好きな人は、3人

秋風いろは

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7.椿桔の家

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 その日の夜、私は椿桔の家にいた。

 諦めて帰る間近に、『まだ帰っていないなら来てもいいよ』と返信があったからだ。

 椿桔の実家は県外のようで、駅から徒歩で二十分歩いたところに、一人暮らししている。

 なぜ大学近くではないのか聞くと、溜まり場になるのが嫌だったらしい。
 大学近くだったら、いつ誰が来るか分からず、気軽に遊びには、来れなかったのかもしれない。

「まさか、ピラニアを飼い始めるとは、さすが椿桔さん。不思議ちゃんだね」

 キッチンの側に置いてあるラックに、大きな水槽が増えていた。

 淡い光の中で水草がゆらゆらと揺れて、小さな魚が六匹ほど遊泳し、間近で見ると別世界に迷い込んだ気になる。

「不思議ちゃんって。なんでちゃんなの」

 隣に椿桔が並ぶ。私は一瞥もせず、じっとピラニアを見続けながら、会話を続けた。

「なら、不思議くんでいいや。ね、不思議くん。ピラニアってこんなに小さいんだね」
「大きくなると、三十センチになるんだって」
「三十センチ!」

 驚いて、椿桔を凝視する。

「え、誰を生きたまま殺す気なの」
「しません。可愛いペットだよー」
「餌は、椿桔さんの指を毎日一本ずつ?」
「怖いよ! ちゃんとピラニア用の餌をあげてるよ。冷凍の赤虫とか」
「そうなんだ」

 虫の話はあまり聞きたくない。また、ピラニアへと視線を戻した。

「あとは、金魚とか」

 ぼそっと付け足される。

「そっか。可愛いけど、こっちの金魚は餌用なんだね」

 別の水槽に目を移した。

「あれ、でも金魚ちゃん、前からいたよね。可愛いペットちゃん、餌にしちゃったの?」

 椿桔を見ると、口を大きく開けつつも、声を出さずに笑っている。

 普段は観賞用で、餌を買い忘れた時にあげているのかもしれない。

 何度も椿桔と遊んでみて、好きだけれど、付きあいたいという気持ちはほとんどなくなっていた。

 よく分からない買い物が多すぎる。
 いつか同棲や結婚した時に、一メートル級の水槽を気分で次々と買われてもたまらない。

 ペットを飼いすぎて、新婚旅行すら日帰りになりかねないな、と思うと仲のいい友人関係がちょうどいい気がした。

「ちょっと肌寒いね。中に入っていい?」

 玄関先のキッチンと水槽のゾーンから、襖を開けてもらい、テレビのある部屋へ移動する。すると、もうそこには炬燵が鎮座していた。

「もう炬燵出したんだ。早いね。早すぎてびっくりだよ」

 椿桔がくすくすと笑いながら、どうぞと促す。せっかくだからと中に入ると、さすがにスイッチはついていなかった。

「昨日、寒かったし」

 言い訳をしながら、椿桔はゲーム機の準備を始めた。私は買ってきたコンビニのパンを取り出す。

「え、自分だけずるい」

 椿桔がコントローラーを机に置きながら言う。

「食べてもいいよ、二つあるし。その代わり、カップラーメン作って。私、ゲームやってるから」
「大丈夫。お菓子がある」

 好き勝手言いながら、ゲームを物色する。

 椿桔は、マイナーで変わったゲームソフトを集めるのが趣味だ。

 伝説のきしめんを探し出すゲームや、ラーメンの屋台と共に世界を一周するゲーム、船の上でわざと下手な絵で描かれた妖怪を倒すゲームなど、どうやって見つけたのか分からない不思議なゲームが山積みで、いつ来ても楽しめた。

 私にとって、この場所は第二の家になっていた。

 まるで小学生の時に、みんなでワイワイお菓子を食べながら順番にゲームをしていた時のような気分になるのだ。

 もう取り戻せない、幼い時の何でもない楽しい放課後のような一瞬が、ここにはある。

 でも、有限だ。

 もし彼女がいたらトラブルになるだろうと、「彼女ができたら教えて。来るのやめるから」と、初めて来た時に宣言をした。

 明日にでも、二度と来れなくなるのかもしれない。

 どうせ有限ならと、駄目で元々と告白しようかと思った時もあった。

 大学時代だけの期間限定でいい、少しでもこの時間が続けばと。

 キスをしたいと思う時もあったし、満琉を疑い始めてからは、満琉との関係を終わりにするきっかけもほしかった。

 でも、それではどうやってもこの関係が変わってしまうのだ。

 告白が成功しても失敗しても、ただ一緒にいて楽しいだけの関係ではなくなってしまう。

 たとえ付きあえても、欲望や嫉妬、性欲や不満、そういった感情に、大切な宝物のような時間が壊されてしまう気がした。

 満琉とは現状を変えたいと思っているけれど、椿桔に対しては、どうかこのままでと切に祈っている。
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