刺朗

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三次元へ③

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平井の声だった。
「私は劣等感と屈辱の塊の、醜い女だったわ。それを救ってくれたのはあなた。私に出来るお礼は料理を作るくらいだった。だから心を込めてお弁当を作っていたの。美味しいものを食べて、いつまでも元気でいてもらおうと思ったの。そして私が女性として機能出来たのは凜が生まれたから。凜の成長のために母乳をあげたわ。凜は一生懸命飲んでくれた。あぁ私の体が凜に吸われている。凜はだんだん女の子になり、大人の女性になるんだって実感が感じられたわ。私は本当に幸せだった。女として。私に普通の女性をもたらしてくれたあなたと凜に心から感謝した。でもみんなあなたが奪ったのよ」
平井はまるで降霊術師のように幸恵の想いを語った。
「いや違う。僕は君との約束を守りたかっただけなんだ」
川原は平井にしがみついた。
「僕の苦悩はそのUSBの中にある。僕が悪いんじゃない。悪いのはあいつだ、刺朗だ」
「それもあなたじゃない。あなたはあなたの罪から逃げてるだけじゃないの!」
「USBを見てくれよ!」
「そんなもの見る必要はないわ!みんなあなたがやったことよ!認めなさい!」
「幸恵、僕を許してくれよ」
川原は平井の体を揺さぶって訴えた。
「川原さん、離して下さいよ」
平井が冷たく言った。
「幸恵、どこへ行った?」
川原は平井を離すと、奥へ走って行った。
台所のテーブルの上にノートパソコンが開かれていた。

【人はみな、仏の心を持つといわれているがそれは本当なのだろうか?
人はどんな人にも優しくなれるのだろうか?
それらはどうしたら確かめられるのだろうか?

考えていたら頭が痛くなった。
どこかに行きたい。
そうだ、電車に乗ろう。

あなた、ひとりで乗ることはないわ。
私も一緒に行く。
悩むことはないわあなた。
USB、読んだわ。
苦しいのね、あなた。
分かったわ、水に流しましょう。
時間がかかるけど、許してあげる。
その代わり私を、人生の勝利者にしてね?約束よ。
それを生き甲斐にするから。
だから電車に乗って、遠くに行きましょう。朝から夜まで、電車の中で話したい。私も生まれ変わりたいから。
ほら、お弁当作ったの。
今度はちゃんと食べてね。

事件の概要はこうだった。
終着駅に着いた電車のボックスシートに、座ったままの中年の男性の死体があるのを、車内を見回っていた車掌が見つけた。
死体の男性は背広姿であった。
死因は他殺と思われた。
男性の右腿に、鋭利な刃物で刺されたと思われる傷があり、大量の出血痕があったからだ。
おそらく大動脈を切断された失血が死因であろう。
まだ乾き切らない血液は、ヌタヌタと光りながら男性の足許に続いていた。
それだけなら普通の刺殺体だが、この死体にはひとつ奇妙なところがあった。
男の口が「咀嚼状態」で、右手にスプーンを持っていたからだ。
どうも男は、食事中に死んだようだ。
半開きの男の口には、溢れかけた飯粒が満ちていた。
左手はプラスチックの弁当箱を持っていたので、どうやら男の家族の手弁当を食べている最中に刺されたようだ】
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