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望み
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「大丈夫。私を心配してくれたんだよね。でも大丈夫。だって私の望みは――」
彼女の耳元でそっと囁く。私の本当の望みを。ここに来た目的を。
彼女は驚いた顔をした後、初めて笑顔を見せた。
『ありがとう』
そう言って彼女の存在は薄くなっていき、完全に見えなくなった。
「ウォッ!?」
健斗が驚いた声を上げる。どうやら彼女の存在と同時に、健斗の持っていた鍵も消えていったらしい。
――これで終わったのかな。
呆然と彼女が消えた位置を見続けていると、後ろから話し声が聞こえて来た。
「終わったの?」
「そう……みたいだな」
「これで帰れる~」
3人はその場にへたり込んだ。そして誰かはわからないが、お腹が鳴る音が聞こえる。
「そう言えば今までお腹が減ったりした感じはしなかったよね。あれだけ走り回ったけど喉も渇かなかったし」
「不思議だよねー。まぁ、もっと不思議な体験をしたけど……。でもそんな事を言ってたら喉が渇いて来ちゃった」
「はぁ……、とりあえずここで……いや校舎に潜り込んで水を飲むか」
健斗が言い直したのは、もう一度この旧校舎を探索したくないという事だろう。電気が通っていない廊下は薄暗く、あんな事がなかったとしても誰も進んでは行きたくないはずだ。
健斗の言葉に沙奈や優馬も同時に頷いた。
「実は私、水筒を持って来てたんだ。紙コップもあるし、みんなで飲まない?」
「いいの!? あやちゃん、最高!」
綾香が持っていたカバンから水筒と紙コップを3人に見せる。紗夜が大袈裟に喜び、男子は「いいのか?」と遠慮がちだが、少し嬉しそうだった。こんな事があったのだ。例え旧校舎ではなく、今通っている校舎であっても入るのは少し怖いのだろう。
「じゃあ、けんちゃん! 音頭をよろしく!」
「音頭ってなんだよ」
テンションが上がっている沙奈の無茶振りに、健斗はジト目を向ける。
「もうっ! やっと出られたんだから、それを祝してとか、なんでもいいの!」
「はぁ……。じゃあ、無事にみんなが出られた事を祝して乾杯!」
沙奈の勢いに負け、健斗は紙コップを高く掲げ、音頭を取った。
「「「乾杯!」」」
綾香は全員がお茶を飲んだのを確認して、そっと距離を取った。
しばらくして、3人が喉を押さえ、同時に苦しみ出す。その様子は綾香にとって、とても滑稽な姿に見えた。
「あ゛……あ゛あ゛……な゛に゛か゛……」
突然の吐き気、呼吸の乱れに混乱しているであろう健斗ら3人。立っているのも辛くなったのか、次々とその場に倒れて行く。
余裕のない彼らでも気がついただろう。この場で1人、平然と立っている綾香の存在に。
「な゛、な゛ん゛て゛……あ゛や゛ちゃ゛ん゛」
「ご、ごめんなさい。探し回っている途中で私のカバンを見つけたんだけど、こんな、こんなことになるなんて……」
沙奈は這いずりながら綾香に詰め寄る。そんな綾香は両手で顔を隠し、その場で座り込んでしまった。
「……あ゛や゛ち゛ゃ゛ん゛」
罪悪感に耐えきれなかったと思ったのだろう。沙奈は掠れた声で、それでも気遣うように綾香の名前を呼んだ。
そんな沙奈の姿を見た綾香からポツリポツリと聞こえて来るのは、嗚咽……ではなく、耐えきれなかった笑い声だった。
「ふふっ、なんてね」
「え゛っ」
綾香が覆っていた手を退けた瞬間、沙奈は目を見張った。
綾香に罪悪感など一切なかった。あるのは目的をようやく達成できたという喜びのみ。そう感じさせるほど清々しい笑顔だった。
彼女の耳元でそっと囁く。私の本当の望みを。ここに来た目的を。
彼女は驚いた顔をした後、初めて笑顔を見せた。
『ありがとう』
そう言って彼女の存在は薄くなっていき、完全に見えなくなった。
「ウォッ!?」
健斗が驚いた声を上げる。どうやら彼女の存在と同時に、健斗の持っていた鍵も消えていったらしい。
――これで終わったのかな。
呆然と彼女が消えた位置を見続けていると、後ろから話し声が聞こえて来た。
「終わったの?」
「そう……みたいだな」
「これで帰れる~」
3人はその場にへたり込んだ。そして誰かはわからないが、お腹が鳴る音が聞こえる。
「そう言えば今までお腹が減ったりした感じはしなかったよね。あれだけ走り回ったけど喉も渇かなかったし」
「不思議だよねー。まぁ、もっと不思議な体験をしたけど……。でもそんな事を言ってたら喉が渇いて来ちゃった」
「はぁ……、とりあえずここで……いや校舎に潜り込んで水を飲むか」
健斗が言い直したのは、もう一度この旧校舎を探索したくないという事だろう。電気が通っていない廊下は薄暗く、あんな事がなかったとしても誰も進んでは行きたくないはずだ。
健斗の言葉に沙奈や優馬も同時に頷いた。
「実は私、水筒を持って来てたんだ。紙コップもあるし、みんなで飲まない?」
「いいの!? あやちゃん、最高!」
綾香が持っていたカバンから水筒と紙コップを3人に見せる。紗夜が大袈裟に喜び、男子は「いいのか?」と遠慮がちだが、少し嬉しそうだった。こんな事があったのだ。例え旧校舎ではなく、今通っている校舎であっても入るのは少し怖いのだろう。
「じゃあ、けんちゃん! 音頭をよろしく!」
「音頭ってなんだよ」
テンションが上がっている沙奈の無茶振りに、健斗はジト目を向ける。
「もうっ! やっと出られたんだから、それを祝してとか、なんでもいいの!」
「はぁ……。じゃあ、無事にみんなが出られた事を祝して乾杯!」
沙奈の勢いに負け、健斗は紙コップを高く掲げ、音頭を取った。
「「「乾杯!」」」
綾香は全員がお茶を飲んだのを確認して、そっと距離を取った。
しばらくして、3人が喉を押さえ、同時に苦しみ出す。その様子は綾香にとって、とても滑稽な姿に見えた。
「あ゛……あ゛あ゛……な゛に゛か゛……」
突然の吐き気、呼吸の乱れに混乱しているであろう健斗ら3人。立っているのも辛くなったのか、次々とその場に倒れて行く。
余裕のない彼らでも気がついただろう。この場で1人、平然と立っている綾香の存在に。
「な゛、な゛ん゛て゛……あ゛や゛ちゃ゛ん゛」
「ご、ごめんなさい。探し回っている途中で私のカバンを見つけたんだけど、こんな、こんなことになるなんて……」
沙奈は這いずりながら綾香に詰め寄る。そんな綾香は両手で顔を隠し、その場で座り込んでしまった。
「……あ゛や゛ち゛ゃ゛ん゛」
罪悪感に耐えきれなかったと思ったのだろう。沙奈は掠れた声で、それでも気遣うように綾香の名前を呼んだ。
そんな沙奈の姿を見た綾香からポツリポツリと聞こえて来るのは、嗚咽……ではなく、耐えきれなかった笑い声だった。
「ふふっ、なんてね」
「え゛っ」
綾香が覆っていた手を退けた瞬間、沙奈は目を見張った。
綾香に罪悪感など一切なかった。あるのは目的をようやく達成できたという喜びのみ。そう感じさせるほど清々しい笑顔だった。
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