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#17 クリスマスパーティ

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いつもは照明が落とされて、仄暗い静かな雰囲気の中でゆったりワインを飲めるこの店だったが今日はクリスマスパーティということで少し賑やかな雰囲気だった。
パーティション代わりに配置されているたくさんの観葉植物はクリスマスツリーの役目を押し付けられたのか細い枝のここかしこに白くて丸いオーナメントを付けられて、暖色系の店内の照明を優しく反射している。

さっきまで顔馴染みである常連客の面々と、食べ物をつまみながらワインを飲んでいた。そのうちにそれぞれ知り合いと合流したり気の合う別の客と話しだしたりしてばらけ、俺自身もポケットに入れたスマホが鳴って席を立った。

「もしもし川原?」
「和倉、遅くなってごめん。これからそっち向かうから30分くらいでつくと思う。」
「いや、逆に悪い。無理してきてもらって」
「そもそもオレが行きたいって言ったんだから当然だって!もうだいぶ飲んだ?酔ってる?」
「飲んだけど酔ってねーよ。食べ物がめちゃくちゃうまいから食べすぎたけど」
川原が電話の向こうでクスクス笑う。その息遣いから急いでこちらへ向かっている事がわかった。

電話を切ると、俺は一旦ワインをやめて壁際に寄せられた椅子へ腰掛けて川原を待つことにした。
川原は今日ここへ一緒に来るのを楽しみにしていたが、同居しているお兄さんの婚約者である愛海まなみさんが自宅に来ることになって遅れることになったのだ。
愛海まなみさんはご両親を連れて来るらしく、明日は結婚前の顔合わせがあるそうだ。今日はひとまず心臓移植までした義理の弟になる川原を紹介したようなものだろう。

ワインをやめてスパークリングウォーター片手にスマホを眺めている時だ。
「あー!!誉くん!!また会った!」
突然女性に名前を呼ばれて驚いた。
顔を上げると俺より少し年上に見える2人の女性、、
あぁ、面倒な、、
「私たちの事覚えてる?前にここで一緒に飲んだの」
「覚えてるよ。あの時はどうも。」
「今日はお友達は?」
「あー、こないだの川原がもうすぐ来る予定」
「ね、ね、今日こそね?川原くん来たら別の所で遊ばない?」
「別の所ー?」
既にワインに酔っている彼女たちが、あからさまに俺の太腿に手を置く。店の隅であるのを良い事にかなり際どい場所までススッと太腿をなぞる。
「いやいや、オネェさん、手がやらしいって」
「あーごめん、セクハラしちゃった。」
彼女たちからしたら男が迷惑するとは想像もしていないのだろう。男の性的な対象に自分たちは100%入っていると信じて疑わないのだ。

「誉くん女の子に不自由してなさそうだけどクリスマスにお友達と飲みに来るってことは特定の彼女いないってことでしょ?なら遊ぼ?良いことしよ?」
ボディタッチの激しい彼女たちに愛想笑いを浮かべながら、どうしたものかと考える。さすがに彼女たちに恥をかかせるような事は言いたくない。ー、、けど、川原がこの場に来たら、、前回のこともあるし良い気はしないだろう。第一、女性に体の関係を誘われる川原を俺が見たくない、、。
「おねぇさん達ごめんね。俺軽く見えるかもだけどそういう遊び方しない主義なんだよ」
「えー!クリスマスだよ?クリスマスに女の子の誘い断っちゃう??」
「いや、誘ってくれるのは有難いけど、友達と一緒に飲もうと思ってここ来てるしさ」
体を触る彼女達の手をさりげなくかわしながら内心イラつき始めた時だ。

俺の前に人影が立った。

「あー、いたいた。和倉誉くん。やっと会えた。」
「え、、?」
「ねぇ、オネェさん達、俺彼にだいっじな話あるんだ。悪いけど他あたってもらって良い?」
同年代でスーツを着ているその男は、この状況をわかっていて割って入って来たようだった。
普通なら「助かった」とホッとするところだが、この時の俺は彼の顔から目が離せなくなっていた。
彼はイケメンの部類に入る顔ににこやかに笑みを浮かべていたが、彼女たちに話す声にはどこか断れない圧があった。

彼女達は突然現れた男も、遊びに誘うか逡巡したようだったが、その圧に負けて別の人にあたると俺の事を諦めて去って行った。

「俺のこと、わかる?誉。この店に来るって聞いてから、ずっとお前のこと探してたんだよ」
成田なりた先輩?、、、なんで、、」
「何でって、懐かしいから?5年ぶりくらいかなぁ。あ、別にお前のこと忘れてないとか怖いこと言わねーよ」
ハハっと彼は笑った。
「、、、」
「今更会いたくなかったって顔してんなぁ。思い出話しようぜ?」
「、、いや、悪いけど、、」
小さく首を横に振る俺を無視して、彼はからかうように目を細めた。
「誉さぁ、いまどっちが好き?おんな?それとも、おとこ?」
「やめろよ!」
俺が思わず大きな声を出すと店内にいる人が一瞬こちらを振り返る。
ハッと我に帰る俺を見て成田先輩は満足そうな笑みを浮かべた。

さっきの女性に絡まれた以上の焦りに鼓動が速くなる。
この懐かしいけど厄介な人を、川原には絶対会わせたくない。

なぜ、なぜ、この人が目の前にいるのか、、
この人は、中学の先輩で、、高校生の時に、俺に男を教えた人だ、、。
全ての始まりはこの人との関係だった。

「ねぇ、誉教えてよ。どっち?」
「っ、、どっちでもあんたに関係ない、、」
俺の答えに先輩は声を立てて心底可笑しそうに笑った。
「やべー、最高におもしろい。おまえすっげぇモテてたのに俺のせいで人生狂ってんじゃん」
俺はゲラゲラと笑う目の前の男がどういうつもりなのかわからず困惑した。
ただ今は川原がここへやって来てこの男に会うのだけは避けたかった。

「な、誉、上にいってゆっくり話さね?上、わかんだろ?」
「、、、わかった、、、」
俺は店の扉を開けた時に、どうか川原が立っていませんようにと願いながら男の後ろを歩いた。
彼の言う「上」とはこのビルの3階にあるレンタルスペースだ。
ワインバーは地下1階で、1階と2階はそれぞれお酒を提供する店が入っている。
その上の3階にレンタルスペースがあって個室がレンタルできるのだ。昼間は何かしらの会社が会議や、胡散臭い集会に使っている。夜中はあまりまともな事には使われていない。
酔った男女が使っていたり、終電を逃したサラリーマンが宿代わりにしていたりする。一応受付けが2階の店にあるが、大きく看板や広告を出しているわけではないので「知る人ぞ知る」的な場所だった。

成田先輩について店を出ると、そのままビルの階段を上がる。2階の創作料理と酒を出す店に先輩が受付をしに入るのを、俺は店の外の廊下で待っていた。
クリスマスパーティからこちらの店に移動した客も多いのか、パーティで目にした客が数人で店へ入って行く。

俺はただただ川原の事を考えていた。
もうそろそろ川原はパーティに着くだろう。そして俺の姿が見当たらず電話をしてくるのだ。

俺はなんて言えば良い?
初めての男と再会したから2人で抜けた?
言えるわけが無い。いくら先輩と川原を会わせたくないからと言っても、今の自分の行動はきっと川原を傷つける。

分かっているのに、、
あまりに突然の展開に、何が一番正しいのか判断が出来なかった。

成田先輩は、レンタルルームの一番奥の部屋へ俺を先に入れ、自分が入ったあとで入口のカーテンを閉めた。
防犯の為良いのか悪いのかわからないが室内から鍵は掛からず、ドアの窓をカーテンが覆っていれば使用中という事だ。
中には大きめの会議用テーブルと椅子、ホワイトボード、テレビ、ソファ。それと簡単な給湯設備があるだけだ。
俺は先輩に促されてソファに座った。

「しっかし会えて良かったよ、誉。お前って相変わらず知り合い多いし人気者なんだな。常連客の1人が俺の友だちで、偶然お前の名前耳にしたんだ」
「そう、、」
「さっきも女に誘われてたみたいだけど?やっぱ女とはやれないの?」
嫌な笑いを浮かべて先輩は俺の顔を覗き込む。
「別にそんなことは、、」
「ほんとか?女も抱けんの?俺に抱かれてよがりまくってたお前がぁ?」
「、、、」
「俺はさぁ、お前が急にいなくなってからいろんな男抱いたわけよ。虚しかったねぇ、、。ま、今となってはそんな事クソほどどうでも良いんだけど。んで、おまえは?どうしてた?高校の時おまえアッサリ別の男に乗り換えたろ」
「、、?別の男?」
俺が不思議そうな顔をした事に先輩は苛立ちを滲ませた。
「そうだろ?お前同じ高校でちゃっかり相手見つけて、俺はお払い箱になった」

そんな事実は微塵もなかった。ただひとつだけ思い当たることはある。
連絡のぷつりと途絶えた俺に、ある日先輩は業を煮やして会いに来た。俺は先輩とはもうとっくに縁を切ったつもりになっていて、、
あの河川敷の草の中まで追いかけて来た先輩と、偶然そこにいた川原を鉢合わせてしまったことがあったのだ。
その時に先輩は「もう相手がいるのか」と言っていた気がする、、。

「いや、先輩、あん時のやつ、偶然居合わせた友だちだから、、」
「今更ごまかすなよ。どうせそいつとヤリまくって、そのくせ女にもモテまくって、ほんっとうぜぇヤツ。」
「先輩、、文句言うために俺を探してた?」
「ちげーわ。誉、やらせろよ。」
先輩は俺の胸ぐらを掴むと、ソファに俺を押し付けて耳元に口を寄せた。
「どうせ周りに秘密にしてんだろ?男に突っ込まれて喜んでた事。秘密にしてやるよ。」
「っ脅してんのかよ!」
「脅す?ばーか、頼んでんだよ。」
彼は耳元で下品に笑うと俺の中心に手を伸ばした。

何で今更こんなヤツに、、この男との関係を今まで何年間後悔してきたか、、
どんだけ苦労して自分を偽って来たか、、
この男とのことが無ければ、俺は普通に女と付き合って、普通の人生を送って、、、

普通に、、

胸ぐらを掴まれたまま、中心をぐっと握られる。乱暴に揉まれて物理的な刺激に否応なしに芯を持ち始めてしまう。

川原、、俺はどうしたら良い、、

その時ポケットの中でスマホが振動した。
川原だ。下の店について、俺が居ないのを不思議に思って電話しているのだ。
でも出る事は出来なかった。
先輩の手がズボンのファスナーにかけられたからだ。
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