私が忘れた100年偏愛〜これは転生じゃなくて成仏のお話〜

ふじのはら

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第八話 【想い】2

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目の前に茶色の扉があった。
真っ暗な道を不安な足取りで進んで来たが、ちゃんとそれらしい扉に辿り着いたのでホッとしていた。

呼吸を整えて、足元の奈落に注意しながら手を伸ばした時だった。

「きゃっ」
音もなく扉が開いてそこに人が立っていたのだ。
「おっと、失礼しました。」
目の前に立っていたのは羅網の一人だ。和装のような服の前を合わせ腰紐で結いながら美しい微笑を見せる。
羅網というものはとても整った顔をしていて、当然目の前の者も見惚れるほどの外見だった。
そして艶やかな頬や首元の白い肌は今はふんわりと赤く染まっていた。
「あの、、」
「私はもう失礼します。」
彼は優雅な身のこなしで私を扉の中へ入れると一礼して去ってしまった。

その部屋の中は薄暗くて、所々に優しい照明が灯り、とても良い香りがした。
大きな植物が繁り、その後ろで大きなベッドに薄い布の天蓋がある。

私はハッとした。
天蓋の中のベッドに腰掛けた羅網は、先ほどの羅網と同じようにはだけた服を着直しているらしかった。

これではまるで、、、

「羅網」
「っ!桜子!?どうしたんです!?」

私に気がついて羅網は驚いた顔をしてから天蓋の布から出てきた。
「ひとりで来たのですか?」
「そうだよ、、羅網に会いたくて、、」
「、、一緒にいられずすみません、、どうぞ、ソファに」
「羅網も隣へ座って?話したいの。」
茶色いふかふかしたソファに腰掛けると、羅網は少し間隔をあけて隣に腰掛けた。
その姿を見ると、急いで整えた衣服がいつもより緩く、表情もどこかプライベートな雰囲気を纏っている。

好きな人のプライベートな空間に無理やり入ってしまったことでとてつも無く緊張した。

「あのね、名珠が急に綺麗になってきちゃったの、、。私はずっとここにいたかったのに」
「何言ってるんですか。こんなところに居るよりも、転生して幸せになる方が良いに決まってますよ」
「羅網といたかったの」
私の訴えに、羅網は綺麗な目を少し細めて微笑むと私の頭を優しく撫でた。
「可愛らしいことを」
「ねぇ、羅網、私がここに居られなくなるまで一緒にいてほしい」
「それは、、、桜子、、」
彼は困った顔をすると子供に話して聞かせるように、自分のしていることは仕事なのだと言う事、少なからず決まりがあって守らなければ罰があることなどをゆっくり話した。

「あのね、羅網。私生きていた時、誰も私の存在を見てくれなかった。友達も、周りの大人も、家族も私に興味なかったし、私が助けてほしくても誰も私の声が聞こえないみたいに振る舞ってた。ひとりは本当に辛かった。ーでも今やっとあなたが私の話を聞いて、私に笑いかけてくれる。それが本当に嬉しくて、、私、あなたを好きになってた」
「桜子、、」
「七宝がね、この恋愛はダメだって。私、、羅網のことを好きになっては駄目だったの?」
羅網の瞳を見た時、私の頬を涙が伝って落ちた。
その濡れた頬を羅網は長い指で優しく拭いながら
「桜子、、人の気持ちは良いも悪いも、他人が決めることは出来ないのですよ。ただ、、ただもう数週間であなたは転生したら私を忘れてしまいます。それは良いことなのか悪いことなのかわかりません。ーでも、あなたは私を忘れるんです。」
そう言い切った。

「私忘れないよ」
「、、、」
羅網は困ったような悲しそうな顔で微笑んだ。
私は涙で濡れた顔を袖でぐいと拭いてまっすぐに羅網をみる。

「お願い、羅網。そばに居させてほしい。他のお仕事の邪魔はしないから。あなたをほんの少しの間好きでいさせてほしいの」
私の切実な願いに、彼は暫くわたしの目を見つめていた。
そして目を伏せると小さく頷いて見せる。
「、、、桜子、、わかりましたよ。それであなたの心が救われるのなら、、一緒にいましょう。」

この時の羅網の哀しげな瞳の意味が私には理解できなかった。好きな人と束の間一緒にいられる。その喜びと、転生したら忘れてしまうと言い切られたことへの不安で頭がいっぱいだったのだ。

その日から私はほとんどの時間を羅網の部屋で過ごした。彼は私に常に優しかった。その日々は私にとってフワフワと夢の中のようで幸せそのものだった。

「羅網、あなたに出会えてよかった。ずっとずっと忘れたくない。どうしたら忘れないのかな。」
「桜子、あなたは初めて会った時から純粋な子供のようですね。忘れるように出来ているのに、それにあらがうつもりですか?」
クスクスと羅網が笑う。前よりもずっと心を感じる笑みだ。
「あたりまえだよ。私の心は私自身が決めたいもの。」
「そうですね。じゃあ、、何か試してみましょうか?次にあなたがこの世界へ来た時に私を覚えていられるのか、、」
「うん!」

そうして私たちは夢物語かもしれない会話を繰り返した。いずれ忘れるのが運命かも知れないけれど、忘れない方法を探すのはとてもドキドキしたし楽しかったのだ。
そうして遂に、

「桜子、私に名前を与えて下さい。羅網らもうは個々の存在としてありません。沢山いる羅網は謂わば全て同じもの。だからまずはとしてあなたに認識された方が良いのかもしれない。」

そう彼は思案顔で言った。

なので私は彼にれいと名付けたのだ。
雨が降り始めるように、静かで綺麗で、私の乾いた心を解いてくれた。だから零と名付けた。
そうして零も私に名前を与えてくれた。いずれ桜子という名は無くなる。次の転生でまた新しい名前を与えられるだろう。
だけど、ここでは、零にとっては私は彼の名付けた名前でいるのだ。
朔希さき。始まりに希望と書いて朔希。」

私と彼は互いに名前を与え合い、それは否が応でも2人の結び付きを強くした。

ものの名前というのは、誰かが名前を付けて呼んだ瞬間からその存在に変化する。それまで何者でもなかったのに、、。
そういう事を零は知っていたのかもしれない。

こうして、朔希さきれいは、転生を待つ者と世話係の羅網という形から抜け出してしまった。
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