刺朗

weo

文字の大きさ
23 / 55

展開④

しおりを挟む
「しかしまだ、自殺と確定したわけではありません」
自殺説が覆い尽くした会場に、後藤の声が響いた。
「自殺と断定するのは、USBの解析結果が出てからにすべきだと思います」
川原が絡んだ過去2件の殺人事件が、いずれもうやむやに終わっているのが、尻切れトンボの捜査が原因であることを後藤は懸念したのだ。
すべての捜査資料が精査されない限りは、うかつに結論を出すべきではないと後藤は力説した。
捜査が完全終了しなければ、たとえ本人が死んでいるとはいえ、また川原は無罪放免となってしまう。後藤はそれが許せなかった。過去の事件で無念の思いをした、幾人かの捜査員から今回の操作を託された思いが強い後藤は、むしろ本件をもとに、川原の過去の罪を暴くべきだと思っていた。
会議は散会し、後は上の判断を仰ぐこととなった。
(USB、早く開いてくれ)
後藤は、川原の思惑に乗せられている自分が悔しかった。何よりもあの、記憶が飛ぶカラクリを解明したかった。

その頃、司法解剖を終えた川原の遺体が一旦、霊安室に運ばれていた。明日にも幸恵の許に帰ることになる。
白布で覆われた川原の遺体の顔が、ほくそ笑んでいるように、知らせを受けた後藤は感じた。
おそらく遺体の返還は、自分と平井の担当になるだろう。
た。

翌日、予想通りに後藤と平井が、川原の遺体の帰宅に同行することになった。
遺体は警察のワゴン車で運ばれた。
後藤と平井が乗る後部座席の後ろで、川原は眠っている。
「これは自殺体なのかな?」
後藤が呟いた。
「さぁ、どうなんでしょうね。気体が何か分かりませんが、刺朗というものが関わっているなら、一種の他殺体でしょうが」
ふたりともすっかり疲れていたので、車内で交わした会話はこれだけだった。
車は川原の自宅に着き、あの居間に運ばれた。
車を先に帰し、2人の刑事は家に残った。
川原の遺体は布団に寝かされていた。
あの仏壇の前に、簡単な祭壇が設けられた。
祭壇の線香の煙が細く揺らいでいた。
「奥さん、やっとご主人、帰宅しましたね」
お茶を運んで来た幸恵に後藤が言った。
幸恵はうつむいたまま、頷いた。
そして
「みんな…」
と呟いた。
この女性は、家族というものを失ったんだ。
後藤は、幸恵を不憫に思った。

(かわいそうな女だね…)
不意に少年のような声が聞こえた。
それは耳にではなく、後藤の心に聞こえた。
(かわいそうだから、虐めたくなる)
また声がした。
線香の煙が、後藤の鼻をくすぐった。
(誰だ?)
後藤は心で囁いた。
(知ってるくせに)
声は答えた。
(刺朗?…刺朗なのか?)
(うん、そうだよ。あのね)
声はどこまでも無邪気で明るい。
刺朗は子供なのか?
(今、どこにいる?)
(あんたの目の前)
(目の前?)
(川原ろくろの中だよ)
それっきり、声はしなくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...