ジャンク・ボンド~気になるアイツは、強すぎてランク外になったようです~

銀崎 暁樹

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第一章 6

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 「……」


 一方テレーゼは表情一つ変えず、まるで触手のように伸びて来る糸達を、規則的に斬り捨てていく。


 やはりテレーゼの優位は変わらない――と思われていた。しかし、現実は違うらしい。


 糸の群れが、次第に包囲網を狭めて来たのだ。その証拠に、彼女の背後でも何本もの糸が蠢いていた。


 どうやら、地面の割目の隙間を潜行してきたらしい。


 『あー!』


 再度声を上げる二人。


 一方テレーゼは、そんな二人の態度に気付く余裕などなかった。無数の糸の激しい攻撃を回避するのに必死だったからだ。


 刃が何度も振られる。しかもその太刀筋は、初めこそ規則正しかったが、徐々に糸の透きを突くような攻撃に、ペースが乱されていく。


 現に糸が撚り合わさり、瞬く間に太く、長く、丈夫になっていく。まるで大蛇のようだ。違うのは、大蛇の頭が鋭く尖っていることぐらいか――。


 その複数の大蛇が、テレーゼの四肢を目がけ飛び掛かる。

 テレーゼがとりあえず、視界に入った五匹の大蛇を始末する。切っ先が、上下左右そして正眼に向かって、連続で刺突させる。


 破裂。


 糸の残骸が周囲に飛び散った。――その雨のなか、テレーゼが振り返るより速く、刀を背後に回す。直後、破裂音がまた一つ。


 時間差でテレーゼが振り返った。視界に、糸の雨が降っていた。大蛇を一匹葬ったらしい。


 どうやら六匹で終わりのようだ。攻撃が止んだ。


 違う。

 「!」

 テレーゼの目が弾かれたように見開かれた。


 降っていた糸の雨が地面に落ちた途端、再度撚り合わさり、彼女の足に絡みついたのだ。


 蹴って払おうとするも、何もかもが遅かった。


 今度は両手が、次に顔が糸の集合体によって絡め取られていったのだ。いつのまにかミイラのごとく、全身を覆っていた。


 『あーー!』


 ミイラになったテレーゼが、無様に地面に転がる光景を目にして、レッドとユズハが声を上げた。


 「五月蝿ぇんだよ!」


 砕封魔の声が響いた。一瞬、いつも通りの口調に聞こえたが、その声の裏に危機感が漂っているのを、レッドが本能的に察知した。


 遠くで、レッドが喚いた。その言葉は僅かに硬かった。


 「五月蝿いだと!?」

 「そんなに心配なら、俺達を助けてみやがれっ!」


 またレッドの何かのスイッチを押してしまったらしい。さっきまでの恐怖や絶望は、何処かに吹き飛んだようだ。


 レッドが、わざと大袈裟な態度で聞く動作をする。白々しく、左耳に掌を添えて、だ。


 「何だって?」


 どうやら、あの高飛車な刀が自分に助けを求めてきたことが、嬉しかったらしい。


 ――あのひねくれ者が……。


 「五月蝿ぇ! た、助けやがれ!」

 「あれ? 俺って役立たずじゃなかったっけ?」


 レッドの中に、妙な優越感が漂い始めた。


 ――今まで散々上から目線だったクセに!


 さっきまで、グチグチ悩んでいたのは、一体誰か……。


 その間、蜘蛛が身動きできないテレーゼに、じわじわと近付いていく。


 「や、“役立たず”は、撤回だ!」


 苦し紛れの刀の言葉に、レッドは口元を綻ばせた瞬間、負傷してたはずの足で、地面を蹴っていた。


 「……」


 そんな一人と一振りに挟まれる大蜘蛛。前後を忙しなく振り返る。一体、どちらの攻撃を回避すればいいのか……。


 といっても、実際距離が近いのはテレーゼ側。しかも今は手も足もでない状態。一気に飛び掛れば、何とか――できなかった。


 「!」


 足下が一気に崩れてきたのだ。最初は自分が起こした振動によるものだと思っていた。――足にしがみつく人間を見るまでは。


 ユズハが、苦笑いを浮かべていた。


 「べ、別にアンタがタイプって訳じゃないから」


 どうやら、蜘蛛と同じく瓦礫の隙間を縫うようにして糸を通したらしい。ただ違うのは、その糸を掴みながら人間も移動したとうことだ。おかげで彼女は満身創痍。服もボロボロだ。


 「ギッ!」


 化物がユズハを振り払おうと、足を地面から引き抜いた。足が上下左右と、無秩序に力任せに振られる。同時に豪快な風切り音が、周囲に轟いた。


 「た、助けてぇぇぇ!」


 尋常ならざる風圧をまともに受けたユズハは、必死にしがみ付いていたが、結局腕力が耐えられず、空に舞い上がる結果に――。


 「……」


 そんな彼女が夜空に打ち上がるのを、ただ黙って見つめる蜘蛛ではなかった。七本の足を力ませ、体を地面スレスレに沈み込ませる。


 刹那、瓦礫を蹴散らしながら、跳び上がったのだ。


 「ちょっと! 来ないで!」


 空中のユズハが、瞬く間に迫って来る化物に悲鳴を上げる。そんな彼女の体が、次第に上昇を止め、一旦停止する。「え。……嘘」と顔を引き攣らせると、視界が急変。――服や皮膚、髪をなびかせながら、急降下したのだ。


 「うそぉぉぉ……!」

 「ギッ――!」


 蜘蛛の足が、今にもユズハのふくらはぎに触れそうなほど迫ってきた。いや、現に切り裂いた。


 「……」


 しかし、ユズハは急に悲鳴を上げなくなった。それどころか、ふくらはぎからは出血もしなかった。

 いや、違う。

 彼女の体が、乾いた音と共に破裂したのだ。その欠片は、白くてところどころ長かった。


 糸だ。


 糸の集合体だったのだ。つまり偽物――。

 直後、地面で誰かが“たわわ”な胸を張ってみせる。


 「糸を操れるのは、アンタだけじゃないのよ?」


 本当のユズハの言葉を、化物は聞いたかどうか。――何しろ、糸の集団が頭上に降りかかったかと思う暇すら与えられず、その体を覆い尽くし自由を奪い始めたのだ。


 おかげで、急降下。あっという間に狭まる視界から、それが見てとれた。そうでなくても体が危機を知らせていたが、時既に遅し。


 蜘蛛の咆哮すら、糸に包まれ静寂が出現。そして地面に激突。轟音が大地を揺さぶった。


 「今だ!」


 砕封魔の合図で、飛び出したのはレッドだった。実は、今まで負傷した足を引きずりながらも、走っていたのだ。


 つまりユズハは、時間稼ぎをしていたのだ。


 「うぉぉぉ……!」


 糸に絡まり身動きできなくなったテレーゼより刀を奪い取り、体を反転――糸の塊と化した化物に向かって、刃を水平に滑らせていく。しかしその大きさゆえ、腕の振り幅だけでは捌ききれず、刀を持ちながら走るはめに――。まるで巨大な魚の解体ショーだ。


 刃がようやく、蜘蛛の腹部まで到達した。


 「ギギギギギギギギギギギギギギギギギギ…………!」


 直後、蜘蛛の断末魔の悲鳴が轟いた――。


 *


 蜘蛛は、苦しむかのように暫く体を痙攣させていた。まぁ。その巨体ゆえ、痙攣が地震のごとく大地を揺さぶっていたのは言うまでもない。


 しかし紫色の体液が、周囲の地面を染め上げると、その地震もピタリと止んでしまった。

 するとその体が、たちまち目が眩むほどの光に包まれる。


 『!』


 レッド達が、目の痛みを覚えて慌てて瞼を閉じた。


 夜だというに、真昼のように明るくなった。

 数分だろうか。周囲が照らされたのは――。

 レッドが、目の痛みが消えるのを待ってから、瞼を恐る恐る開ける。


 「これは……」


 目の前に現れた“何か”に、驚きを隠せなかった。あの蜘蛛の死体ではないのだ。


 「モジュール」


 隣りにいたユズハが、抑揚のない言霊を吐き出した。


 レッドの首が、ユズハに向かって弾かれる。

 彼もまた、他の一般市民同様、バグがモジュールの素だとは知らなかったのだ。


 目の前の事実を、暫く頭の中で上手く処理できなかった。だが、一つ分かったことがある。


 「アンタ回収屋か」


 「そういうこと。普通は、リュウランゼなんか助けないで、後からモジュールを回収して終わりなんだけどね」


 「そうか。いや、助かったよ。……その何ていうか、俺相当取り乱してたと思うんだけど……」


 レッドが照れ臭そうに頭を掻き始めた。


 「そうだ。あの時、バグから逃げなきゃ。一発で倒したのに」


 「ハハハ……」


 「ついには、俺を放り投げるし」


 「面目ない」


 「終いには、何が“うぉぉぉ……!”だよ。物語の主人公になったつもりかよ」


 自分の言葉に、すかさず割り込んでくる声に違和感を覚えた。頭を掻いていた手を、ピタリと止めた。ユズハではない、別の声だ。


 右手だ。


 「お前か!」

 刀が「おう。俺だ!」と偉そうに反応する。


 その言葉で、レッドが怒りに身を任せる。肩を震わせながら、俯きだした。


 「……」

 「どうした? 図星か。情けねぇ」


 しかし刀は、肩を震わしたのは、自分の言葉が的を射ていたからだと思い込んでいた。笑っているのか刀身が震えている。鞘に収まっていないので、カタカタと鳴ってはいないが……。


 一方ユズハは、そんな一人と一振りの掛け合いを見もせず、事務的にモジュールの塊を掘り起こしていた。といっても、あの蜘蛛が素だ、大きさもユズハの何倍もある。結構な重労働だ。


 そして、レッドの怒りがようやく爆発する。


 「雪山で、独り笑っていろ!」


 レッドが砕封魔を、天高く放り投げた。


 「この野郎! 俺を置いていくなぁぁぁ……!」


 落下し、地面に置き去りにされた砕封魔が、遠ざかるレッド達に、必死に助けを求めていた。

 その声は、一晩山中に響いたという……。

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