刺朗

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「あぁ、昔何かの本で読んだんだが、サッカーの試合中に、ゴールめがけてドリブルをしていた選手が、アタックして来た相手選手とぶつかって転倒、頭を強打した。しかしすぐに立ち上がり、こぼれたボールを再びドリブルしてシュートした。見事にシュートを決めた途端に、その場に崩れ落ちた。選手は既に死んでいた。後で分かったことは、選手は転倒した時点で即死していたそうだ」
「ということは、死体が走ったということですか?」
「あぁ、死体ではあるが、意思がある死体だったわけだ」
「どういうことです?」
「つまり、シュートしようとする意思、まぁ電気信号みたいなものかな?それは脳から発信されて、身体にあった。上の脳は転倒の打撃で死んだんだが、信号はまだ使命を果たしていなかったから、これからしようとしていたことを果たしたってことかな?つまり身体は、意志を果たすまで生きていたということだろう」
「まるで脳の分離ですね」
「似たような現象としては、斬首された生首が一瞬瞬いたとか喋ったとか、戦場で銃撃を受け、吹き飛んだ自分の腕を拾って、当たり前のように持って進撃を続けた兵士がいたとか、そんなのがある」
「戦争のは、なんか映画で観たことがありますね」
「まぁそういう、自意識を外れた所で体が動く現象を自動人間というらしいよ。
【止血】とか【鎮痛】とかいう単語は、川原が生きながら気合で太腿に刃物をねじ込んだか、死んでから意思の力でねじ込んだかのいずれかを連想させるんだ」
「確かにそれならば可能かも知れませんね」
「彼はずいぶん【思い込み】に執着していたから、気合で気流や血流をコントロールしたのかも知れないな」
「後藤さん、お見事です。川原の記述はこうなんですよ」
「ん?」

【私は生きながら刃(やいば)で肉を掘る。私が途中で死んでも、刃は収まる場所へ進むのだ】

「そしてその先の棒線への記述は…」

【自分の気流を制御し、自分の体内から出し、今、自分の隣にいる者、それは物質化した霊魂であり、私の生霊でもある。私はその存在に「刺朗(しろう)」という名を付けた】

「つまり川原は自分の分身を作ろうとしたということか?」
後藤は聞いた。
「そうでしょうね。そしてそれがもし、成功していたら、表現がややこしいですが、川原は気力で気流をコントロールし、その気流に自分を殺させたという解釈になりますね」
「自分の生霊に自分を殺させる…つまり半自殺、半他殺か…」
「犯人の痕跡がないのは、犯人自身が気体だったからかも知れません」
「しかしだ、一体川原はなんのためにそのようなことをする必要があったんだ?
自殺ならもっと、すっきりした方法があったろう。結果は同じなんだから」
(それに、あの現象の目的も分からない)
後藤は、疑問が解決する度に、より難解な疑問に襲われていた。
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