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17. 行方
しおりを挟む今すぐに、というカレンの言葉を受けて、メイヴィスは廊下を辿って謁見の間を目指す。その道すがら心当たりを探すが、心当たりがありすぎてどれのことかわからなかった。
「……両陛下は、王太子妃候補には干渉しないんじゃなかったの」
それは誰かの意向でも何でもなく、定められた規則だった。誰か一人に肩入れし、権力が偏ることを防ぐためだという。逆も然りで、王太子妃候補たちが王族に媚びることも許されない。
(真面目に勉強するより、気に入られた方が手っ取り早いと考える令嬢がいてもおかしくない)
国王と王妃は公平に王太子妃候補たちを見定め、王太子の決定に従うだけだ。
呟くと、カレンが反応した。
「私もそのように伺っておりました。しかし、そうなると……」
「そこまでの事態を私が起こしてしまったのね」
カレンは口をもごもごさせて黙り込んだ。
そしてその間に、メイヴィスは謁見の間に到着する。
「怒られるのは、久しぶりだから緊張するわ」
失望されるのには慣れている。しかし、両親から叱責された記憶は実はあまりない。メイヴィスは『マリアに近づくな』という両親の言いつけを守ったし、マリアは守らなかったがそれが露呈することもなかったからだ。
「……」
カレンは無言で頭を下げる。ここからは一人で行け、という合図だ。
重々しく開く扉を見上げ、メイヴィスは謁見の間に入った。
「ラングラー侯爵が娘、メイヴィスが国王陛下、王妃殿下にご挨拶申し上げます」
玉座に座る男女に頭を下げ、メイヴィスは挨拶する。
「面をあげよ」
促され、ほんの少しだけ両陛下の表情を拝む。
国王は眉間に皺を寄せ、厳しい視線でメイヴィスを見下ろしている。対する王妃は、何の感情も読み取れない。サイラスによく似て冷徹な顔だった。
「ラングラー侯爵令嬢。なぜここへ呼び出されたのか、心当たりは?」
メイヴィスは悩んだ。どう答えるのが正解なのか。しかし、この手のものに正解はない。
「申し訳ありません。心当たりがあるにはあるのですが、どれのことかは分かりかねます」
正直に答えると、国王は「そうか」と眉間の皺をさらに深く刻む。
「我が息子サイラスが、王太子妃候補に各々装飾品を授けたことは知っているか?」
装飾品の件は、ルーナに知らされてからメイヴィス自身も避けては通れない話題だと薄々感じていた。サイラスが授けた授けていない、どちらにしても、メイヴィスには関係のある話だったからだ。
「怪我で療養していた折に、パリッシュ伯爵令嬢様からお聞きしました」
特に言い訳もせず、事実だけを述べる。
「では、その時初めてサイラスが侯爵令嬢にだけ装飾品を渡していないことを知ったと?」
何も相違なかったので、メイヴィスは頷いた。
「左様です」
「サイラスに尋ねようとは思わなかったのか?」
国王は次々と質問を投げ掛けるが、国王直々に時間をかけてくれるとは、とメイヴィスはあまり関係ないことを考えていた。こんな仕事は王がすることではない。
「王太子殿下にとって、王太子妃に相応しいのはお二人だけだと判断し、私からは何も尋ねませんでした」
さらに続けると、少しだけ王妃の表情に動きがあった気がした。
「あの装飾品は本来、王太子妃に選ばれた人間が全てを身につける決まりだ。それをサイラスは無断で分割して配った」
国王はそこで一度言葉を止め、息を吸う。
「問おう。ラングラー侯爵令嬢、そなたは本当にサイラスがそなたに渡させたという装飾品を知らないのか?」
(殿下が、私に?)
メイヴィスはてっきりサイラスから完全に無視されていると考えていたが、国王の言い方からするとメイヴィスにも装飾品を渡したようである。
しかしそれが届いていないのも事実で、メイヴィスからするとどうしたらよいのかわからない。
ただ、事情を知らない第三者からすればメイヴィスは王家の秘宝を失くしたと思われるのだろう。
「存じ上げません」
たとえ受け取っていたとしても、メイヴィスはそれを返上していた。身につける資格がないと。
「……サイラスはその装飾品を信頼できる侍女に預け、渡してくるよう命じたという。しかしその侍女、オリビアがその後間も無く姿を消した」
どうやら容疑者はいるらしい。
(私が知っている侍女は、シャロンとカレンだけ。他の侍女なんて誰も知らない)
王宮入りした初日にサイラスがメイヴィスの部屋に待機させていた侍女たちはいたものの、誰の顔も覚えていない。
「侍女は現在サイラスが捜索している。そなたは自室にて待機しておくように」
「……承知しました」
感情的な王であれば、メイヴィスに罪を背負わせて投獄していた可能性もある。そう考えると、寛大な処分だと思った。
だが、退がるよう命じられて退室する際も、国王夫妻の視線はメイヴィスに鋭く向けられたままだった。
廊下に出たものの、カレンの姿はなかった。仕方ないので、言われたまま自室に向かう。その道すがら侍女たちの会話が聞こえてきたので、メイヴィスは足を止めて息を潜めた。ちょうど昼食の支度をしているらしい。
「どうやらラングラー侯爵令嬢様が国王陛下に呼び出されたらしいわよ」
人間は生来、噂をせずにはいられない生き物らしい。しかし、忙しなく動き回る足音はしているので仕事はしているようだ。
「ラングラー侯爵令嬢様……私はまだお見かけしていませんが、皆さんはあるんですか?」
新入り侍女もいる。
「ああ、あなたは知らないわよね。ラングラー侯爵令嬢様は王宮入りしてからほとんどをお部屋で過ごされているから、私たちのような下級侍女は滅多に見かけないのよ」
「そうそう、お食事を出すのは上級か中級侍女たちの仕事だし、掃除もやっちゃうし」
「では、国王陛下はなぜ侯爵令嬢様を……?」
「それがね」
やや侍女の声が小さくなるが、全然抑える気はなさそうだ。
「どうやら、王太子殿下が侯爵令嬢様にお渡しした王家の秘宝を失くしたらしいのよ」
「ええっ!? 王家の秘宝を……」
「元々正式に王太子妃になった令嬢が身につける装飾品なのだけど、殿下が御三方のために分割して授けたって」
「それで済めばよかったんだけどねえ。確か、ラングラー侯爵令嬢様に装飾品を持っていくよう命じられたのはオリビアだったわよね?」
「そうそう。でもなぜか姿を消して行方不明なのよ」
「んん? では、オリビアさんが盗んだのですか?」
「可能性はあるわね。そんな子には見えなかったけど」
「殿下はなぜご自分で直接渡されなかったのでしょうか?」
「それね、誰もが思うわよね。この国の初代女王陛下の話は知ってる?」
「ええと、確か大層な男性嫌いだったとか」
「そう。結婚もせず、養子も迎えず、後継に遠縁の親戚、それも女性を指名するほどのね。元々装飾品は初代女王陛下の物だったの。そして、たとえ王族であろうと男性がその装飾品に触れることを禁じた。本当かどうかわからないけど、触れると災いをもたらすってね。その代わり、女性であれば侍女でも子どもでも触ることができた」
「なるほど、だから殿下は侍女に持って行かせたのですね」
「あの時オリビアは中級侍女になりたてだったから殿下も彼女を選んだのでしょうけど……やっぱり目を離すべきじゃないわね」
「ラングラー侯爵令嬢様の侍女はカレンだったんだから、そのままカレンに渡しておけばよかったのよ」
「カレンさんですか」
「元々カレンは殿下の世話をしていたの。それが、ラングラー侯爵令嬢様の侍女……シャロンだったかしら、彼女が毒殺未遂で捕まって、その代わりに殿下はカレンを派遣したんだけど」
「でもカレンは侯爵令嬢様が部屋にこもってしまって暇だから、別の仕事しているそうじゃない」
「それっていいのかしら? だってちゃんとそばについているべきでしょ」
「でも暇よね、どこにも行かれないのなら」
「殿下もわかってて侍女を置かないんでしょう」
カレンが自分に忠誠心がないことは、メイヴィスとてわかっていた。しかし、それゆえにどこまでがカレンの独断なのか、どこまでサイラスに命令されているのか、全く想像がつかない。
「……では、今の時点ではオリビアさんは怪しいですが、ラングラー侯爵令嬢様が装飾品を失くしてしまった可能性もあるということなんですね」
「オリビアがそのまま盗んだとは考えにくいけどね。追われる身になるのは決まりきってるし、そんな無謀なことを考えそうな子でもなかった」
「しかし、そんな装飾品をおいそれと失くすものでしょうか」
「さあね。何にせよ見つからないと王太子妃は立てられないから国王陛下も真っ青のはずだわ」
「見つかるといいですねえ」
そこまで聞いて、メイヴィスはその場から立ち去った。
廊下を辿る中、ふと窓の外を見る。中庭で、クリスタとサイラスが茶を飲みながら談笑していた。
(幸せそう)
二人は会話に夢中になっており、メイヴィスには気が付いていないようだ。
サイラスがクリスタに向ける笑顔は、メイヴィスには一度たりとも向けられたことはない。愛されている者とそうでないものの差は、いつだって非情である。それは幼少期から知っていることだ。
(殿下は装飾品を探してるって話だったけれど、この様子じゃ探す気は微塵もなさそう。殿下も私が失くしたと思ってるのかしら)
全てをメイヴィスのせいにしてしまえば、面倒がなく都合がいいのも事実だろう。
メイヴィスは、ケープの中に隠した侍女の服を握りしめた。
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