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間話:夜の密会
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人々が寝静まったであろう静かな夜。とある屋敷の、一部屋が静かにノックされる。
「……奥様、お連れしました」
「入ってちょうだい」
返事を聞いて、扉がゆっくりと開かれる。入ってきたのは二人。一人は執事服を見に纏った老齢の男性とメイド服を着た少女の二人組だった。
「首尾は?」
「滞りなく進んでおります」
少女は頭を下げたまま、隣の老執事が答える。
「そう。あなたもよくやってくれたわね」
「勿体ないお言葉。身に余る光栄です」
彼女はそう言ってそっと頭を上げる。言葉とは裏腹に、その顔には少しの不満が宿っていた。
「不満? 私があの子を危険に晒したのがそんなにおかしいかしら?」
「……いえ」
「正直に言っていいのよ?」
「なぜあの女に本当の情報を与えたのか、納得ができません」
クビを切られるかもしれない。そうすれば、少女だけでなく、少女の家族すらも路頭に迷う事になるだろう。しかし、少女は聞いた。自分や両親よりも、奥様の真意が知りたかった。
そんな覚悟の上だったが、奥様は不快そうな顔もせず、苦言を言う訳でもなく、淡々と話し始める。
「そうね。強いて言えば……」
その瞬間、少女に悪寒が走る。この話題を振るべきではなかった。本能がそう告げる。
奥様とは以前から会っていたが、このように従者となったのはつい最近のことだった。少女の親が婚約者に選んだ人物との共同の事業が失敗したのだ。お陰で両家の婚約は無くなったどころか、共に大きな借金を抱える事になった。それを救ってくれたのが奥様だった。
奥様のお陰で今もまだ少女の家の名前が残っている。相手の家の名前はもう消えてしまった。少女の家が残っているのは単に、少女が奥様の願いを叶えているからだった。借金の代わりに奥様のメイドに。その日から少女は家に帰らず、メイドとしての生活を送っている。
しかし、こんな奥様を見るのは、感じるのは初めての事だった。殺気を放っているわけでも、今から暴れるような素振りも何もない。ただ静かに微笑んでいる。そして――
「毒を盛るためかしら」
そっと一言。しかし、その言葉はとても冷たい。顔はいつも通りの笑顔なのに、感じるのは怒りだけだった。
奥様は彼女の味方になった訳ではない。そんなことはわかっていた。けれど、嘘の情報を与えるだけでいいのに本当の情報を言う意味が彼女にはわからなかった。
だが、今わかった。いや、正確には毒という意味はわからない。飲ませるのならば今すぐにでも飲ます事が出来るだろう。
しかし、奥様は直接葬るのではなく、彼女に少女を信用させて最後に裏切るつもりなのだ。そのための布石を今打っている。少女はそう理解した。
「浅はかな質問をしてしまい、申し訳ありません」
「気にしなくていいわ。私自身、どうしてこんなに回りくどいことをしているのかわからないもの」
困ったような笑顔を作る奥様を見て、少女は返答に困る。
しばらくの沈黙の後、奥様がもう部屋に戻るように命令する。
大人しくその指示に従い、言われたとおりに部屋から出ようとすると、後ろから声をかけられる。
「それじゃあ、また明日ね。――」
彼女の名を呼んだその声はさっきまでの凛とした声ではなく、聞き慣れた声色だった。
「……失礼します」
部屋を出た少女は奥様が言っていたあの子、アリシア様が奥様によって傷つかないことを願うしかない自分を恨めしく思った。
アリシア様をだしにしているのに、アリシア様が傷付けば、奥様もきっと傷つく。そんなことは奥様もわかっているけど、止めることができないのだろう。そう少女は思っていた。
――どうか、リオン殿下がアリシア様をあの女から救ってくださいますように。そして、奥様も自分を、アリシア様を傷つける事がありませんように。
少女は静かに暗い廊下を進み、自分の部屋へと戻って行った。
「……奥様、お連れしました」
「入ってちょうだい」
返事を聞いて、扉がゆっくりと開かれる。入ってきたのは二人。一人は執事服を見に纏った老齢の男性とメイド服を着た少女の二人組だった。
「首尾は?」
「滞りなく進んでおります」
少女は頭を下げたまま、隣の老執事が答える。
「そう。あなたもよくやってくれたわね」
「勿体ないお言葉。身に余る光栄です」
彼女はそう言ってそっと頭を上げる。言葉とは裏腹に、その顔には少しの不満が宿っていた。
「不満? 私があの子を危険に晒したのがそんなにおかしいかしら?」
「……いえ」
「正直に言っていいのよ?」
「なぜあの女に本当の情報を与えたのか、納得ができません」
クビを切られるかもしれない。そうすれば、少女だけでなく、少女の家族すらも路頭に迷う事になるだろう。しかし、少女は聞いた。自分や両親よりも、奥様の真意が知りたかった。
そんな覚悟の上だったが、奥様は不快そうな顔もせず、苦言を言う訳でもなく、淡々と話し始める。
「そうね。強いて言えば……」
その瞬間、少女に悪寒が走る。この話題を振るべきではなかった。本能がそう告げる。
奥様とは以前から会っていたが、このように従者となったのはつい最近のことだった。少女の親が婚約者に選んだ人物との共同の事業が失敗したのだ。お陰で両家の婚約は無くなったどころか、共に大きな借金を抱える事になった。それを救ってくれたのが奥様だった。
奥様のお陰で今もまだ少女の家の名前が残っている。相手の家の名前はもう消えてしまった。少女の家が残っているのは単に、少女が奥様の願いを叶えているからだった。借金の代わりに奥様のメイドに。その日から少女は家に帰らず、メイドとしての生活を送っている。
しかし、こんな奥様を見るのは、感じるのは初めての事だった。殺気を放っているわけでも、今から暴れるような素振りも何もない。ただ静かに微笑んでいる。そして――
「毒を盛るためかしら」
そっと一言。しかし、その言葉はとても冷たい。顔はいつも通りの笑顔なのに、感じるのは怒りだけだった。
奥様は彼女の味方になった訳ではない。そんなことはわかっていた。けれど、嘘の情報を与えるだけでいいのに本当の情報を言う意味が彼女にはわからなかった。
だが、今わかった。いや、正確には毒という意味はわからない。飲ませるのならば今すぐにでも飲ます事が出来るだろう。
しかし、奥様は直接葬るのではなく、彼女に少女を信用させて最後に裏切るつもりなのだ。そのための布石を今打っている。少女はそう理解した。
「浅はかな質問をしてしまい、申し訳ありません」
「気にしなくていいわ。私自身、どうしてこんなに回りくどいことをしているのかわからないもの」
困ったような笑顔を作る奥様を見て、少女は返答に困る。
しばらくの沈黙の後、奥様がもう部屋に戻るように命令する。
大人しくその指示に従い、言われたとおりに部屋から出ようとすると、後ろから声をかけられる。
「それじゃあ、また明日ね。――」
彼女の名を呼んだその声はさっきまでの凛とした声ではなく、聞き慣れた声色だった。
「……失礼します」
部屋を出た少女は奥様が言っていたあの子、アリシア様が奥様によって傷つかないことを願うしかない自分を恨めしく思った。
アリシア様をだしにしているのに、アリシア様が傷付けば、奥様もきっと傷つく。そんなことは奥様もわかっているけど、止めることができないのだろう。そう少女は思っていた。
――どうか、リオン殿下がアリシア様をあの女から救ってくださいますように。そして、奥様も自分を、アリシア様を傷つける事がありませんように。
少女は静かに暗い廊下を進み、自分の部屋へと戻って行った。
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