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カゲロウに生まれ変わった女
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ある日空から唇が落ちて来た。
それは真っ赤に塗られた女性の唇だった。
唇はある男に拾われた。
それを唇と知って驚いた男が投げ捨てようとした時「捨てないで」と、どこかから女性の声がした。
その声は男の、死んだ恋人の声だった。
途端に男の恐怖心は消え、代わりにたまらない愛おしさが込み上げた。
男は唇を家に持ち帰り、机の上に置いた。
また恋人の声が聞こえた。話を聞いてほしいと言う。
男が頷くと声はこう話した。
私は今、カゲロウという虫に生まれ変わっている。ただ、カゲロウには口がない。
私はカゲロウに生まれ変わると知って、口が無くなってしまうことが悲しくて仕方なかった。だから姿を変えられる直前に唇をちぎって捨てた。あなたに届くように願って。そしてあなたに私の顔を思い続けてもらいたかった、と。
話を聞いた男は、唇を小さな瓶に入れた。そして時々、唇を瓶から出してはいろんな場所に置いた。本の上、皿の上、手のひらの上。どこに置いても、みんな恋人の顔になった。男の頭にはすっかり恋人の顔が焼き付いた。
カゲロウが飛ぶ季節が来た。
男はその日、白い小鉢に唇を載せていた。
いつものように懐かしげに唇を眺めていた男が少し席を離れた隙に、唇のすぐそばに一匹のカゲロウが止まった。
カゲロウは恋人の生まれ変わりだった。
カゲロウはこれで完全な自分になれたと喜んでいた。そして男を待った。このカゲロウが私ですと唇に言わせようと思っていた。虫の私を抱けなくてもせめて指で撫でてほしいと思っていた。
だが戻った男はたちまちカゲロウをつまむと、不快な顔をして窓の外に放り捨てた。
窓を閉めた男は「あの子じゃない」と言った。そしてまた、懐かしげに唇を眺め始めた。
実は恋人の顔に、口ぼくろは無かったのだ。
それは真っ赤に塗られた女性の唇だった。
唇はある男に拾われた。
それを唇と知って驚いた男が投げ捨てようとした時「捨てないで」と、どこかから女性の声がした。
その声は男の、死んだ恋人の声だった。
途端に男の恐怖心は消え、代わりにたまらない愛おしさが込み上げた。
男は唇を家に持ち帰り、机の上に置いた。
また恋人の声が聞こえた。話を聞いてほしいと言う。
男が頷くと声はこう話した。
私は今、カゲロウという虫に生まれ変わっている。ただ、カゲロウには口がない。
私はカゲロウに生まれ変わると知って、口が無くなってしまうことが悲しくて仕方なかった。だから姿を変えられる直前に唇をちぎって捨てた。あなたに届くように願って。そしてあなたに私の顔を思い続けてもらいたかった、と。
話を聞いた男は、唇を小さな瓶に入れた。そして時々、唇を瓶から出してはいろんな場所に置いた。本の上、皿の上、手のひらの上。どこに置いても、みんな恋人の顔になった。男の頭にはすっかり恋人の顔が焼き付いた。
カゲロウが飛ぶ季節が来た。
男はその日、白い小鉢に唇を載せていた。
いつものように懐かしげに唇を眺めていた男が少し席を離れた隙に、唇のすぐそばに一匹のカゲロウが止まった。
カゲロウは恋人の生まれ変わりだった。
カゲロウはこれで完全な自分になれたと喜んでいた。そして男を待った。このカゲロウが私ですと唇に言わせようと思っていた。虫の私を抱けなくてもせめて指で撫でてほしいと思っていた。
だが戻った男はたちまちカゲロウをつまむと、不快な顔をして窓の外に放り捨てた。
窓を閉めた男は「あの子じゃない」と言った。そしてまた、懐かしげに唇を眺め始めた。
実は恋人の顔に、口ぼくろは無かったのだ。
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退会済ユーザのコメントです
どうもありがとうございます。
よく分からない話も結構ありますけど、よろしくお願いします🙏
拝読させて頂きました。
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ありがとうございます。
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