短い話たち

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いえ

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もう40年もこの家に住んでいる。
いや、縛り付けられている。
この間何度もこの家を出ようとした。
就職、結婚、親との別居。
しかしそのたび、やむを得ない事情という魔力をこの家は使って、僕を引き戻して来た。

この家に住み始めた頃、僕は中学生だった。
サラリーマンだった父が退職金担保のローンで買った。
そしてこの家に入ったのは、父母と僕、そして高校生の姉だった。
その父は10年前、母は3年前に亡くなり、とうに結婚で家を出ていた姉もつい先日亡くなった。みなわりと早い死だった。

なんだかんだで結局今、この古い家には僕と妻と、もう30歳を過ぎてしまった娘が住んでいる。
そんな家の階段に座って階段の吹き抜けの壁や天井を眺めていると、若い頃に同じようにここに座ってそれらを眺めていた場面が頭に浮かんだ。そしてそれは、その頃の僕の生活風景やその頃の知人、その頃の父母や姉なんかを思い出させた。そこには知り合ったばかりの若い妻がいた。
みんな老けたり死んだりした。だからその姿というものはこの世のどこを探しても出て来ないものだ。

「長くいるなぁ…。もうここに最初からいるのは僕だけなんだ…」

ふとそんな感慨や寂しさで呟いた時

「いえ」

という声が聞こえた。
僕以外誰もいない午後の空間に「いえ」がもう一度響いた。
僕の感慨を否定するその声は誰なんだと少し怖くなった時、ふと僕の思考が変化した。

(そうかこの家はいいえそうじゃない、自分も初めからいると言っているのかも)

「だから【いえ】なのかい?」

僕は天井に向かって言った。
しかし返事はなく「いえ」もそれきり聞こえなかった。その沈黙は、僕の思考をさらに進めた。

「人柱」という言葉がある。それは本来、何か大事なものを建てる時に地鎮のために犠牲になった人を指すのだが、この家はそれとは少し違って、自分が建ち続けるための柱として人が必要なんじゃないか、だから僕を何度も引き戻したんじゃないか。

すると僕が引き戻された時の光景がまた浮かんだ。
そこにはその頃の僕、その頃の風景、その頃の知人の顔と共に、その頃への後悔までが浮かんでいた。
就職の時は失職の原因になったことへの後悔、結婚の時は相手を間違えたかもという後悔、その理由となった妻と両親の折り合いの悪さ、結果親との別居。

母の死と共に僕はまたこの家にいる。この家の柱として。

長い思考だったが短い時間だった。
「ただいま」という声で階段を降りた。
妻と娘が買い物から帰って来た。
今日の夕食の材料を買って来た。
今日は僕の好物だ。
そしてそれはつまり
「柱の養分」だ。

妻と娘の姿が玄関のガラス戸にぼんやり見えている。
鍵を開けようとして、少し手が止まった。
もしかして娘が30を過ぎてもここにいるのは、この先妻が死んだ後の、柱の養分調達のためなんだろうか。
とふと考えた。

妙な思考で見るその顔は、ガラスで曖昧だった。
いや、ガラス戸を開けてもそうかも知れない。
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