6 / 26
6.友達
しおりを挟む
あれから約一年半が経つ。
食事時でもない食堂のホール、図書館の入口近くのベンチ、大学内の色んな場所で何度かの機会に恵まれ、椿桔の自宅にたまに遊びに行けるくらいには、仲よくなった。
椿桔がサークルで行った旅行やカフェの話、私の短期アルバイトの話、他愛もないそんな話を何度かするうちに、徐々に距離は近くなっていった。
異世界に行った気分になれるゲームはないかなと話したら、自宅に誘われたのが、遊びに行くようになったきっかけだったと思う。
本当は、今すぐにでも顔が見たかった。
好きな顔を見ながら、男女の関係ではない安心感の中、くだらない会話をして、気持ちをリセットしたかった。
でも、学年が上がってからは、金曜二限目の最初に会えたことはない。去年とは違って、授業を取っているのかもしれない。
後期カリキュラムが始まったからもしかして、とは思ったけれど、食堂のホールまで移動しても会えず、メッセージを出すことにした。
『今日、家に行っちゃダメ? 四限の後までに返事がなければ帰りまーす。大丈夫なら五時半くらいに行きたいな』
送ってから、食堂の奥まで進んで知り合いを探す。
ご飯にはまだ時間が早い。学生たちは、ノートパソコンを広げたり、飲み物を片手に歓談したりと思い思いに過ごしている。
知っている人は誰もいないようだ。
一人だけの食堂は、手持ち無沙汰で少し寂しい。広い空間にいる学生たちが皆、何かをしている中、一人で目的もなく座るのは、その後の孤独を思うと勇気が必要だ。
そういえば本を持っていたと思い出し、ほっとしてやっと席に着く。
やる事さえあれば、一人でも寂しくはない。
最奥の席で最近買ったライトノベルを出そうとしたところで、話しかけられた。
「里美、みっけ」
同じ学部の友人、及川真希だ。
全身、白と黒で覆われている。
ビジュアル系というのだろう。黒地にいかにもな白い柄の入ったロングパーカーに、穴の開いたセクシーな黒レギンスとブーツを合わせている。
ショートヘアにしては少し長めの髪は紫色で、ゴシックなアクセサリーも、たくさん身につけている。
そのファッションに似合わず、顔はとても優しげだ。真希の友人はほとんどビジュアル系で、少しキツそうな印象の人も多くて、気後れする。でも、真希にだけは、夢が幼稚園の先生だと言われても納得するだろう安心感を覚えた。
「おはよ」
かたや私は、薄いピンクの長袖チュニックにジーパンを合わせただけのラフな格好で、髪型も昨日とは違って櫛でといただけのストレートだ。
真希と並ぶと違和感しかないな、と思いながら隣を促す。
「用事ないなら隣来て。暇すぎて困ってたの」
「二限なんて変な時間空けるから。教養科目取ればよかったのに」
それを言われると、辛い。
椿桔に会えないかなと期待して、あえて空けたからだ。
私の一人相撲だって、思い知らされる。
「そ、そういえば、真希も授業じゃなかった?」
「寝坊して遅刻したの。今から教室入るの、目立つじゃん。それにこの時間の講義、出席とるの最初なんだよね」
「前もそんなことなかった? 単位取れそう?」
「何とかなるなる」
からからと笑った後に、急に真顔になった。
「ね、昨日、いつもとは違うバスに乗ってた?」
「ああ、うん。乗ってたけど」
「帰りに乗り損ねた時に、外から見えて。昨日はいつもより可愛い格好してたもんね。やっぱりあの人と?」
真希には、満琉のことを話してある。
誰にも相談せずに抱え込むことはできなかった。相談相手は、少しだけ濁っている人がいい。
冗談まじりに正論で諫めることもありながら、そんなこともあるよねと受け入れてくれる人。
私に対してそうしてくれる友人は、真希だけだ。
私は、さっと他に知り合いがいないか見回してから、答えた。
「そうそう。駅のトイレで、履いてたレギンスも脱いで、コードレスアイロンで髪も巻いて行ってきた」
「さっすが」
「普段、気を抜きすぎなんだけどね」
「それが里美でしょ。無駄なことはしない的な」
「確かにね」
顔を見合わせて笑い合う。
真希は、毎日メイクもしっかりして、自分のスタイルを貫いている。
ただ大学に来て授業を受けて帰るだけの日もあるだろうに、そのスタイルは変わらない。
その真希が、自分を飾りたてることを無駄だと言い切るのは、無駄なことを毎日欠かさない自分に誇りを持っているからかもしれない。
自分には真似できないけれど、優しくてクールで、自分をもっている真希がかっこよくて好きだ。
「楽しかった?」
「うーん」
聞かれて、迷う。
「怪しさを増して終わった」
「どんな?」
「今までの怪しい材料をまとめると、仕事が休みの平日しか会わず、なぜかいつもスーツ、食べてご休憩コースばかりで泊まりなし、ホテルではシャンプーとか匂いがつくものは避けて、自分の住所もはぐらかして教えない」
「どう考えても怪しすぎるでしょ。黒でしょ」
やっぱり、人から見てもそう見えるらしい。
「で、昨日はいかにも彼女とおそろいな物は持ちたくないし自宅にも置きたくないと再確認したのと、クリスマス周辺は平日ですら会えませんよ、と」
「家庭がある上に、三股くらいしてない? それ」
「怪しいよね、やっぱり」
「怪しくないところがないね」
人と話していると、頭の中が整理されるし、客観視できる。
「あの人の自動車学校、求人情報見ると、シフト制なんだよね。土日に一度も今まで休みがなかったってことはないと思うし」
「求人情報見たんだ」
「そう。怪しいところ探し。実は奥さんがいましたとか発覚する前に、春までには何とか別れたいな」
「できるの?」
そうしなさいと言わないところが真希らしいなと、苦笑する。
「会うと、ときめいちゃうんだよね」
ため息まじりにそう言って、机に突っ伏した。よしよしと真希が頭を撫でてくれる。
「がんばれ。何をか分からないけど、がんばれ」
何も解決していないけれど、聞いてもらうことで心は軽くなった。
でも、もし本当に奥さんがいるのだとしたら、どうしようかと思う。
私は、誰かにとって殺したいほど憎い相手なのかもしれない。
怪しいと思った時にすぐに別れなかった、それ自体が罪だ。
発覚しないまま別れても、咎の可能性は一生、背負い続ける。
せめて、結婚はしていない証明がほしい。
まだ彼と関係を続けているのは、その証明が偶然降ってくることを、すがるように期待しているのかもしれない。
食事時でもない食堂のホール、図書館の入口近くのベンチ、大学内の色んな場所で何度かの機会に恵まれ、椿桔の自宅にたまに遊びに行けるくらいには、仲よくなった。
椿桔がサークルで行った旅行やカフェの話、私の短期アルバイトの話、他愛もないそんな話を何度かするうちに、徐々に距離は近くなっていった。
異世界に行った気分になれるゲームはないかなと話したら、自宅に誘われたのが、遊びに行くようになったきっかけだったと思う。
本当は、今すぐにでも顔が見たかった。
好きな顔を見ながら、男女の関係ではない安心感の中、くだらない会話をして、気持ちをリセットしたかった。
でも、学年が上がってからは、金曜二限目の最初に会えたことはない。去年とは違って、授業を取っているのかもしれない。
後期カリキュラムが始まったからもしかして、とは思ったけれど、食堂のホールまで移動しても会えず、メッセージを出すことにした。
『今日、家に行っちゃダメ? 四限の後までに返事がなければ帰りまーす。大丈夫なら五時半くらいに行きたいな』
送ってから、食堂の奥まで進んで知り合いを探す。
ご飯にはまだ時間が早い。学生たちは、ノートパソコンを広げたり、飲み物を片手に歓談したりと思い思いに過ごしている。
知っている人は誰もいないようだ。
一人だけの食堂は、手持ち無沙汰で少し寂しい。広い空間にいる学生たちが皆、何かをしている中、一人で目的もなく座るのは、その後の孤独を思うと勇気が必要だ。
そういえば本を持っていたと思い出し、ほっとしてやっと席に着く。
やる事さえあれば、一人でも寂しくはない。
最奥の席で最近買ったライトノベルを出そうとしたところで、話しかけられた。
「里美、みっけ」
同じ学部の友人、及川真希だ。
全身、白と黒で覆われている。
ビジュアル系というのだろう。黒地にいかにもな白い柄の入ったロングパーカーに、穴の開いたセクシーな黒レギンスとブーツを合わせている。
ショートヘアにしては少し長めの髪は紫色で、ゴシックなアクセサリーも、たくさん身につけている。
そのファッションに似合わず、顔はとても優しげだ。真希の友人はほとんどビジュアル系で、少しキツそうな印象の人も多くて、気後れする。でも、真希にだけは、夢が幼稚園の先生だと言われても納得するだろう安心感を覚えた。
「おはよ」
かたや私は、薄いピンクの長袖チュニックにジーパンを合わせただけのラフな格好で、髪型も昨日とは違って櫛でといただけのストレートだ。
真希と並ぶと違和感しかないな、と思いながら隣を促す。
「用事ないなら隣来て。暇すぎて困ってたの」
「二限なんて変な時間空けるから。教養科目取ればよかったのに」
それを言われると、辛い。
椿桔に会えないかなと期待して、あえて空けたからだ。
私の一人相撲だって、思い知らされる。
「そ、そういえば、真希も授業じゃなかった?」
「寝坊して遅刻したの。今から教室入るの、目立つじゃん。それにこの時間の講義、出席とるの最初なんだよね」
「前もそんなことなかった? 単位取れそう?」
「何とかなるなる」
からからと笑った後に、急に真顔になった。
「ね、昨日、いつもとは違うバスに乗ってた?」
「ああ、うん。乗ってたけど」
「帰りに乗り損ねた時に、外から見えて。昨日はいつもより可愛い格好してたもんね。やっぱりあの人と?」
真希には、満琉のことを話してある。
誰にも相談せずに抱え込むことはできなかった。相談相手は、少しだけ濁っている人がいい。
冗談まじりに正論で諫めることもありながら、そんなこともあるよねと受け入れてくれる人。
私に対してそうしてくれる友人は、真希だけだ。
私は、さっと他に知り合いがいないか見回してから、答えた。
「そうそう。駅のトイレで、履いてたレギンスも脱いで、コードレスアイロンで髪も巻いて行ってきた」
「さっすが」
「普段、気を抜きすぎなんだけどね」
「それが里美でしょ。無駄なことはしない的な」
「確かにね」
顔を見合わせて笑い合う。
真希は、毎日メイクもしっかりして、自分のスタイルを貫いている。
ただ大学に来て授業を受けて帰るだけの日もあるだろうに、そのスタイルは変わらない。
その真希が、自分を飾りたてることを無駄だと言い切るのは、無駄なことを毎日欠かさない自分に誇りを持っているからかもしれない。
自分には真似できないけれど、優しくてクールで、自分をもっている真希がかっこよくて好きだ。
「楽しかった?」
「うーん」
聞かれて、迷う。
「怪しさを増して終わった」
「どんな?」
「今までの怪しい材料をまとめると、仕事が休みの平日しか会わず、なぜかいつもスーツ、食べてご休憩コースばかりで泊まりなし、ホテルではシャンプーとか匂いがつくものは避けて、自分の住所もはぐらかして教えない」
「どう考えても怪しすぎるでしょ。黒でしょ」
やっぱり、人から見てもそう見えるらしい。
「で、昨日はいかにも彼女とおそろいな物は持ちたくないし自宅にも置きたくないと再確認したのと、クリスマス周辺は平日ですら会えませんよ、と」
「家庭がある上に、三股くらいしてない? それ」
「怪しいよね、やっぱり」
「怪しくないところがないね」
人と話していると、頭の中が整理されるし、客観視できる。
「あの人の自動車学校、求人情報見ると、シフト制なんだよね。土日に一度も今まで休みがなかったってことはないと思うし」
「求人情報見たんだ」
「そう。怪しいところ探し。実は奥さんがいましたとか発覚する前に、春までには何とか別れたいな」
「できるの?」
そうしなさいと言わないところが真希らしいなと、苦笑する。
「会うと、ときめいちゃうんだよね」
ため息まじりにそう言って、机に突っ伏した。よしよしと真希が頭を撫でてくれる。
「がんばれ。何をか分からないけど、がんばれ」
何も解決していないけれど、聞いてもらうことで心は軽くなった。
でも、もし本当に奥さんがいるのだとしたら、どうしようかと思う。
私は、誰かにとって殺したいほど憎い相手なのかもしれない。
怪しいと思った時にすぐに別れなかった、それ自体が罪だ。
発覚しないまま別れても、咎の可能性は一生、背負い続ける。
せめて、結婚はしていない証明がほしい。
まだ彼と関係を続けているのは、その証明が偶然降ってくることを、すがるように期待しているのかもしれない。
0
あなたにおすすめの小説
遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜
小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。
でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。
就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。
そこには玲央がいる。
それなのに、私は玲央に選ばれない……
そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。
瀬川真冬 25歳
一ノ瀬玲央 25歳
ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。
表紙は簡単表紙メーカーにて作成。
アルファポリス公開日 2024/10/21
作品の無断転載はご遠慮ください。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
【完結】結婚式の隣の席
山田森湖
恋愛
親友の結婚式、隣の席に座ったのは——かつて同じ人を想っていた男性だった。
ふとした共感から始まった、ふたりの一夜とその先の関係。
「幸せになってやろう」
過去の想いを超えて、新たな恋に踏み出すラブストーリー。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる