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第二章 12
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あれから数時間後――。
一方その頃、レッド達は協会がリュウランゼのための休憩場所として設けた水場で、朝食を摂っていた。
それほど大きくはないが、湧き水によってできた池の四方をレンガで囲っている。その外側を、協会の者が警備してた。
レッドとアイザックはその水でのどを潤し、闇市で買ったどんな生物かもわからない干肉で空腹を満たしていた。
そんな彼らの傍らで、リュウランゼが水の代わりに、酒で渇きを癒していた。一体どこに隠しているのか、酒の入った小瓶がいくつも出てくる。
そんなリュウランゼが、空になった小瓶を覗き込みながら、アイザックに話しかけてきた。
「お前、何でそんなにリュウランゼになりたいんだ?」
「……」
干肉を持っていたアイザックの手が、突然止まった。
そんなアイザックの気持ちを察して、レッドが慌てて、しかも小声でリュウランゼに耳打ちをした。
「奥さんが、バグに殺されたらしいんですよ」
そんなレッドの気遣い虚しく、アイザックには聞こえていたようだ。
「――私が、殺したようなものです」
しかしその声は、誰に向けられたものでもなく、自分を戒めているように聞こえた。
「私は、家庭を顧みない男でした」
*
顔を真っ赤にしているアイザックと、無表情の門下生が対峙している。
かつて、アイザックが営んでいた剣術道場だ。しかし道場というのは名ばかりで、剣を習う者などいなくなっていた。
「そうか。お前も辞めるのか。なら、さっさと出て行けっ!」
昔は、たとえ厳しいことを言っても、音を上げる門下生などいなかったのだが……。
今時の若い者は、すぐに辞めてしまう。
ましてや、帝が刃物に対する禁止令を出してからは、なおさらその傾向が強まった。
もはや、自分の手で世界を切り開いてやろうとする野心は、時代遅れとなってしまったのか……。
「……」
アイザックが、目を閉じながら、纏まっていない感情と格闘していた。
「父ちゃん?」幼い頃のライナスが、怒りと虚しさに肩を震わせているアイザックの顔を覗き込んだ。
その言葉に、アイザックが弾かれたように目を見開いた。
「“父ちゃん”ではない! 道場では師匠と呼びなさい!」
「!」
父親の怒号に、息子はビクッと体を硬直させた。驚きのあまり目を丸くさせている。
「お前も母親に甘えてばかりではなく、少しは剣を習ったらどうなんだ!」
アイザックが怒りに任せて、木刀を少年に向かって振り上げた。
その様をみて、ライナスは思わず瞼を閉じてしまった。仕舞いには、両手で自分の頭を覆っている。
そんなライナスの耳に、慌てて駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「何をなさいます。幼いわが子を!」
母親だ。今、ライナスの体を抱きしめている。やわらくてあったかい。その温もりに、今あった恐怖心が音もなく氷解していくような感覚に陥った。
「お前が甘やかすから、こんな情けない奴に育ったんだぞ!」
「……もう、剣の世の中ではないのです」
「な、何を!?」
「もう少し、世間をご覧になってください。ましてや、その高圧的な態度では、誰もついて来てくれませんよ」
「くっ!」
振り上げた木刀を床に投げつけたアイザックは、息子達に背を向けた。いや、項垂れていた。
「……こんな私に、剣しかできない私に、一体何ができるというのだ!」
そんな背中に、母親が優しく語りかけてきた。
「あなた方二人ぐらい、私が稼いでみせますよ」
「!」
驚いて振り返ったアイザックの視界は、妻の慈愛に満ちた笑みが映っていた。
「……面目ない」
*
「――良い女じゃないか」
ここまでアイザックの話を聞いていたリュウランゼが、つまらなそうに呟いた。
一方アイザックは、目を瞑り肩を震わせていた。どうやら、涙を堪えているようだ。
「だからこそ、無力な自分を許せなかった!」
「どういうことなんだよ」
「あれは、暦の上では満月の夜のはずなのに、黒く重苦しい雲が空を覆い尽くしていた日のことでした――」
アイザックは、脳裏にこびり付いて離れない忌まわしい過去が、唇から吐き出されることを、ためらいながら、それでいて記憶が薄れていないか、確認しながら、ゆっくりゆっくりと言葉を選んでいった。
一方その頃、レッド達は協会がリュウランゼのための休憩場所として設けた水場で、朝食を摂っていた。
それほど大きくはないが、湧き水によってできた池の四方をレンガで囲っている。その外側を、協会の者が警備してた。
レッドとアイザックはその水でのどを潤し、闇市で買ったどんな生物かもわからない干肉で空腹を満たしていた。
そんな彼らの傍らで、リュウランゼが水の代わりに、酒で渇きを癒していた。一体どこに隠しているのか、酒の入った小瓶がいくつも出てくる。
そんなリュウランゼが、空になった小瓶を覗き込みながら、アイザックに話しかけてきた。
「お前、何でそんなにリュウランゼになりたいんだ?」
「……」
干肉を持っていたアイザックの手が、突然止まった。
そんなアイザックの気持ちを察して、レッドが慌てて、しかも小声でリュウランゼに耳打ちをした。
「奥さんが、バグに殺されたらしいんですよ」
そんなレッドの気遣い虚しく、アイザックには聞こえていたようだ。
「――私が、殺したようなものです」
しかしその声は、誰に向けられたものでもなく、自分を戒めているように聞こえた。
「私は、家庭を顧みない男でした」
*
顔を真っ赤にしているアイザックと、無表情の門下生が対峙している。
かつて、アイザックが営んでいた剣術道場だ。しかし道場というのは名ばかりで、剣を習う者などいなくなっていた。
「そうか。お前も辞めるのか。なら、さっさと出て行けっ!」
昔は、たとえ厳しいことを言っても、音を上げる門下生などいなかったのだが……。
今時の若い者は、すぐに辞めてしまう。
ましてや、帝が刃物に対する禁止令を出してからは、なおさらその傾向が強まった。
もはや、自分の手で世界を切り開いてやろうとする野心は、時代遅れとなってしまったのか……。
「……」
アイザックが、目を閉じながら、纏まっていない感情と格闘していた。
「父ちゃん?」幼い頃のライナスが、怒りと虚しさに肩を震わせているアイザックの顔を覗き込んだ。
その言葉に、アイザックが弾かれたように目を見開いた。
「“父ちゃん”ではない! 道場では師匠と呼びなさい!」
「!」
父親の怒号に、息子はビクッと体を硬直させた。驚きのあまり目を丸くさせている。
「お前も母親に甘えてばかりではなく、少しは剣を習ったらどうなんだ!」
アイザックが怒りに任せて、木刀を少年に向かって振り上げた。
その様をみて、ライナスは思わず瞼を閉じてしまった。仕舞いには、両手で自分の頭を覆っている。
そんなライナスの耳に、慌てて駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「何をなさいます。幼いわが子を!」
母親だ。今、ライナスの体を抱きしめている。やわらくてあったかい。その温もりに、今あった恐怖心が音もなく氷解していくような感覚に陥った。
「お前が甘やかすから、こんな情けない奴に育ったんだぞ!」
「……もう、剣の世の中ではないのです」
「な、何を!?」
「もう少し、世間をご覧になってください。ましてや、その高圧的な態度では、誰もついて来てくれませんよ」
「くっ!」
振り上げた木刀を床に投げつけたアイザックは、息子達に背を向けた。いや、項垂れていた。
「……こんな私に、剣しかできない私に、一体何ができるというのだ!」
そんな背中に、母親が優しく語りかけてきた。
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「!」
驚いて振り返ったアイザックの視界は、妻の慈愛に満ちた笑みが映っていた。
「……面目ない」
*
「――良い女じゃないか」
ここまでアイザックの話を聞いていたリュウランゼが、つまらなそうに呟いた。
一方アイザックは、目を瞑り肩を震わせていた。どうやら、涙を堪えているようだ。
「だからこそ、無力な自分を許せなかった!」
「どういうことなんだよ」
「あれは、暦の上では満月の夜のはずなのに、黒く重苦しい雲が空を覆い尽くしていた日のことでした――」
アイザックは、脳裏にこびり付いて離れない忌まわしい過去が、唇から吐き出されることを、ためらいながら、それでいて記憶が薄れていないか、確認しながら、ゆっくりゆっくりと言葉を選んでいった。
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