刺朗

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三次元のエピローグ①

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「あ、待たせたな、中井君」
駅前のバスロータリーで、中井は伊藤と待ち合わせていた。
夏の日差しが強い。
伊藤は目を瞬きながら声をかけて来た。
中井はTシャツの肩から布バッグを下げていた。
中井はいつも、切り離せるメモ帳を持っている。
中井は言葉が話せないのだ。
中井はさっそくメモを書く。
(依頼されたものはこのバッグに入れましたが、本当にいいんでしょうか?こんなことをして)
渡されたメモを読んで伊藤は言った。
「私も悩んださ。今は穏やかに暮らしてるんだ。しかしな、言わなきゃならんのだよ、やはりな…」

話は去年の今頃に遡る。
ある養護施設から、伊藤に電話があった。
施設長が伊藤に話があるので来てほしいということだった。
その施設には覚えがあったが、それはかなり昔のことだ。
なんのことだろうと思いながらも取り敢えず、伊藤は施設に行った。
応接間に案内され数分ほど待っていると、施設長が入って来た。
施設長はひとりの青年を連れていた。
2人は伊藤の向かいに座った。
「今井です。覚えておられますか?」
施設長は名刺を出さなかった。
伊藤は
「こちらこそ、その節は。相変わらず施設長を?」
と言い、微笑んだ。
「えぇ、もう30年も勤めさせてもらってます。そうだ、あの時もここでこうして、いろいろ…」
施設長今井の言葉を遮るように伊藤は
「揉めましたな」
と繋いだ。そして
「私がここへ呼ばれるということは、あの事件に関係する話しかありませんが、違いますか?」
と尋ねた。
今井は
「その通りです。事件はもう時効になってますが、とにかくお話ししなければならないと思うことがありましたので、お呼びしました」
と言い、隣の青年に目をやった。
青年は軽く会釈した。
それを見て今井は
「彼は言葉が話せません。ですから彼の言葉が文字になることをご了承下さい」
と言った。
青年はさっそく手にしていたメモ用紙の束の一番上に
(中井知之といいます。はじめまして)
と書き、ちぎって差し出した。
伊藤が自己紹介をしようとすると今井が
「これがあります」
と言い、ワイシャツの胸ポケットから1枚の名刺を取り出して、テーブルに置いた。
「〇〇県警△課 警部補 伊藤武史」
名刺にはそう記されていた。
「名刺を置いていましたか」
手に取って懐かしそうに眺めながら伊藤は言った。
「あの事件は悲惨でしたな」
今井が宙を見て言った。
「赤ん坊ですからな」
伊藤が呟いた。
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