コルチカム

白キツネ

文字の大きさ
8 / 10

望み

しおりを挟む
「大丈夫。私を心配してくれたんだよね。でも大丈夫。だって私の望みは――」

 彼女の耳元でそっと囁く。私の本当の望みを。ここに来た目的を。
 彼女は驚いた顔をした後、初めて笑顔を見せた。

『ありがとう』

 そう言って彼女の存在は薄くなっていき、完全に見えなくなった。

「ウォッ!?」
 
 健斗が驚いた声を上げる。どうやら彼女の存在と同時に、健斗の持っていた鍵も消えていったらしい。

 ――これで終わったのかな。

 呆然と彼女が消えた位置を見続けていると、後ろから話し声が聞こえて来た。

「終わったの?」
「そう……みたいだな」
「これで帰れる~」

 3人はその場にへたり込んだ。そして誰かはわからないが、お腹が鳴る音が聞こえる。

「そう言えば今までお腹が減ったりした感じはしなかったよね。あれだけ走り回ったけど喉も渇かなかったし」
「不思議だよねー。まぁ、もっと不思議な体験をしたけど……。でもそんな事を言ってたら喉が渇いて来ちゃった」
「はぁ……、とりあえずここで……いや校舎に潜り込んで水を飲むか」

 健斗が言い直したのは、もう一度この旧校舎を探索したくないという事だろう。電気が通っていない廊下は薄暗く、あんな事がなかったとしても誰も進んでは行きたくないはずだ。
 健斗の言葉に沙奈や優馬も同時に頷いた。

「実は私、水筒を持って来てたんだ。紙コップもあるし、みんなで飲まない?」
「いいの!? あやちゃん、最高!」

 綾香が持っていたカバンから水筒と紙コップを3人に見せる。紗夜が大袈裟に喜び、男子は「いいのか?」と遠慮がちだが、少し嬉しそうだった。こんな事があったのだ。例え旧校舎ではなく、今通っている校舎であっても入るのは少し怖いのだろう。

「じゃあ、けんちゃん! 音頭をよろしく!」
「音頭ってなんだよ」

 テンションが上がっている沙奈の無茶振りに、健斗はジト目を向ける。
 
「もうっ! やっと出られたんだから、それを祝してとか、なんでもいいの!」
「はぁ……。じゃあ、無事にみんなが出られた事を祝して乾杯!」

 沙奈の勢いに負け、健斗は紙コップを高く掲げ、音頭を取った。
 
「「「乾杯!」」」

 綾香は全員がお茶を飲んだのを確認して、そっと距離を取った。

 
 しばらくして、3人が喉を押さえ、同時に苦しみ出す。その様子は綾香にとって、とても滑稽な姿に見えた。

「あ゛……あ゛あ゛……な゛に゛か゛……」

 突然の吐き気、呼吸の乱れに混乱しているであろう健斗ら3人。立っているのも辛くなったのか、次々とその場に倒れて行く。
 余裕のない彼らでも気がついただろう。この場で1人、平然と立っている綾香の存在に。
 
「な゛、な゛ん゛て゛……あ゛や゛ちゃ゛ん゛」
「ご、ごめんなさい。探し回っている途中で私のカバンを見つけたんだけど、こんな、こんなことになるなんて……」

 沙奈は這いずりながら綾香に詰め寄る。そんな綾香は両手で顔を隠し、その場で座り込んでしまった。

「……あ゛や゛ち゛ゃ゛ん゛」
 
 罪悪感に耐えきれなかったと思ったのだろう。沙奈は掠れた声で、それでも気遣うように綾香の名前を呼んだ。
 そんな沙奈の姿を見た綾香からポツリポツリと聞こえて来るのは、嗚咽……ではなく、耐えきれなかった笑い声だった。

「ふふっ、なんてね」

「え゛っ」

 綾香が覆っていた手を退けた瞬間、沙奈は目を見張った。
 綾香に罪悪感など一切なかった。あるのは目的をようやく達成できたという喜びのみ。そう感じさせるほど清々しい笑顔だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

おめでとう。社会貢献指数が上がりました。

水井伸輔(Mizui Shinsuke)
SF
「正しく」生きれば、どこまでも優しいこの国。 17歳のシュウは、社会貢献指数を高め、平穏な未来を手に入れようとしていた。しかし、システムに疑問を抱く父のランクは最低の「D」。 国家機能維持条項が発令された夜、シュウの端末に現れたのは、父の全権利を支配するための「同意」ボタンだった。 支配か、追放か。指先ひとつで決まる、親子の、そして人間の尊厳の行方。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

処理中です...