好きな人は、3人

秋風いろは

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6.友達

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 あれから約一年半が経つ。

 食事時でもない食堂のホール、図書館の入口近くのベンチ、大学内の色んな場所で何度かの機会に恵まれ、椿桔の自宅にたまに遊びに行けるくらいには、仲よくなった。

 椿桔がサークルで行った旅行やカフェの話、私の短期アルバイトの話、他愛もないそんな話を何度かするうちに、徐々に距離は近くなっていった。
 異世界に行った気分になれるゲームはないかなと話したら、自宅に誘われたのが、遊びに行くようになったきっかけだったと思う。

 本当は、今すぐにでも顔が見たかった。

 好きな顔を見ながら、男女の関係ではない安心感の中、くだらない会話をして、気持ちをリセットしたかった。

 でも、学年が上がってからは、金曜二限目の最初に会えたことはない。去年とは違って、授業を取っているのかもしれない。

 後期カリキュラムが始まったからもしかして、とは思ったけれど、食堂のホールまで移動しても会えず、メッセージを出すことにした。

『今日、家に行っちゃダメ? 四限の後までに返事がなければ帰りまーす。大丈夫なら五時半くらいに行きたいな』

 送ってから、食堂の奥まで進んで知り合いを探す。
 ご飯にはまだ時間が早い。学生たちは、ノートパソコンを広げたり、飲み物を片手に歓談したりと思い思いに過ごしている。

 知っている人は誰もいないようだ。

 一人だけの食堂は、手持ち無沙汰で少し寂しい。広い空間にいる学生たちが皆、何かをしている中、一人で目的もなく座るのは、その後の孤独を思うと勇気が必要だ。

 そういえば本を持っていたと思い出し、ほっとしてやっと席に着く。
 やる事さえあれば、一人でも寂しくはない。

 最奥の席で最近買ったライトノベルを出そうとしたところで、話しかけられた。

「里美、みっけ」

 同じ学部の友人、及川真希おいかわまきだ。
 全身、白と黒で覆われている。

 ビジュアル系というのだろう。黒地にいかにもな白い柄の入ったロングパーカーに、穴の開いたセクシーな黒レギンスとブーツを合わせている。
 ショートヘアにしては少し長めの髪は紫色で、ゴシックなアクセサリーも、たくさん身につけている。

 そのファッションに似合わず、顔はとても優しげだ。真希の友人はほとんどビジュアル系で、少しキツそうな印象の人も多くて、気後れする。でも、真希にだけは、夢が幼稚園の先生だと言われても納得するだろう安心感を覚えた。

「おはよ」

 かたや私は、薄いピンクの長袖チュニックにジーパンを合わせただけのラフな格好で、髪型も昨日とは違って櫛でといただけのストレートだ。

 真希と並ぶと違和感しかないな、と思いながら隣を促す。

「用事ないなら隣来て。暇すぎて困ってたの」
「二限なんて変な時間空けるから。教養科目取ればよかったのに」

 それを言われると、辛い。
 椿桔に会えないかなと期待して、あえて空けたからだ。
 私の一人相撲だって、思い知らされる。

「そ、そういえば、真希も授業じゃなかった?」
「寝坊して遅刻したの。今から教室入るの、目立つじゃん。それにこの時間の講義、出席とるの最初なんだよね」
「前もそんなことなかった? 単位取れそう?」
「何とかなるなる」

 からからと笑った後に、急に真顔になった。

「ね、昨日、いつもとは違うバスに乗ってた?」
「ああ、うん。乗ってたけど」
「帰りに乗り損ねた時に、外から見えて。昨日はいつもより可愛い格好してたもんね。やっぱりあの人と?」

 真希には、満琉のことを話してある。
 誰にも相談せずに抱え込むことはできなかった。相談相手は、少しだけ濁っている人がいい。
 冗談まじりに正論で諫めることもありながら、そんなこともあるよねと受け入れてくれる人。

 私に対してそうしてくれる友人は、真希だけだ。

 私は、さっと他に知り合いがいないか見回してから、答えた。

「そうそう。駅のトイレで、履いてたレギンスも脱いで、コードレスアイロンで髪も巻いて行ってきた」
「さっすが」
「普段、気を抜きすぎなんだけどね」
「それが里美でしょ。無駄なことはしない的な」
「確かにね」

 顔を見合わせて笑い合う。
 真希は、毎日メイクもしっかりして、自分のスタイルを貫いている。
 ただ大学に来て授業を受けて帰るだけの日もあるだろうに、そのスタイルは変わらない。

 その真希が、自分を飾りたてることを無駄だと言い切るのは、無駄なことを毎日欠かさない自分に誇りを持っているからかもしれない。

 自分には真似できないけれど、優しくてクールで、自分をもっている真希がかっこよくて好きだ。

「楽しかった?」
「うーん」

 聞かれて、迷う。

「怪しさを増して終わった」
「どんな?」
「今までの怪しい材料をまとめると、仕事が休みの平日しか会わず、なぜかいつもスーツ、食べてご休憩コースばかりで泊まりなし、ホテルではシャンプーとか匂いがつくものは避けて、自分の住所もはぐらかして教えない」
「どう考えても怪しすぎるでしょ。黒でしょ」

 やっぱり、人から見てもそう見えるらしい。

「で、昨日はいかにも彼女とおそろいな物は持ちたくないし自宅にも置きたくないと再確認したのと、クリスマス周辺は平日ですら会えませんよ、と」
「家庭がある上に、三股くらいしてない? それ」
「怪しいよね、やっぱり」
「怪しくないところがないね」

 人と話していると、頭の中が整理されるし、客観視できる。

「あの人の自動車学校、求人情報見ると、シフト制なんだよね。土日に一度も今まで休みがなかったってことはないと思うし」
「求人情報見たんだ」
「そう。怪しいところ探し。実は奥さんがいましたとか発覚する前に、春までには何とか別れたいな」
「できるの?」

 そうしなさいと言わないところが真希らしいなと、苦笑する。

「会うと、ときめいちゃうんだよね」

 ため息まじりにそう言って、机に突っ伏した。よしよしと真希が頭を撫でてくれる。

「がんばれ。何をか分からないけど、がんばれ」

 何も解決していないけれど、聞いてもらうことで心は軽くなった。

 でも、もし本当に奥さんがいるのだとしたら、どうしようかと思う。
 私は、誰かにとって殺したいほど憎い相手なのかもしれない。

 怪しいと思った時にすぐに別れなかった、それ自体が罪だ。

 発覚しないまま別れても、咎の可能性は一生、背負い続ける。

 せめて、結婚はしていない証明がほしい。

 まだ彼と関係を続けているのは、その証明が偶然降ってくることを、すがるように期待しているのかもしれない。
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