浅い法華経 改

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脳幹脳梗塞①

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家内の運転する車で総合病院の時間外外来に行った。
車に乗り込むまでに普段の数倍の時間がかかった。
壁に手を当てよろよろと立ち、壁伝いにふらふらと歩き、玄関にへたり込んで靴を履き、数センチの段差を落ちそうな感覚に襲われながらなんとか降り、崩れるように車の助手席に座った。
痺れる右手でシートベルトをはめた。ちゃんとはめられた。ただ、しっかり座ることが出来ていなかった。シートの形に身体が固まっているだけだった。ベルトがなかったら、きっとずるずると床に溶けて行っただろう。
まるで半液体の生き物になってしまったみたいだった。
ただ、気持ち悪さや痛み、息苦しさはなく、そのフニャフニャ感がひたすら気持ち良かった。
病院の駐車場に着いた。家内が助手席のドアを開けた。普通に降りられると思った。しかし脚が出なかった。
無理やり腰を回して、脚を車外に出した。出したというより、両脚がポトンと落ちた感じだった。
立とうとした。両膝が砕けた。車外にしゃがみ込みそうになった。家内が身体を引き上げた。辛うじて立てた。家内に支えられながら一歩一歩よちよち歩きした。なんとか進んだ。小さな段差があった。脚が上がらない。家内がまた身体を引き上げる。正直段差がこんなに怖く感じたのは初めてだった。段差は数センチなのに、超える感覚は何メートルもあった。それだけ縦のふらつきが大きかったのだ。だから数センチを昇降するというより、数メートルを跳ね上がり滑り落ちるという感じだった。それでもまだこの時は、ヘルニアのきつい奴だと思っていた。
時間外診療の玄関を入り、待合室のベンチに崩れ落ちた。「大丈夫」という私の声を確認して、家内が受付に行った。
「今日は休日ですので、応急処置的なことしか出来ません。それでもよろしければご来院ください」
家を出る前に、ネットで見たこの病院のホームページに強調されていた文句だ。
「きっとこう言われてるんだろうな」
受付でやりとりする家内の背中を見ながらそう思っていた。すると受付とは違う方向から、車椅子を押した女性がやって来た。その後ろを、受付を済ませた家内が追った。
「痺れがあるんですね?歩かない方がいいです。とにかくこれに乗ってください」
女性が言った。
「血圧を測ります」
女性は血圧計を装着しながら、名前や年齢などを聞いて来た。
「体温を測ります」
体温を測っている間に、女性のもとへまた別の女性がやってきて何やら言っている。
「○○番の診察室からお呼びいたしますので、その前でお待ちください」
別の女性の伝言を聞いた女性がそう言った。血圧と体温は正常だった。正常だから何ともないんだと、自分に言い聞かせていた。
「車椅子、押せますか?」
女性は家内に言った。
「はい」
家内が押す車椅子で診察室の前に行った。すぐ呼ばれた。
診察室の中に入ると、そこにいた男性の医師が開口一番
「右手に痺れがあるんですね?」
と言った。
はいと答え、夕べからの状況を話した。ヘルニアのことを言ったが医師はそこにはまったく関心を示さなかった。というより、その言葉を無視した。そして
「CTスキャンを撮ります」
そう言って脇にいた女性看護師に何やら指示をした。その流れが怖かった。とんでもない病気になったのかと思った。
看護師に促されて家内が車椅子を押し、CTスキャンの撮影に向かった。
撮影が済み、また診察室の前の戻った。
「ヘルニアだよきっと。神経が押し潰されたんじゃない?でもCTでははっきり分りませんでした。明日、整形を受診くださいで終わるはずなんだ。明日また来なきゃならないのかな?ヘルニアなら嫌だな。仮に入院とか長期通院とかになっても、保険おりないよ」
私はぶつぶつ妻に愚痴っていた。
生命保険を最近切り替えたのだが、既往症のあるものについては2年間適用出来ないとのことだったから、頭の中は医療費いくらになるんだ?の心配でたちまち一杯になった。
するとまた違う女性がやって来て
「待ち時間の間に採血と点滴しますね」
と言って別の部屋に連れて行かれた。今度は女性が車椅子を押した。
その部屋では何人かが点滴を受けていた。私はまず血を採られ、点滴された。目を瞑ると、点滴を受けている男性老人の声が聞こえる。付き添いの奥さんらしき人に
「初期の脳梗塞はMRIでないと分からへんって。そやからこれから撮るそうや。ホンマ面倒やなぁ。ワシの身体はワシが一番よく分かるんや」
そう愚痴っている。
って、そう言う自分の受けているのはなんの点滴だろう?点滴薬の名前を見てスマホで調べた。
体液調整の薬らしかった。
「ふん」
特に何の感想もなかった。
30分ほどで済んだ。さっきの老人は先に部屋を出ていた。
そういえば、車椅子から点滴台に乗る時、少し足腰がましになっていたような気がした。ただその時はほとんど転がり乗ったからよく分からなかった。今度はどうだろう?
ここまで車椅子を押してくれた女性が、車椅子を持ってまたやって来た。体を起こし、乗ってみた。普通ではなかったが、少しは力が入ったようだった。やはりヘルニアか。
車椅子で診察室の前に戻った。さっそく名前を呼ばれ、家内が車椅子を押して中に入った。
「CTでは何も分かりませんでした」
医師はそう言った。ほら見ろと思った。
「ただ痺れは気になります。MRIを撮らせてください」
時間外診療なのにえらく念の入った診察だな。誠意ある病院なんだと、少し嬉しかった。たださっきの老人のセリフか頭をよぎった。初期の脳梗塞?
「いいですよ、お願いします」
二つ返事で答えた。この際、とことん診てもらおうと思った。
医師の指示を受けた女性看護師の誘導で、今度は家内が車椅子を押してMRIの撮影に向かった。
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