
「たった今、俺が、ヨトゥンヘイムの最重要秘匿事項の一つを、世界龍以外の生命体に口走ったからだよ!
いま、俺の命は、君に握られてるってこと!
ここまで話したんだ、俺に、君を信頼させてくれ。君はいったい、何者なのだ?
君の口から直接きかせてくれ」
「なんでよ、たったそれだけで、殺されなきゃならないのよ?」
「たったそれだけじゃない! とても重要なことだ!」
「……」
「……じゃぁ、俺から君の正体を話そうか?」
「え?」
「俺から話していいのかと聞いている。
君から話してくれるなら、俺はこの任務を続行する。
俺から話したら、俺はこの任務を降りて、極刑を選ぶ」
「なんでそうなるの? 正体なんかどうでもいいじゃない?
ルーノ族のルナディアでいいじゃない?」
「なら、俺は降りる、君の本当の名前は……」
「ちょっとまって! いうから、お願いだから、バカな真似しないでよ!」
「……」
「その前に、わかった理由を聞かせてくれる?」
「話したら、ちゃんと名乗ってくれるのかい?」
「……うん」
「さっき、君が激昂した時、俺は水面を使った」
「水面?」
「気持ちが落ち着いたやつ。生命の基礎法術ってやつの一つなんだ」
「それが、どう関係するの?」
「薄々、わかってはいたんだけど、確証はなかった。
どんな魔法を使ったのかわからないけど、証拠がまるでなかったからね。
でも、水面を使うには、相手の生命の位相軸ってのを最低1本は知っている必要がある。
通常、生命の位相軸ってのは、ほんの1本だけ知るのでも、とても長い時間を共に過ごす必要があるんだよ。
相手が生命の根源体により近い状態でね。
そして、俺が生命の位相軸を知っているのは一人しかいない。
ダメモトで試したら、見事に共鳴して、君は落ち着きを取り戻した。
それで、納得してもらえるかい?
これ以上言うと、俺が君の正体をいうのと同じになるけど?」
「どうして、最初に水面を使わなかったの?」
「俺が、極刑になるリスクを減らしたかったからだよ。生命の位相軸に触れるのは、限りなく禁忌に近い行為なんだ。それ以上の説明は、今は、勘弁してほしい……」
「……わかった、私の負け。でも、名乗ったら、知りたいこと全部はなしてくれる?」
「それは、無理だよ。全部話したら、君から名乗る意味がなくなる。話せることだけしか、話すことはできない」
「うん、じゃ、それでいいわ。約束ね」
「ああ、約束だ」
死地に向かう前に、女神に出会えた。
生贄を選ぶことができず、自らやってきた優しすぎるお姫様には返しきれない借りができてしまったようだ。
俺は、ガルダーガ族の歴史上、最も多くカインにエンカウントしてきた人狼だ。
彼女のおかげで、その悪夢のような記録も、あともう少しだけ増えそうだ。
……
ヨトゥンヘイムの虚無なる奈落観測チームは、落下中のアールヴヘイムについて、時間差はあるものの、大地の状況を捕捉することに成功した。
大地は、王侯の領地単位で分解されており、王侯の領地ではない空白地帯の大地は、すべて跡形もなく崩壊していた。
残存大地のほとんどは、次元構成の均衡が崩壊し、世界が低次元化してしまった。
低次元化したことで、人狼種を筆頭にした高次元生命体は、大地に存在できなくなり姿を消しており、王侯以外の高次元生命体は、絶滅してしまったものと考えるのが妥当であるとのことだった。
当然、王侯の肉体も例外ではないだろうが、鎮守鎖の加護がいまだ健在なため、空間の間に隔離されてしまっているのではないかと、研究チームは推測している。
残念ながら、王侯たちを救出する方法は、まだ見つかっていないとのことだ。
だが、観測データを入念に検証していた、鎮守鎖の開発者にして、ヨトゥンヘイムの法術司祭長を務める、アゾットは、それ以上に重大な問題があると訴えた。
それは、アールヴヘイムの中心地・ギアを構成している3つの大地が、分裂せず、次元構造の変化も一切ないということだった。誰もそれを問題視する者はいなかったのだが、鎮守鎖を最も知り尽くしているアゾットがその異常性を指摘したため、放置するわけにはいかなかった。
それを受けた、ヨトゥンヘイムの虚無なる奈落観測チームは、ギアについて詳細調査を行ったところ、いくつか不審な点が観測された。
・高次元状態が維持されていたにもかかわらず、ギアには人狼種が1名も確認できなかった。
・人狼種を一箇所に集めた上で大量殺戮がおこなわれた痕跡が発見された。
当初はカイン自身の犯行が疑われたが、約1日程度におよぶ戦闘の痕跡が確認され、殺害方法は、人狼種特有のものであったことと、戦闘というより一方的な殺戮に近い痕跡が確認されたため、大地の崩落直後に行われた、戦闘種族のアルデバドス族を瞬殺できるほど強力な人狼による犯行ではないかとの結論にいたった。
アゾットは、何か心当たりがあったらしく、自ら観測チームに合流し、第一次調査隊を組織して、ギアの大地へと渡航した。
そして、帰投した彼は信じがたい仮説を導き出した。
グーンデイル、アーグゥイン、フォールクヴェイルの3人の王侯による犯行だと、推定したのだ。
その場にいたほとんどのものが、彼の仮説を否定した。
だが彼は、
・3名の王侯は、この高次元空間からはじき出されることはないのにも拘わらず、なぜ、ギアの大地のどこにもいなかったのか?
・誰ならば、アルデバドス族とティターノ族をもれなく一箇所に、集結させられたのか?
という、疑問に矛盾なく適合する犯人は、彼ら3名であると、力説した。
たしかに、筋はとおっているが、
・なぜ、彼らはそんなことをしたのか?
・王侯が3人とはいえ、約1日程度でアルデバドスとティターノを全滅させられるほどの戦闘力はなく、戦って死ぬことを誇りとするアルデバドスはともかく、ティターノたちは広大なギアの大地に分散して逃げるだろうから生き残りがいないのはおかしい
との反論が、多くものから支持された。
そこで、彼は、エオリアン=ユーフィリアから開示許可を得た上で、秘匿事項を公開し、カインであれば、実験素体として、最初の3本のプロトタイプ版鎮守鎖を割り当てられていた、グーンデイル、アーグゥイン、フォールクヴェイルを、強力な殺戮マシーンに改造し、使役することができると、説明した。
そして、アールヴヘイムにおいて、その儀式が唯一可能な場所は、フリギアン=ギアの瞑想室であり、第一次調査隊の調査時に、フリギアン=ギアの宮殿は、強固な瞑想室も含め、執拗なまでに破壊されていたことを確認してきたと付け加えた。
3名の性能評価も兼ね、崩壊の混乱に乗じて、彼らに大殺戮を行わせたのではないかということらしい。
エオリアン=ユーフィリアは、熟考していたが、突然、口を開き、「ヨトゥンヘイムの虚無なる奈落観測チームは、カインにとってすでに無視できない存在になっている。これまで、根無し草だったカインが、突然、ヘルヘイムに宮殿を構える不自然さが気になっていた。おそらくその理由の一つは、怪物化した3名の王侯の隠し場所が必要だったからだと疑ってもよいだろう」という見解を示した。
そして、危険な任務になるが、カインの留守中に宮殿内の探索を行いたいと述べた。3名のうち1名だけでも、生命の基礎法術で彼らの生命の根源体に僅かなマーキングができれば、それを頼りに捜索を行えるということだった。
そして、それが俺の今回の任務になったのだ。
……
任務に際して、アゾットが予想したとおり、カインの宮殿は、留守中でも虚無化されていなかった。虚無化されていた場合、任務はその場で終了し、帰投する手筈になっていた。虚無に触れることは、カインに触れることと同義だからだ。宮殿内の虚無に触れた途端、カインが舞い戻ってくるだろう。たとえヘルヘイムに転移対策が施されていても、虚無化された空間は例外だ。世界龍は、自身の外郭世界であれば、どこにでも存在でき、一瞬で移動できるからだ。
虚無に触れる、もしくは虚無を渡るといった行為は、とてつもなく危険な行為だ。ヨトゥンヘイムの調査隊がギアへ渡航したことは、当然、カインも知っているだろう。
特にアゾットは、カインについて知りすぎている長老の一人だ。カインの殺害対象リストの最上位にいても不思議では無い。彼が、外界にいると知られたら、カインは嬉々として殺害しにくるはずだ。
だが、彼は、躊躇なく虚無を渡り、当たり前のように生還した。
アゾットは、初代の筆頭神官であり、在職中に生き残ることができた稀有な人狼だ。俺は、下級神官時代、彼から多くの事を叩き込まれた。俺の前任者を師匠とするなら、アゾットは俺の教官といったところだ。
カインは、虚無に触れられたことは知覚できるが、それが誰かまではわからない。ある一瞬に虚無に触れている物質が、全外郭世界を通じて、膨大に存在するからだ。それらすべてに構っていられるほど、カインの処理能力は高く無い。主要な虚無の特定の面にのみ注意をはらっている、というのがアゾットの持論だった。
俺と、ルシーニアは、カインの宮殿の大回廊を歩いていた。
本来、俺の役目であった、気配と姿を隠すための、隠遁の法術式の展開と隠滅は、全て彼女が担当してくれていた。
俺の得意分野の一つだが、ここまでレベルの違いがあると、虚しさよりも、感動を覚えた。
グーンデイル達の捜索は、アゾットに渡された摩訶不思議な計測器の針が頼りなのだが、一度も反応がない。
アゾットは、二部屋ぶんくらいの距離に近づいたら反応するといっていた。
最初に最深部へ向かったあとに、主要区画とおもわれる場所はすべて回ったはずだ。そこには隠し部屋らしきものとか、空間を歪めているとか、カインがやりそうな仕掛けはすべてルシーニアにはお見通しだろうから、見落としはまずないと考えていいだろう。
「ねぇ、あそこ、なにかあるわよ」
ルシーニアが指摘したのは、中庭の中ほどにある壁面だった。
俺は、計測器を壁面に近づけてみた。
ごくわずかではあるが、不自然な反応があった。
何度か繰り返してみたが、ほぼ、同じ反応をみせた。
「ここだな。壁の仕掛けの方はなんとかなりそうかい?」
「うん、多分、大丈夫」
ルシーニアは壁面に触れないギリギリのところに、透過の法術式を展開した。
「向こう側の様子、すこし知覚できるようになったんじゃない?」
「ああ、確かに、隠された空間があるね。でも、壁面から数歩分くらいまでの空間全体は要注意だ」
「どういうこと?」
「カインがよくやる手なのだが、虚無を使って作った、微妙に綻んだ空間の欠片を、ほんの少しだけ空間に満遍なく織り込んでおくんだよ。
たとえ微量でも、綻んだ空間に触れた物質は、何かに貫かれるような感じで切り裂かれるんだ。
そいつに、殺られた同胞がたくさんいる、法術でも虚無でもなく、そのうえ微量だから、知覚するのが難しいのだけれど……君なら、安全に見極められるんじゃないか?」
「ちょっとまってね、調べてみるね」
いつもなら、物や、法術式を投げ込んで、当たりをつけるんだけど、今回ばかりはそういった博打は避けたかった。
「ほんとだ、確かに何かおかしいわね。でも、数歩分どころか、向こうの部屋全体がそんな感じ。でも、これ、除去は無理そう。できないことはないけど、大掛かりな法術式展開しないといけないから、ばれちゃうわね」
「その先は、大丈夫そう?」
「うん……あれ?」
「どうかした?」
「その先の空間は、大丈夫なのだけれど、ルガルっぽい生物が2体、歩き回ってる。」
「放し飼いですか。まいったな……」
「もう一体は、その部屋にはいないわね。さらにその奥の部屋もあるけど、そこには誰もいない」
「さらにその奥って、透過の法術式じゃ、届かないよね?」
「うーん……さすがに無理ね」
「奴らの知覚をどこまでごまかせるかにかかってるってところか。あとは、もう一体のルガルがどこに配備されているかだ」
俺達は、中庭の周囲を念入りに探索した。
件の壁面を取り囲むような位置に、サイズはとても小さいものの、壁面と同様の仕掛けをいくつか見つけた。
「これ、全部同じ場所に繋がってるわ。しかも、その奥に1体いるわよ、さっきの2体とは違うやつ」
「ここは、通り抜けられるの? できればそいつにマーキングしたいところだけど」
「無理ね、狭すぎるし、距離が遠すぎる」
ティターノが逃げきれなかったわけが、なんとなく分かった。
フォールクヴェイルだ。
奴は弓の名手だ。遠距離特化型に改造されていてもおかしくはない。
むしろ、戦力的にバランスがよくなるはずだ。
狙撃ポイントで待機して、一気に超高精度の弾幕を張ったてところか。
奴らの体力なら、即死レベルの法術式の矢なんて無尽蔵に撃てるだろう。
「マーキング行為を含め、奴らの知覚に捕捉された瞬間に、それをトリガーにして、即死レベルの弾幕が自動的に射出され続ける仕組みってところだな。万事休すか。撤退した方が良さそうだ。存在を確認できただけでも、収穫だよ。帰ろう」
「……ちょっとまって、私に考えがある」
俺が、帰投をうながすと、少し考え込んでいた彼女は、そう呟いた。
「十分、収穫はあったんだ。これ以上、無理する必要はないと思うけど……」
「だめよ。あの人狼、危険すぎる。私が直接来たのは正解だったわ。隠されないうちに、なんとかしないと」
「世界龍、 直々に、一戦交えるのかい?」
「まさか、こんな不利な場所で戦いたくなんかないわよ。痛いの嫌だし」
痛いかどうかの問題なのか……。
「じゃ、どうする?」
「2体のルガルが居た奥の部屋に、おかしな装置が3つあったのよ。それを回収しようと思うの」
「マーキングは?」
「撤退の合図をしたら、1体だけしてもらえる?、2体のどちらか。一部屋くらいの距離なら、大丈夫でしょ?」
「わかった。でも、具体的にどうやる? ヘルヘイムじゃ、君だって転移はできないよね? それと、俺の主人に言えないようなもの見せられて、秘密を守れって言われる状況は避けたいのだが……」
「私から、エオリアン=ユーフィリアに事情を説明するから安心して」
「やっぱりか! それって、俺はどうなるわけ?」
「うーん、しばらくは、私の宮殿で軟禁ってところかな? 私の瞑想室を使わせてあげるから、こちらの秘匿情報を漏らさなければ、任務の詳細報告くらいはさせてあげる」
「君の眼の前で、ヨトゥンヘイムの秘匿情報を話さないといけないってことだけど?」
「それも含めて、エオリアン=ユーフィリアと交渉するわ。あの3つの装置の回収は、それ以上の価値があるわよ」
「うーん……」
「一瞬の判断が取り柄じゃなかったの?」
「……たしかに、そうだな。君がそこまで言うってことは、とても重要なことなのだろう」
「よろしい」
「後のことは、帰投してから考えよう」
「大丈夫よ、それもちゃんと考えてある」
「嫌な予感しかしないのだが?」
そしてルシーニアは、世界龍特有の発声で、何かを囁いた・彼女の発声は、昔以上に美しくなっていた。
俺たちの周囲は漆黒の霧に包まれる。
なんだこれ……法術ですらないのか?
カインですら転移については、法術をベースに理論を構築してるってのに……。
漆黒の霧が晴れると、件の奥の部屋にいた。
そこには、巨大な棺桶のような装置が、3つ並べられていた。
棺桶の蓋には、それぞれ異なる模様の世界龍の発声刻印がなされていた。
なにが刻まれているのだろうか?
「ロンギヌス#666、ブリューナク#667、グングニル#668だって……。
なにこれ? 何かの暗号?」
興味深げに眺めて居たら、ルシーニアが読んでくれた。
「666地点はグーンデイルのバインド地点、667地点はアーグゥインのバインド地点、668地点はフォールクヴェイルのバインド地点だね。
それ以外はよく分からないけど、彼らの呼び名ってところじゃないかな?」
「なるほどね。準備はいい?
こんな趣味の悪い部屋に長居はしたくないわ」
「あぁ、いつでもいいよ」
「3……2……1……」
ルシーニアが、先ほどのとは少し異なる、詠唱らしきものを始めた。
俺は、すかさず一番近くにいた、グーンデイルと思しきルガルに、生命の基礎法術を奏でマーキングした。
壁の向こうで単純に歩き回っていただけの、奴らの動きが突然変わったのが分かった。
そして、俺たちはまた、漆黒の霧に包まれた。
コンコン……。
コンコン……。
コンコン……。
ガン! ガン! ガン! ガン! ガン!
ドガッ! ドガッ! ドガッ! ドガッ! ドガッ!
地震のような揺れに、棺桶で熟睡していた俺は飛び起きた。
「え、何?、ええ?! ひゃっ! ……」
ベッドの防音用の蓋を勢いよく開けたら、傍にいた何者かにぶつかってしまったようだ。誰かが、開いたベッドの蓋の下敷きになって倒れていた。
俺は、ベッドから飛び出すと、急いで蓋を持ち上げてベッドに戻した。
「申し訳ありません! お怪我はございませんか?」
「もー! 何すんのよ!」
サイズが少し大きめの英知の湖の守人の衣装を纏った、褐色の若い娘だった。守人見習いといったところだろうか?
だが、この若さでこの深さまで潜って、平然としていられるルーノ族などいるだろうか?
そう言えば、最近、ルフィリアが「妹のルナディアが、正式な浄化の湖の守人になれた」と喜んでいたな。世代的には、この娘と近いはずだ。ルーノ族の新世代は、黄泉に適応した有望株が多いということか。
「失礼しました、お怪我はありませんか?
先ほど、大きな揺れを感じましたので、大事が起きたのかと思い飛び起きてしまいました。
まさか、傍に何方たかがいらっしゃるとはおもっても見なかったもので……。
誠に申し訳ございませんでした」
「……」
「あのー……大丈夫ですか?」
「……」
「あのーっ! だ! い! じょ! う! ぶ! で! す! か!?」
「うっさいっ! き! こ! え! て! る! わ! よ!」
気のせいかどこかの誰かに似ている気がして、すこしイラっとしたが、こちらに非があるため、相手の機嫌が悪いのは仕方がない。
さて、面倒なことになってしまったな……。
「そういえば、さっき大きな揺れがありませんでしたか? ヘルヘイムでなにかあったのですか?」
「え? あ、ああ、えーっと……あ、そうそう、さっき、クィンサラマンダーがこの近くを通ったのよ。そうそう、きっと、それ。ああ、きっとじゃなくて、絶対それ」
さっきまでむくれていた娘は、突然、バツが悪そうな表情に変わっていた。
なんとなく、状況を把握できてきたので、その娘と目を合わせ、無言の圧力をかけてみた。
「……」
「あーもー! わかったわよ! う・そ・よ! 私が蹴ったの。
あんたが、ノックしても全然起きないから! ったく、バカじゃないの?
カインの宮殿の近くで、熟睡とか、何考えてんの!?」
逆ギレである。
「ふむ……、だが、ここは守人たちが休むための施設だろ?
そんな無防備になる場所でカインが何かしたら、君たちのロクリアン=ルシーニア様が黙っていないじゃないか?
リディアン=ルーテシア様とロクリアン=ルシーニア様に、何度も頭を下げてまでヘルヘイム内部に宮殿を構えさせてもらっているカインが、彼女のご機嫌を損ねるような真似をするとはおもえないが?」
「だって、あんた外界のルガルじゃない……」
「ふむ……、それでも、ロクリアン=ルシーニア様は黙ってないと思うが?
彼女は、黄泉でのルールにとても厳格な方だし、外界の民とはいえ、通行許可をだした客人に、無礼を働くような行為を、絶対に許す方じゃないだろ?」
「え? そう? あーそっか……。うーん、そうかも……」
娘は、なぜか気恥ずかしそうに、納得した。
「では、俺からの質問だ。君はなぜ、熟睡中のロクリアン=ルシーニア様の客人を、無理やり起こそうとしたのかな?
俺が寝ていたベッドを足蹴にしてまで?」
「あ! そう、それそれ! それよっ! 聞いてない?
現地で合流する〝協力者〟。
私がその協力者、ルーノ族のシャーマン、ルナディアよ!」
ちっ、この娘、ベッドを足蹴にしたことは、完全にスルーしやがった。
それに、この娘は俺の知っているルナディアではない。
ルーノ族は、名前の重複を禁じている。
だが、最近はカインの悪意すらうっすらと知覚できるようにまでなった、この俺の知覚には、この小娘からの悪意は一切感じられなかった。
協力者ってのは、嘘ではないだろう。
俺の目的を知ってるのは、ごく限られている。
その情報が、漏れる可能性はかなり低い。
つまり、ロクリアン=ルシーニアは、よりによってこんな残念な娘をよこしたわけだ。
わざわざ蓋が開く方に立って、蓋つきベットの中で就寝中の者を無理やり起こそうとするような娘だぞ?
これからカインの宮殿だってのに、最悪の目覚めじゃないか。
……
ルナディアの名を騙る娘と俺は、任務の詳細について打合せをするため、休憩所の最上階にある談話室の一室に場所を移した。
「この階は、人払いしてあるし、この部屋は厳重に結界を張っておいた。誰にも話を聞かれないから、安心して」
「ひょっとして、俺の寝ていた第3仮眠室に、結界を張っておいてくれたのも君かい?」
「当たり前でしょ。あんな話、聞かれたらまずいじゃない。
バカなの? でも、気づいてたってことだけは、ちょっとだけ認めてあげる」
「最上級の高等法術じゃないか。
その若さでその法術式を周囲から隠して展開できるルガルには初めて会った。
正直、ルーノ族にこんな隠し球がいたなんて驚いたよ。
ガルダーガ族の長老だってここまで精密な法術式を扱える者は滅多にいない。
申し訳ない、かなり君を見縊っていたようだ。非礼を許していただいきたい」
「……ふーん、まぁいいけど」
彼女は、まんざらでもない感じで、照れ臭そうに言った。
「ところで、相談なのだが……」
俺は本題に入った。
彼女は、すこし身構えた。
「お互い、これから死地に向かうことになる」
「……うん」
「その前に、俺は、お互いに命を預けられるだけの信頼を、確立しておきたい」
「え!?」
娘は、なぜか、急に頬を赤らめた。
「……あー! ちがう、誤解しないでくれ!
密室だし、若い娘さんには、誤解を招く表現だったかもしれなかったな。
俺が言いたいのは、あれだ。可能な範囲でいいから、お互い、無理な嘘をつき通すのは、やめようってことだ。
カインの宮殿にはいったら、一瞬の判断が命取りになる、だから、足枷になりそうなものは、事前に取っ払っておきたいのだ。
とくに、カインの宮殿は、ほんとうに何が起こるかわからない、何に出くわすかもわからない、とても危険な場所だから」
「つまり、どういう意味? 私が邪魔ってこと?」
「違う、君は俺にはもったいないくらい優秀な協力者だよ」
「じゃ、いいじゃない」
すかさず、俺は、カードを切る。
「ルナディアは浄化の湖の守人。
何度か見かけたことがあるが、君の容姿はまったくの別人。
そして、君の着ている衣服は、英知の湖の守人、ルフィリアが昔着ていた衣服。
ルフィリアの香りがまだ残っているし、君の香りがほとんど付いていない。
それに、君の生命の波動には、今の姿に馴染んでいない徴候がみられる。
理屈は全くわからないが、君は何らかの方法で、人狼の知覚すら惑わせる高度な擬態を行なっていると考えるのが妥当だ」
「……」
少し、追い詰めすぎたかとおもった。
しかし、思考の流れはよく掴めないものの、黙って俺の話を聞いてくれているようだ。
「俺は、ルフィリアが協力者だと思っていたんだ。
俺が把握している、ロクリアン=ルシーニア様の腹心中の腹心では一番の適任者だからね。
でも、ルフィリアじゃ、正直、心もとなかった。
たぶん、二人揃って帰投することはできないと予想していた。なにせカインの宮殿だ。
もし仮に、ルガル史上最強とまで謳われている、不死身を誇るエンヘリャルのグーンデイル公とご一緒できたとしても無理だと思ってる。
カインは文字どおり、次元のちがうバケモノだ。グーンデイル公を複製して大軍で攻めても歯が立つようなあいてではない。
だから、俺は今回の任務では、死を覚悟していたんだ。
カインとは何度も会ったことはあるけど、今回の任務は完全に別物。
彼の逆鱗に直接触れて、噛みつこうって任務だからね。
我が主、エオリアン=ユーフィリアも、そう思って俺を送り出したと思うよ。
まぁ、ヨトゥンヘイムの神官てのは、最初に死を覚悟してからなる職なので、今更、死の覚悟ってのもおかしな話なのだけれど、今回ばかりは、さすがに無理かなって思っていた。
でも俺は、死んでもルフィリアだけは生還させるんだって思ってた、あんな美人犠牲にしたら死んでも死に切れないしな。
それに……それ以上に、ルフィリアを死なせたらルシーニアに顔向けできないからね……」
「……!」
いらんこと言っちまった。
いつのまにか感傷的になっていたようだ……。
「ああ、すまない、君の主のことは幼少時代からしっているので、つい呼び捨てになってしまった」
「いいよべつに。私は気にしないし、いちいち報告なんてしないから、その話、続けて」
「……大昔、リディアン=ルーテシアがちょっとした手違いで、外界に飛び出して行方不明になったことがあるんだけど、リディアン=ルーテシアが無事見つかったって連絡が来たとたんに、ルシーニアが、いきなり泣き出しはじめてさ。
あのときの彼女の姿は、いまでも頭から離れないんだよ。
あのころの彼女は、既にニダヴェリールになっていたけど、まだ俺によく懐いてくれていたから、余計に辛くて……。俺は、彼女にもうあんな辛い思いをさせたくなかったんだ」
「……」
「でも、実際に現れた協力者は、ルフィリアではなく、正体不明の君だった。
俺の仕事ってのは、一瞬で見極められるかどうかが生死をわけるんだ。
数万年それをやってきた俺自身の感覚が、君とだったら二人とも無事に帰投できると告げている。
信用してもらえなくてもいいんだ。
でも、俺はいつも、その感覚に助けられて来た。
一万年以上も昔に前任者から筆頭神官なんて役職を押し付けられたにもかかわらず、俺がまだ生きているのがその証拠だ。
ところで、君は、ヨトゥンヘイムの筆頭神官の筆頭って意味をしっているかい?」
「バカにしてんの? 一番偉いってことでしょ?」
「ちがうよ」
「じゃぁ、なによ? もったいぶる程のことなの?」
「死亡確率がアホみたいに高い任務があったときに、一番最初に選ばれる神官のことだよ」
「え?」
「ヨトゥンヘイムの上級神官名簿っていうのは、そういう順番で記されているんだ」
「じゃぁ、前任者が死んだから、2番から筆頭になったってこと?」
「いや、それもちがう」
「なにそれ?」
「それは、俺が、一番知りたいことなんだよ!」
「意味わかんない、ちゃんと説明してよ、その前任者はどうなったのよ?」
「話が長くなりすぎる!」
「じゃぁ、手短に話して!」
「うーん……そういえば……君の回答を、まだ聞いていなかった」
「回答って? 私と一緒なら大丈夫ってことでしょ? 問題ないじゃない」
「俺は何者かわからん奴に命を預けるくらいなら、任務を放棄してヨトゥンヘイムで極刑にされるほうを選ぶ」
「なにいってるの?」
「これから君を抱えて、ルシーニアの宮殿にもどって、ありのままを報告してから、ヨトゥンヘイムへ帰ってエオリアン=ユーフィリアに処刑してもらうってことさ」
「ここまで来てるのよ? バカじゃないの?」
「それが、俺だ。俺は、そうやって生き残ってきた。だから、そうやって死に方も選ぶ」
「わけわかんない。そんなことロクリアン=ルシーニア様が許すわけないじゃない」
「おれは、エオリアン=ユーフィリアの筆頭神官だ。おれは、エオリアン=ユーフィリアの勅命でしか死なない」
「ほんとーに、バカなのね。じゃぁ、エオリアン=ユーフィリアがロクリアン=ルシーニア様の勅命にしたがえっていったら?」
「うーん……その時は、転職を考える……というか命令無視だがら極刑だな」
「!!! ちょっと、なによそれ! エオリアン=ユーフィリアならよくてロクリアン=ルシーニアはダメってこと!? ふざけないでよ! これだけ……!!!」
なんの地雷を踏んだかわからんが、このヒステリーは尋常ではない。
俺は、ヨトゥンヘイムの神官が〝生命の根源体〟がざわめいた時に落ちつかせるための、水面とよばれる、生命の基礎法術を、彼女の〝生命の位相軸〟の一つに沿って奏でてみた。
「……」
落ち着いてきたようだ。
「ごめんな。言い方がわるかった。君の主人のことが嫌いなわけじゃないんだ」
「……じゃぁ、なんで!?」
「俺が、産まれた時、エオリアン=ユーフィリアは、既に、いまのエオリアン=ユーフィリアだったけど、ロクリアン=ルシーニアはそうではなかった。
俺は、ルシーニアが産まれた時から、ニダヴェリールになる日までの間、彼女の傍に居たんだよ。
ルシーニアという生命の根源に触れている時間が長すぎたんだ」
「意味がわからない」
「ごめんな、これ以上は、ルシーニア本人にしか話すことはできない。
任務とか秘匿事項以上に、ルシーニア本人にとって重要なことだから」
「本人になら、教えてくれるの?」
「まぁ、立場上、エオリアン=ユーフィリアに許可取らんと、大目玉くらうがな」
「結局、立場じゃん」
「本当に名目上なんだ、大人の世界ってのはそんなものだろ? 君が、ルシーニアにこの話をして、ルシーニアが知りたいってエオリアン=ユーフィリアに要請すれば、エオリアン=ユーフィリアから教えてもらえるよ」
「フラガ=ラ=ハから、教えて欲しいって言われたら?」
「俺が? 無理だろうな、ルシーニアから正式な要請が出た時点で、俺は極刑だ」
「え? ……なんでよ?」
「たった今、俺が、ヨトゥンヘイムの最重要秘匿事項の一つを、世界龍以外の生命体に口走ったからだよ!
いま、俺の命は、君に握られてるってこと!
ここまで話したんだ、俺に、君を信頼させてくれ。君はいったい、何者なのだ?
君の口から直接きかせてくれ」
「なんでよ、たったそれだけで、殺されなきゃならないのよ?」
「たったそれだけじゃない! とても重要なことだ!」
「……」
「……じゃぁ、俺から君の正体を話そうか?」
「え?」
「俺から話していいのかと聞いている。
君から話してくれるなら、俺はこの任務を続行する。
俺から話したら、俺はこの任務を降りて、極刑を選ぶ」
「なんでそうなるの? 正体なんかどうでもいいじゃない?
ルーノ族のルナディアでいいじゃない?」
「なら、俺は降りる、君の本当の名前は……」
「ちょっとまって! いうから、お願いだから、バカな真似しないでよ!」
「……」
「その前に、わかった理由を聞かせてくれる?」
「話したら、ちゃんと名乗ってくれるのかい?」
「……うん」
「さっき、君が激昂した時、俺は水面を使った」
「水面?」
「気持ちが落ち着いたやつ。生命の基礎法術ってやつの一つなんだ」
「それが、どう関係するの?」
「薄々、わかってはいたんだけど、確証はなかった。
どんな魔法を使ったのかわからないけど、証拠がまるでなかったからね。
でも、水面を使うには、相手の生命の位相軸ってのを最低1本は知っている必要がある。
通常、生命の位相軸ってのは、ほんの1本だけ知るのでも、とても長い時間を共に過ごす必要があるんだよ。
相手が生命の根源体により近い状態でね。
そして、俺が生命の位相軸を知っているのは一人しかいない。
ダメモトで試したら、見事に共鳴して、君は落ち着きを取り戻した。
それで、納得してもらえるかい?
これ以上言うと、俺が君の正体をいうのと同じになるけど?」
「どうして、最初に水面を使わなかったの?」
「俺が、極刑になるリスクを減らしたかったからだよ。生命の位相軸に触れるのは、限りなく禁忌に近い行為なんだ。それ以上の説明は、今は、勘弁してほしい……」
「……わかった、私の負け。でも、名乗ったら、知りたいこと全部はなしてくれる?」
「それは、無理だよ。全部話したら、君から名乗る意味がなくなる。話せることだけしか、話すことはできない」
「うん、じゃ、それでいいわ。約束ね」
「ああ、約束だ」
死地に向かう前に、女神に出会えた。
生贄を選ぶことができず、自らやってきた優しすぎるお姫様には返しきれない借りができてしまったようだ。
俺は、ガルダーガ族の歴史上、最も多くカインにエンカウントしてきた人狼だ。
彼女のおかげで、その悪夢のような記録も、あともう少しだけ増えそうだ。
……
ヨトゥンヘイムの虚無なる奈落観測チームは、落下中のアールヴヘイムについて、時間差はあるものの、大地の状況を捕捉することに成功した。
大地は、王侯の領地単位で分解されており、王侯の領地ではない空白地帯の大地は、すべて跡形もなく崩壊していた。
残存大地のほとんどは、次元構成の均衡が崩壊し、世界が低次元化してしまった。
低次元化したことで、人狼種を筆頭にした高次元生命体は、大地に存在できなくなり姿を消しており、王侯以外の高次元生命体は、絶滅してしまったものと考えるのが妥当であるとのことだった。
当然、王侯の肉体も例外ではないだろうが、鎮守鎖の加護がいまだ健在なため、空間の間に隔離されてしまっているのではないかと、研究チームは推測している。
残念ながら、王侯たちを救出する方法は、まだ見つかっていないとのことだ。
だが、観測データを入念に検証していた、鎮守鎖の開発者にして、ヨトゥンヘイムの法術司祭長を務める、アゾットは、それ以上に重大な問題があると訴えた。
それは、アールヴヘイムの中心地・ギアを構成している3つの大地が、分裂せず、次元構造の変化も一切ないということだった。誰もそれを問題視する者はいなかったのだが、鎮守鎖を最も知り尽くしているアゾットがその異常性を指摘したため、放置するわけにはいかなかった。
それを受けた、ヨトゥンヘイムの虚無なる奈落観測チームは、ギアについて詳細調査を行ったところ、いくつか不審な点が観測された。
・高次元状態が維持されていたにもかかわらず、ギアには人狼種が1名も確認できなかった。
・人狼種を一箇所に集めた上で大量殺戮がおこなわれた痕跡が発見された。
当初はカイン自身の犯行が疑われたが、約1日程度におよぶ戦闘の痕跡が確認され、殺害方法は、人狼種特有のものであったことと、戦闘というより一方的な殺戮に近い痕跡が確認されたため、大地の崩落直後に行われた、戦闘種族のアルデバドス族を瞬殺できるほど強力な人狼による犯行ではないかとの結論にいたった。
アゾットは、何か心当たりがあったらしく、自ら観測チームに合流し、第一次調査隊を組織して、ギアの大地へと渡航した。
そして、帰投した彼は信じがたい仮説を導き出した。
グーンデイル、アーグゥイン、フォールクヴェイルの3人の王侯による犯行だと、推定したのだ。
その場にいたほとんどのものが、彼の仮説を否定した。
だが彼は、
・3名の王侯は、この高次元空間からはじき出されることはないのにも拘わらず、なぜ、ギアの大地のどこにもいなかったのか?
・誰ならば、アルデバドス族とティターノ族をもれなく一箇所に、集結させられたのか?
という、疑問に矛盾なく適合する犯人は、彼ら3名であると、力説した。
たしかに、筋はとおっているが、
・なぜ、彼らはそんなことをしたのか?
・王侯が3人とはいえ、約1日程度でアルデバドスとティターノを全滅させられるほどの戦闘力はなく、戦って死ぬことを誇りとするアルデバドスはともかく、ティターノたちは広大なギアの大地に分散して逃げるだろうから生き残りがいないのはおかしい
との反論が、多くものから支持された。
そこで、彼は、エオリアン=ユーフィリアから開示許可を得た上で、秘匿事項を公開し、カインであれば、実験素体として、最初の3本のプロトタイプ版鎮守鎖を割り当てられていた、グーンデイル、アーグゥイン、フォールクヴェイルを、強力な殺戮マシーンに改造し、使役することができると、説明した。
そして、アールヴヘイムにおいて、その儀式が唯一可能な場所は、フリギアン=ギアの瞑想室であり、第一次調査隊の調査時に、フリギアン=ギアの宮殿は、強固な瞑想室も含め、執拗なまでに破壊されていたことを確認してきたと付け加えた。
3名の性能評価も兼ね、崩壊の混乱に乗じて、彼らに大殺戮を行わせたのではないかということらしい。
エオリアン=ユーフィリアは、熟考していたが、突然、口を開き、「ヨトゥンヘイムの虚無なる奈落観測チームは、カインにとってすでに無視できない存在になっている。これまで、根無し草だったカインが、突然、ヘルヘイムに宮殿を構える不自然さが気になっていた。おそらくその理由の一つは、怪物化した3名の王侯の隠し場所が必要だったからだと疑ってもよいだろう」という見解を示した。
そして、危険な任務になるが、カインの留守中に宮殿内の探索を行いたいと述べた。3名のうち1名だけでも、生命の基礎法術で彼らの生命の根源体に僅かなマーキングができれば、それを頼りに捜索を行えるということだった。
そして、それが俺の今回の任務になったのだ。
……
任務に際して、アゾットが予想したとおり、カインの宮殿は、留守中でも虚無化されていなかった。虚無化されていた場合、任務はその場で終了し、帰投する手筈になっていた。虚無に触れることは、カインに触れることと同義だからだ。宮殿内の虚無に触れた途端、カインが舞い戻ってくるだろう。たとえヘルヘイムに転移対策が施されていても、虚無化された空間は例外だ。世界龍は、自身の外郭世界であれば、どこにでも存在でき、一瞬で移動できるからだ。
虚無に触れる、もしくは虚無を渡るといった行為は、とてつもなく危険な行為だ。ヨトゥンヘイムの調査隊がギアへ渡航したことは、当然、カインも知っているだろう。
特にアゾットは、カインについて知りすぎている長老の一人だ。カインの殺害対象リストの最上位にいても不思議では無い。彼が、外界にいると知られたら、カインは嬉々として殺害しにくるはずだ。
だが、彼は、躊躇なく虚無を渡り、当たり前のように生還した。
アゾットは、初代の筆頭神官であり、在職中に生き残ることができた稀有な人狼だ。俺は、下級神官時代、彼から多くの事を叩き込まれた。俺の前任者を師匠とするなら、アゾットは俺の教官といったところだ。
カインは、虚無に触れられたことは知覚できるが、それが誰かまではわからない。ある一瞬に虚無に触れている物質が、全外郭世界を通じて、膨大に存在するからだ。それらすべてに構っていられるほど、カインの処理能力は高く無い。主要な虚無の特定の面にのみ注意をはらっている、というのがアゾットの持論だった。
俺と、ルシーニアは、カインの宮殿の大回廊を歩いていた。
本来、俺の役目であった、気配と姿を隠すための、隠遁の法術式の展開と隠滅は、全て彼女が担当してくれていた。
俺の得意分野の一つだが、ここまでレベルの違いがあると、虚しさよりも、感動を覚えた。
グーンデイル達の捜索は、アゾットに渡された摩訶不思議な計測器の針が頼りなのだが、一度も反応がない。
アゾットは、二部屋ぶんくらいの距離に近づいたら反応するといっていた。
最初に最深部へ向かったあとに、主要区画とおもわれる場所はすべて回ったはずだ。そこには隠し部屋らしきものとか、空間を歪めているとか、カインがやりそうな仕掛けはすべてルシーニアにはお見通しだろうから、見落としはまずないと考えていいだろう。
「ねぇ、あそこ、なにかあるわよ」
ルシーニアが指摘したのは、中庭の中ほどにある壁面だった。
俺は、計測器を壁面に近づけてみた。
ごくわずかではあるが、不自然な反応があった。
何度か繰り返してみたが、ほぼ、同じ反応をみせた。
「ここだな。壁の仕掛けの方はなんとかなりそうかい?」
「うん、多分、大丈夫」
ルシーニアは壁面に触れないギリギリのところに、透過の法術式を展開した。
「向こう側の様子、すこし知覚できるようになったんじゃない?」
「ああ、確かに、隠された空間があるね。でも、壁面から数歩分くらいまでの空間全体は要注意だ」
「どういうこと?」
「カインがよくやる手なのだが、虚無を使って作った、微妙に綻んだ空間の欠片を、ほんの少しだけ空間に満遍なく織り込んでおくんだよ。
たとえ微量でも、綻んだ空間に触れた物質は、何かに貫かれるような感じで切り裂かれるんだ。
そいつに、殺られた同胞がたくさんいる、法術でも虚無でもなく、そのうえ微量だから、知覚するのが難しいのだけれど……君なら、安全に見極められるんじゃないか?」
「ちょっとまってね、調べてみるね」
いつもなら、物や、法術式を投げ込んで、当たりをつけるんだけど、今回ばかりはそういった博打は避けたかった。
「ほんとだ、確かに何かおかしいわね。でも、数歩分どころか、向こうの部屋全体がそんな感じ。でも、これ、除去は無理そう。できないことはないけど、大掛かりな法術式展開しないといけないから、ばれちゃうわね」
「その先は、大丈夫そう?」
「うん……あれ?」
「どうかした?」
「その先の空間は、大丈夫なのだけれど、ルガルっぽい生物が2体、歩き回ってる。」
「放し飼いですか。まいったな……」
「もう一体は、その部屋にはいないわね。さらにその奥の部屋もあるけど、そこには誰もいない」
「さらにその奥って、透過の法術式じゃ、届かないよね?」
「うーん……さすがに無理ね」
「奴らの知覚をどこまでごまかせるかにかかってるってところか。あとは、もう一体のルガルがどこに配備されているかだ」
俺達は、中庭の周囲を念入りに探索した。
件の壁面を取り囲むような位置に、サイズはとても小さいものの、壁面と同様の仕掛けをいくつか見つけた。
「これ、全部同じ場所に繋がってるわ。しかも、その奥に1体いるわよ、さっきの2体とは違うやつ」
「ここは、通り抜けられるの? できればそいつにマーキングしたいところだけど」
「無理ね、狭すぎるし、距離が遠すぎる」
ティターノが逃げきれなかったわけが、なんとなく分かった。
フォールクヴェイルだ。
奴は弓の名手だ。遠距離特化型に改造されていてもおかしくはない。
むしろ、戦力的にバランスがよくなるはずだ。
狙撃ポイントで待機して、一気に超高精度の弾幕を張ったてところか。
奴らの体力なら、即死レベルの法術式の矢なんて無尽蔵に撃てるだろう。
「マーキング行為を含め、奴らの知覚に捕捉された瞬間に、それをトリガーにして、即死レベルの弾幕が自動的に射出され続ける仕組みってところだな。万事休すか。撤退した方が良さそうだ。存在を確認できただけでも、収穫だよ。帰ろう」
「……ちょっとまって、私に考えがある」
俺が、帰投をうながすと、少し考え込んでいた彼女は、そう呟いた。
「十分、収穫はあったんだ。これ以上、無理する必要はないと思うけど……」
「だめよ。あの人狼、危険すぎる。私が直接来たのは正解だったわ。隠されないうちに、なんとかしないと」
「世界龍、 直々に、一戦交えるのかい?」
「まさか、こんな不利な場所で戦いたくなんかないわよ。痛いの嫌だし」
痛いかどうかの問題なのか……。
「じゃ、どうする?」
「2体のルガルが居た奥の部屋に、おかしな装置が3つあったのよ。それを回収しようと思うの」
「マーキングは?」
「撤退の合図をしたら、1体だけしてもらえる?、2体のどちらか。一部屋くらいの距離なら、大丈夫でしょ?」
「わかった。でも、具体的にどうやる? ヘルヘイムじゃ、君だって転移はできないよね? それと、俺の主人に言えないようなもの見せられて、秘密を守れって言われる状況は避けたいのだが……」
「私から、エオリアン=ユーフィリアに事情を説明するから安心して」
「やっぱりか! それって、俺はどうなるわけ?」
「うーん、しばらくは、私の宮殿で軟禁ってところかな? 私の瞑想室を使わせてあげるから、こちらの秘匿情報を漏らさなければ、任務の詳細報告くらいはさせてあげる」
「君の眼の前で、ヨトゥンヘイムの秘匿情報を話さないといけないってことだけど?」
「それも含めて、エオリアン=ユーフィリアと交渉するわ。あの3つの装置の回収は、それ以上の価値があるわよ」
「うーん……」
「一瞬の判断が取り柄じゃなかったの?」
「……たしかに、そうだな。君がそこまで言うってことは、とても重要なことなのだろう」
「よろしい」
「後のことは、帰投してから考えよう」
「大丈夫よ、それもちゃんと考えてある」
「嫌な予感しかしないのだが?」
そしてルシーニアは、世界龍特有の発声で、何かを囁いた・彼女の発声は、昔以上に美しくなっていた。
俺たちの周囲は漆黒の霧に包まれる。
なんだこれ……法術ですらないのか?
カインですら転移については、法術をベースに理論を構築してるってのに……。
漆黒の霧が晴れると、件の奥の部屋にいた。
そこには、巨大な棺桶のような装置が、3つ並べられていた。
棺桶の蓋には、それぞれ異なる模様の世界龍の発声刻印がなされていた。
なにが刻まれているのだろうか?
「ロンギヌス#666、ブリューナク#667、グングニル#668だって……。
なにこれ? 何かの暗号?」
興味深げに眺めて居たら、ルシーニアが読んでくれた。
「666地点はグーンデイルのバインド地点、667地点はアーグゥインのバインド地点、668地点はフォールクヴェイルのバインド地点だね。
それ以外はよく分からないけど、彼らの呼び名ってところじゃないかな?」
「なるほどね。準備はいい?
こんな趣味の悪い部屋に長居はしたくないわ」
「あぁ、いつでもいいよ」
「3……2……1……」
ルシーニアが、先ほどのとは少し異なる、詠唱らしきものを始めた。
俺は、すかさず一番近くにいた、グーンデイルと思しきルガルに、生命の基礎法術を奏でマーキングした。
壁の向こうで単純に歩き回っていただけの、奴らの動きが突然変わったのが分かった。
そして、俺たちはまた、漆黒の霧に包まれた。
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