短い話たち

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食卓

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人は死んで幽霊になり、幽霊は死んで人になる…

夫は今、幽霊になって私の側にいる。私の他に夫の姿が見える人はいないから、夫は初めて私だけのものになったし、夫婦としても本当の二人だけの時間を過ごしている。
何より夫は、死んで優しくなった。
生きている時に私にかけた苦労や私に味合わせた寂しさに対して、臨終の際にずいぶん後悔したらしいから、二人だけになった今、それらをひとつひとつ穴埋めしてくれているのだ。
周りから見れば私は一人で買物に出かけ、一人で食事をし、一人で寝起きをしているようにしか思えないだろうけど、それらすべては二人の行為なのだ。
けれど幽霊の夫にも寿命はある。よく言われる49日しか幽霊は生きられない。今日はもう、その半分を過ぎて数日目だ。

夕食。
夫は好きな焼き魚に箸を立てて器用に骨から身を外している。
夫の姿は透明ではなく、生前の姿がすこし薄くなった程度だから、飲み込んだ魚の身が身体の中を通る様子は見えない。普通に口に消えていくだけだ。ただ、そんなありふれた夫の姿が少し薄いことに、私はたまらない寂しさを覚える。やっぱり逝っちゃったんだなと。
夫は黙々とご飯を食べ、味噌汁を飲み、また魚をつついている。これらは夫のどんな栄養になるんだろうと思いながら私はじっと見つめる。
夫の話では、人は死んだら幽霊になり、幽霊がまた死んだら人になる。ただその人は、まったく新しい人だから、残念だけどそれは僕ではなく、だから君のことは全然知らないし、君も知らないんだよということらしい。それが当たり前に言われる生まれ変わりだということは分かっている。でもどうして、人は死んだり別れたりするの?
薄い夫を見ていたら、そんな疑問が涙腺をくすぐる。
私の思いを洞察したように、夫は箸を止め、顔を上げた。そして私に向かって言った。
「誰かが記憶を整理してるんだ。人の一生プラス49日分の」
その声は夫のそれではなく、機械の音みたいなものだった。
「様々な学者の話に僕の考えを足すとそうなる」
声は機械だけど、口調は夫だった。
「あなたは何なの?」
私が聞くと
「君もなんなの?だよ」
生前の夫がよく私を困らせた、禅問答みたいな言葉が返って来た。
「学者さんが言うには、人は記憶の運び屋らしい」
「運び屋?」
「そう、運び屋」
「なんで記憶を運ぶの?」
「なんでも進化に必要なんだって」
「誰の?」
「人の」
「でも運び屋でしょ?」
「運ぶ記憶はどんどん進化するんだ。運び屋の身体が変わるたびに」
難しい話だけど、私は話の中身ではなく、こうして生前と同じ夫の口調に身を委ねていたかった。ここまで二人きりで話し合ったことは、結婚前の恋愛中以来ではないだろうか。
「あとは僕の考えだけど…って、この魚本当に美味しいな。君の味だ」
君の味だなんて、言ったことなかった。くすぐったくも嬉しかった。
「ありがとう。それでさ、そこから先はどうなるの?」
私はすっかり話の虜になっていた。こんなに楽しい食卓は結婚以来初めてだった。
「運んで来た記憶を誰かが人、つまり今回は僕だね?その僕から取り出すんだ。同時に僕は消える」
「つまり生まれ変わるのね?」
「そう」
「記憶を取り出す誰かって?」
「さぁ、そこまでは分からない。ただ、人間を作ってる何かだろう」
「作ってる?」
「まだ進化中みたいだからね」
「その何かはどこにいるの?」
「宇宙か四次元の世界かな?分からないけど確実にどこかにいて、僕はそこに行く」
「とにかくあなたはそこに行くのね?」
「あぁ、君も死んだらそこに行くよ」
なんだかホッとした。たとえ消えてしまうにしろ、夫の行く末が分かって。
私は夫が消えることさえ、夫の存在のひとつに思えた。

「ね?」
唐突に夫が聞く。
あ、声が元に戻ってる。
「ね?どういうことか分かった?」
夫は箸を置いて改まって私を見ている。
「なんとなく」
「これから生まれる人の中に、僕の記憶はセットされるよね?それはね、死ぬ時の後悔と、今ここで君と話している記憶、それに君の味の記憶だけなんだよ。つまりね、前の人の一生分の後悔と49日分の贖罪が新しい人の人格の基になるんだ。人の進化ってこれなのかな?って僕は思うんだ」
「これから生まれる人?」
「誰かなぁ」
「誰なんだろう?」
お互いに宙を見て呟いた。そこには確かに「未来」という文字が、それこそ文字の通りに浮かんでいた。
「私もそうなるのかな?」
「少なくともこの場面はセットされてほしいな。同じ記憶を栄養にする赤の他人なんてなかなかいいじゃない?」
夫は微笑んだ。
また離れて生まれるけど、なんだか離れている分、期待感も大きかった。こうしてこの食卓を囲めるかなって。

50日目。
もう夫はいない。あとどれくらいしたら、あの食卓の記憶を持った赤ん坊は生まれるんだろう?
なんだか世界中の赤ん坊が夫に思える。その中の一人は確実に夫なんだ。

こんな期待があるから、人は死んでまた生まれるのかな?

私は一人だけになった食卓で、つついていた焼き魚の身を口に入れた。
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