浅い法華経 改

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タバコと密会している身体の状態⑤

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「私がこの計画を立てたのは、2番目の人、課長さんとやってる最中だった」

とてもこの話の中では書けないなぁ、これ。
と、これは「夢の象」の変形の話。
「夢の象」はもともと物語風の詩で、幻想の話だった。
前にも話したけど、妊娠中の妻を殺した男が、その遺体を巨大なビニールの象の中に入れて眺めながら、自分がしたことへの後悔を愉しむという異常な話になるはずだった。着想の発端は、自分の味わった堕胎経験の辛さからだった。
でもえらく脱線して、収拾がつかなくなっていた時に脳梗塞になってしまった。
これも前に書いたけど、病気したことで健康な頃の自分の考え方が何もかも虚しくなったので、ここに書いていた話を完成品除いてみんな消してしまった。
そのことで頭がスッキリして「夢の象」だけはブレないで書き直そうと思った。
大筋は変わらないけど、今度は小説で、主人公は女性だ。
ただ表現と内容があまりにもこことかけ離れているので、別の作品として、ある程度まとまったら挙げようと思う。

さて、仕事初日を迎えた。
迎えるにあたって、タバコは携行しないこと、コンビニ寄らないことを自分に課した。
ここからは実況中継だ。

【出勤再開日】
家を出るまでは例のシケモク吸いをした。勤務再開のストレスからか、シケモクがたちまち底をつき、新しいタバコに火を点けてしまった。2吸いで消したが、やはりインターバルに何していいか分からない。だから立て続けに点けては2吸い、2吸いしては消してをただ繰り返してしまう。これじゃ全然意味がない。
意味がないと発作的に思い、またタバコに伸びそうな手を止める。途端に藁をも掴む思いになる。なんでもいいから今のこの状態止めてくれ。
たまらなくなって禁煙サイトを弱み漁る。
「これじゃないな」
「これも違うな」
「やっぱり禁煙ガム買おうかな?」
「でも今、打ってるのかな?」
あれこれ問答しながら没頭していた。
この間はタバコを吸うのを忘れていた。
ま、ひとつの方法を見つけたとしたら
「禁煙サイトを読む行為」
だろう。
しかし弊害があった。
スマホの画面が小さくて目が疲れてしまった。文字が滲んでナメクジみたいになってる。あーもうダメ。
思い切って家を出ようと思う。早いけど、駅まで歩くと気が紛れそうだ。

早めに家を出た。
深呼吸した。気持ちが晴れた。しかしそれは、まだシケモクのニコチンが切れてないから気持ちに余裕があるからだと思う。
ご本尊との約束で、喫煙具は一切持っていない。さてどうなるか。ご本尊には、約束破ったら道端で倒れさせていただいて結構ですと啖呵を切ってしまった。

ブロッコリーは美味しいし、玉ねぎの皮のお茶もなかなかいい。身体にいいものどんどん入れてるのにタバコが片っ端から無にしているんだ。いや、タバコじゃない、自分がだ。嫁さんに本当に申し訳ない。ん?本当にならもうやめてるだろう?この詐欺師め。
歩きながら自分を罵倒している。

玉ねぎのお茶を飲みながらミントのアメ舐めるってどうだろう?
喫煙の代償行為をいろいろ考える。幸いシケモク吸いに慣れたせいか、前ほど煙に対する執着はなくなった。今なら煙なしの代償行為でもイケるかも。
試す手あるか。
禁煙ガム、昔試して失敗したけどこれもアリか。今は脳梗塞だからあの時とは事情が違う。しかし脳梗塞にニコチン入れるってどうなんだろう?ダメだとしても、まぁタバコよりはマシか。
もう仕事への不安より、禁煙への不安の方がはるかに大きくなっている。

歩いていて思うのは、あれだけタバコ吸って出たのに身体が軽いということだ。
半月くらい前は、タバコを吸う吸わないに限らずにドーンと沈むような感覚と雲か綿の上歩くフワフワ感があったのに今はしっかり足が地に着いている。
脳梗塞の急激な回復は発症から3ヵ月ってあの看護師さんが言ってたな。
身体はこうして頑張ってるのに、肝心の身体の主がこれじゃな。
ここに身体の中の宇宙っていうか、自分でない自分の存在を感じるな。
そういえば右手の痺れ本尊も相変わらず鎮座しているけど、前よりはおとなしい。これ、まさか嵐の前の静けさじゃないだろうな。

「なぁタバ子、もういい加減に別れてくれよ」
「別れてアンタ、何が出来るのよ」
チクショウ。

ともかく駅に着いた。駅ナカのドラッグストアに寄ってみる。
「禁煙ガムってあります?」
「ありますよ。タバコ吸わなくなってからの服用ですね?」
「はい」
買う前に、職場の最寄り駅から職場までの道を想像していた。今日は早く出たから、ひとつ前の駅で降りて運動がてら歩こうか…
そう思った時、あ、あの道歩きながらいつもタバコ咥えてた。あ、今持ってない。タバコを咥えて歩く姿が浮かんだ
途端、予期せぬ禁断症状に陥った。まずい想像したな。
そうなるとさっきも言った「藁をも掴む思い」だ。駅に着くなりドラッグストアに飛び込んだ。あってよかった。ただ、20粒入りで2,000円近くした。

説明書を見るとやはり、脳梗塞の方は使用しないでくださいとある。
でも喫煙よりはマシだろう。とにかく噛んだ。噛み方の説明書通り、噛んでは頬と歯茎の間に挟み、挟んでは噛むを繰り返す。繰り返しながら、脳梗塞の分、使用量を少なく、期間を短くしやきゃと思った。これが普通のガムかアメになってくれたらなと祈った。
幸い、煙にはこだわらなかった。ニコチンが少しでも身体に入っていると思うと、禁断症状は和らいだ。さて、あとは吸う動作への執着問題だ。
とりあえずパ○ポを咥えた。
しかし面倒臭い身体だなぁ。

電車に乗ってふと閃いた。職場までの歩き区間、例の喫煙歩行していた区間を、タバコなしで歩こう。そうすれば記憶の上書きになる。
ほかにも今まで、タバコ付きの風景の記憶があったら、みんな上書きしてしまおう、それはいいかも。
もうあらゆる手を使ってでも、新しい景色作るんだと、少し前向きになった。

そういえば最近、「タバコ」だの「禁煙」だの「喫煙」だのって単語に執着し過ぎていないか?
そんな単語並べるから苦しくなるんだろう?
それより今、何を見ていて何をしているかを言葉にした方がよっぽどいいんじゃないか?
記憶の上書き歩きしながら、そう考え始めていた。

なんてうちに職場に着いた。久しぶりに結構な距離を歩いたから、着いたらふらふらだった。





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