好きな人は、3人

秋風いろは

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8.自宅

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 自宅に帰ったのは、夜の九時過ぎだった。

「連日、遅いわねー」

 鍵を開けて入ると、母がパジャマ姿で歯ブラシを片手に出迎えた。玄関と洗面所は近いため、鍵の音が聞こえたのだろう。

「うん。友達と遊んでて」

 母には、毎回大学を出る前に『友達と遊ぶから夕飯はいらない。帰りは夜の十時前後かな』といったふうに、連絡はしている。

 いつも了解としか言われなかったけれど、心配になったのだろうか。

「気をつけなさいよ」
「うん。防犯ベルは持ってるよ。三年になるとゼミも始まるし、就職活動も見えてくるから、人生最後の自由期間、今だけは遊ばせて」

 拝むように手を合わせる。

「しょうがないわね」

 諦めたような笑顔で言う母を見て、ほっとする。

「就職活動っていえばあんた、どうする気なの? 小説が好きだからって文学部に入ったけど、就職には役に立たないでしょ。あんたは女の子だから、嫁に行けばいいしと許したけど、旦那候補か、旦那候補を紹介してくれる友達はたくさんつくっておきなさいよ」

 大学の話になると、最終的には必ずこの話になる。ため息をつきながら、私はいつもと同じ答えを返す。

「まだよく分からないよ。でも今まで就職している先輩はたくさんいるし、連絡先や就職先も書いてあって、OB訪問で話を聞きに行ってもいいらしいから、その時が来たらなんとかするよ。銀行の窓口に就職している女性は多いって先輩には聞いたよ」
「そうね。顔は悪くはないし、なんとかはなるかしらね。歯を磨いたら先に寝るから、早くお風呂に入りなさいよ」
「はーい」

 やっと解放されて自室へ戻る。

 母との関係は悪くない。鬱陶しい時もあるけれど、私のことを思って言ってくれる言葉も多い。

 でも、話していると、なんだか空虚な気分になるってしまう。

 私には一人、五つ上の兄、和人がいて、県内では一番頭のいい大学に入り、そのまま名の知れた一流企業に入った。

 今は上京して、一人暮らしをしている。子供の頃から兄はずっと抜群の成績で、私には慰めの言葉しかなかったように思う。

 いつだって、同じ言葉の繰り返しだ。

「里美なら、こんなもんよね」
「あなたなりに、頑張ったんだね」
「普通でいいのよ、あなたは」
「和人とは出来が違うんだから」
「あなたにはこれといった何かがないんだから、いい人を見つけなさい」

 親からのそんな些細な言葉がずっと胸に突き刺さって、反論したいのに本当に得意なことがないから何も言えず、諦めることだけがうまくなった。

 誰かの愛情がほしい。いつか結婚したいって思われるくらいの特別な愛情が。
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