ぼくは、月である

ぼくは、月である

ぼくは、月である。
名前は、まだないよ。

みんなの後ろを、ずーっとついていくのが、ぼくの趣味なんだ。

暗い夜にぼくを見つけたら、たまに振りかえってみてね。
ぜったいに、ぼくはいるよ。
かならず、そこにいる。

きみだけじゃないよ。
みんなの後ろにいるんだ。

ぼくは1つだけなのに。
みんなの後ろに、ぼくはいて。
まるで、人間の数だけいるみたいだろう？

犬や猫の後ろにも、いる。
コオロギやみみずの後ろにだって、いる。
全ての生き物の後ろに、ぼくはいて。

1つなのに、いっぱいで。
いっぱいなのに、1つなんだ。

みんなの後ろにいつもいるとね。
悲しいことも見てしまう。

いなくなってしまったご主人様を探して、キュンキュン悲しい声を出して探す、わんちゃん。
どこかにいってしまったママを探して、わんわん泣く、ぼうや。

でも、嬉しいことだって、見るんだよ。

自分を探すご主人様に会えて、嬉しくて飛びはねるわんちゃん。
ママにやっと会えて、泣きながら抱きつく、ぼうや。

そうして、みんなを見ていて、ぼくは思うんだ。
人間は、大好きな人と一緒にいるのが、嬉しいんだなって。

ぼくを、大好きな人は、いるのかなって。

きみは、どう思う？

ぼくは、空の上のほうにいるから、人間の魂を見ることもあるんだ。
お空にのぼってくることもあるし。
しばらく、ふわふわとただよって、みんなを見ていることもある。

たまに、誰かがぎゅっと抱きしめた人形に、ふわりと魂が宿るのも見たことがあるな。

全部じゃないんだ。
誰かが大事にしている何かに、魂が宿るんだ。

そこで、問題だ。
ぼくには、魂があるでしょーか！

どうだと思う？

ぼくには、自分の魂が見えないけど。
あるんだと思うな。
こうやって、きみにしゃべっているんだもの。
ぼくの声、聞こえているよね。
だから、きっとある。

でもぼくは、人間じゃない。
ただの月さ。
気分によって、ころころと形を変えてみせる、おしゃれな月。
かっこいい月でもあるね。

そんなぼくに魂があるのなら、もう分かるよね。
ぼくは、誰かに大好きだって思われてるから、魂が生まれたのさ。

人形に、誰かの大好きな気持ちで、魂が宿るなら。
ぼくにだって、誰かの大好きな気持ちで、魂が宿ったんだよ。

でも、誰がぼくのことを、大好きなんだろう。
それが、分からないんだ。

ぼくをよく見るあの子かな、なんて思うこともあるけど。
ぼくはいつもみんなの後ろにいて、みんなぼくをよく見るから、分からないんだ。

だから、ぼくはみんなの後ろにいる。

ぼくを大好きなのは、この子かな？
それとも、あの子？
きっと、その子だ。

ぼくを大好きな人が知りたくて、みんなの後ろにいつもいるのさ。

もしきみが、ぼくを大好きなその子なら、ぼくに名前をつけてくれないか？

そうして、大きな声で、呼んでほしい。

そうしたら、ぼくはきっと。
夜になるたびに、これから、ずっとずっと。
最高に幸せな気持ちで、きみの後ろにい続けるよ。