短い話たち

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ジガバチ

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ジガバチは「似我蜂」と書くらしい。
それはジガバチは蛾の幼虫や蜘蛛に麻酔し、土の中に引き込んでその身体に産卵、孵化した幼虫はそれを少しずつ食べて蛹になり、羽化して地上に出るのだが、外から見ればあたかも引きずり込まれた獲物が姿を変えて、つまりジガバチになって出て来るようだから、我になった獲物の意味でこう書くらしい。ちなみに獲物を地中に引きずり込む時の羽音が「似我似我」…「我に似ろ」という呪文のように聞こえるということも由来となったようだ。

と、そのジガバチがある日、人間である俺の腕に麻酔し産卵した。俺を虫か蜘蛛だと思ったのだろうか。

確かに麻酔針を刺す時は一瞬「ウッ」となった。それで初めて蜂が腕に止まっているのに気が付いたのだが。何せジガバチは2センチほどの小さな虫だ。蚊や蝿と大して変わらないから、さっきから周りを飛び回るそれを俺は蜂だとも認識していなかった。

麻酔された辺りは5センチ四方くらいが感覚がなかった。だから幼虫が孵化して腕の皮膚を噛み始めても、それは遠い景色を見ているようだった。

なんで俺が呑気に腕に産卵され喰われ始める様を眺めているかというと、人の世の中、こんなに面白いものはないと思ったからだ。
知能の高い人の世の中なのに、知能の無い虫が紛れ込んで来て、そこで何をするのかを確かめてみたかった。それほど俺にとって、人の世の中はつまらなかった。知能が高いのに。いや、知能が高いからつまらないことばかりする。だからウンザリしていた。

幼虫は次第に俺の皮膚に喰い入り、その尻尾がすっかり見えなくなった。そこには蛆虫型の幼虫の直径大の赤い丸があった。それは俺の肉の色であり、溢れ出る血の色だった。幼虫は、きっと全身俺の血肉まみれになりながら、俺の一部を喰っているのだろう。

しかしふと、ジガバチの習性を思うと、彼らは餌になる生物を最後の最後まで決して殺さないという。なぜなら餌が死んだら腐って喰えなくなるからだ。だから生命維持に影響のない部分から少しずつ喰って行くという。
裏返せばそれは、俺の生命が保証されているということになる。こいつが俺を喰っている限り、俺は死なないのだ。
ならばいっそ、未来永劫俺を喰っていてくれないかなと思った。

そんな思いで俺は腕についた赤い丸を見ていた。穴は小さいまま、相変わらず痛くない。幼虫はどれくらい俺を喰っているんだろう。
まぁ彼らの大きさはせいぜい2~3センチ程度だから、俺の全身を喰うことはないだろう。
だったら彼はすぐに成虫になり俺の体を離れる。

…と、俺は怖くなった。
その時俺は死ぬのか?あと数日の命か?
俺はジガバチが針を刺す様が、死神が鎌を振り下ろす姿に思えた。あの時に俺は余命宣告されたのか?

数日が経ち、数ヶ月が経っても一向に成虫は出て来なかった。
俺はまだ生きている。幼虫はまだ俺を喰っている。生きていてくれ。でなければ俺の存在価値が無くなる。
…生きている。まだ生きている。幼虫も俺もまだ生きているんだ。

さらに時間が流れた。成虫は出て来ない。
相変わらず腕にある赤い丸を見ながら、俺は不安に駆られていた。
幼虫は死んだのか?
ならば俺はもう死ぬのか?
奴に宿っていてもらわないと俺の命の保証はないのだ。

それから俺の1日というものは「1」という数字で括れないものになった。1日のどこで成虫が出て来て俺が死ぬか分からない。だから俺の頭の中の1日は24時間となり、24時間は1,440分となり、1,440分は86,400秒となった。それはまるで、俺が自分の体内の細胞の数を思う様だった。

細胞を思うと、そこには原始の世界が広がる。自分なのに自分の思い通りに動かない細胞が無数に往来している。その背景は血肉の赤で彩られている。俺の中で、誰の命令を受けたか「他人の群れ」が蠢いている。

「あっ!」

俺は浅い眠りの中、そんな赤い夢を見て目が覚めた。
まだ生きている。
幼虫が俺を起こした。幼虫が脂汗を流させた。幼虫が叫び声を上げさせた。

俺は分かった。

知能が本当に高い者。

人間の高い知能を操る者。

それは細胞という似我蜂だ。


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