俺たちは幽霊屋敷に住んでいる

ふじのはら

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6 女の子

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ホコラ?そんなんあったっけ?」
俺が祠の場所を知っているかと尋ねると時宗は怪訝な顔をして記憶を辿る。
「いや、全然わかんないな。その祠がどうしたの?」
役場の公子が言っていた話をすると、彼はますます首を捻って考え込んだ。

「じゃあ何かその頃、事故みたいなの無かった?」
「え、事故??交通事故?」
「あー、、ごめんそれはわかんない。」
「いや、覚えてないなぁ。5歳かそこらの記憶なんて断片的だからなぁ」
キレイな眉を寄せて考え込む。髪の毛が邪魔にならないようにヘアバンドで無造作にあげているから、涼しげな二重の目も形の良いおでこもよく見える。

目を閉じて考え込んでいる時宗を盗み見ていると、彼はピクリと身を縮めて開けっぱなしの扉を振り返った。
「ーえ?写真?」

「おい!!時宗!!誰と話してる!?」
俺は荷物だらけのその狭い部屋で後退りする。
「誰と?えっと、、えり、か?ん?えり、な?」
俺と、何もない空間を交互に見ながら言う。

時宗は、霊感がある。この家の中で人の姿を何度も目撃している。それなのに怖くはないらしい。
俺は姿なんて見えないけど音や声が聞こえる事があって、とにかく怖かった。
あまりに自然に幽霊と会話した時宗にドン引きしたが、頭の片隅で何かが引っかかった。
「その名前、、どっかで、、」
今度は俺が記憶を辿る。えりな、、写真、、?
「あ?写真!?そうだ、写真だ!時宗その段ボールに写真入ってる!そこに写ってるかも!」

「あった!」
時宗が手にしているのは、俺が引っ越して来てすぐに2階のこの物置部屋を整理しようとした時に見つけた写真だ。
裏の名前を見るまでもなく時宗は1人の女の子を指差して俺に見せる。
「この子。おかっぱ頭で緑色のスカートをはいてる。この子がえりなだ。」
「待って、、じゃあ当時この家に集まって遊んでいた子供の1人が亡くなった、、ってこと?」

顔を見合わせた俺たちはなんだかゾッとしてその写真を持ったまま、場所をリビングに移すことにした。
俺のパソコンを立ち上げて検索する。この町で何か事故があったような事は出てこない。
「明日、藤堂さんに聞いてみようか」
俺の提案に、時宗は生返事をして、まだ写真を見つめて考えている。

「ねぇ、覚さん、何でこの町に来なくなったか覚えてる?」
「え、何でって、、」

小さな頃、幼稚園の夏休みや冬休みも、小学校に上がった年の夏休みも、2週間くらいずつここへ母に連れられて来た気がする。
毎日のようにばぁちゃんちに同じ年頃の子が遊びに来ていて、人見知りな俺を母は無理やりその輪に入れたのだ。

「親が、、離婚、、いや、違う。離婚したのは俺が3年の時だ。それよりも前にもうここへは来てないと思う。」

「俺もある日ここへ来なくなった。何でだったかな、、駄目って言われたのかな、、ばぁちゃんに来るなって言われたのかな?」

俺でさえよく覚えていないのだ。俺より一才下の時宗が覚えていないのも当然かも知れない。

「この写真、覚さん写ってんね。懐かしい。これ、俺だよ?気づいてた?」
「え、うそ、、」
時宗が指を刺しているのは白いTシャツと白い半ズボンをはいたボブの黒髪の可愛い子だ。
隣の女の子と同じポーズで写るその子を、俺は女の子だと思っていた、、。でも言われてみれば、その笑顔に時宗の面影はある。
「ほんとだ、、ほんとに俺たちここで会ったことあったんだな、、。」


一緒に遊んでいた筈の女の子が亡くなっていることと、俺と時宗がココで出会ったのが初めてじゃないという事実に、俺は何だか動揺していて眠れなかった。
夜中の1時を過ぎても布団でモゾモゾしていると時宗がリビングに降りて来て暗いキッチンで水を飲む。

「時宗も眠れないの?」
布団の中から声をかけると、「うん」と低い声が聞こえた。
「一緒に寝る?」
水道の音とコップを置く音、そして暫くすると時宗が部屋にやって来た。
「寝る」
俺が時宗の布団に潜り込むのはよくあったけど、霊を怖がらない時宗から、というのは初めてだ。

「大丈夫か?」
「うん、ちょっと情緒不安定。いろいろ思い出したんだ。あの子、結構ちゃんと友だちだった。幼稚園も一緒の記憶ある。」
元気のない時宗を励ましたいのに、あの女の子との関係性が違うからどう声をかけて良いかわからない。ただ何回か一緒に遊んだだけの俺ですら、罪悪感というか複雑な気持ちを持ったのだから時宗はなおさらだったろうと思う。

俺は背を向けて横になる時宗を、慰めたいような思いを共有したいような気持ちになって、後ろから抱き締めた。
時宗は驚いてビクッと身を固くした。
「うわっ、覚さん、、?」
「ごめんな、いつも俺のこと助けてくれるのに、こういう時役にたたなくて」
「いや、そんなこと、、それより、腕、、」
体をこわばらせたままの彼の声に、腕を離す。おずおずとこちらに向きを変えたその顔を見て、俺はその存在を触れて確認したくなる。

ーどうして男の時宗を好きになってしまったのか、、

身を起こすと自分からそっと触れるキスをする。顔を離すと黒い瞳が俺を見上げた。少し困っているような、でも求めているような、そんな瞳だった。
もう一度キスをして、2人はどちらとも無く初めて熱く濡れた舌を絡めた。
時宗の舌を引き寄せるように深く舐め上げると、時宗も応えるように熱く絡めとる。この瞬間、確かに俺たちは互いの存在を求め合っていた。

でも、、時宗が俺の首に腕を回した時、一瞬脳裏によぎる黒い影。
全身に力が入って緊張感が生まれる。

ーやめろ思い出すな、、

「覚さん?」
俺の異変に気づいて首からパッと腕を解いた時宗に呼ばれて体の緊張が解けた。
「大丈夫?」
「あ、あぁ、大丈夫。」
俺の顔を見ていた時宗が苦笑して、
「もうさ、俺たち同じ布団で寝ない方が良いんじゃない?」
彼がそう言った言葉に心がズキと痛む。

「何で、、」
思わず“何で”と聞いてしまった。

「何でって、、こういうの続けるとさ、俺アンタに手出しそうで自分が怖い。」

「ー、、俺たぶん時宗は怖くねーよ」

それは俺が時宗を特別な気持ちで見ていて、俺自身が触れたいと思っているから。
手を出しても良いと言っているような俺の言葉に時宗は驚いて、そして明らかにイラついた。

「は、、意味わかってる?俺がアンタの地雷踏み抜くことしたらどうすんの?、、そんなことひとつの布団の中で簡単に言ってんじゃねーよ」

「、、、」

返す言葉は見つからなかった。
明らかに怒っている時宗が自分の部屋に戻るのではないかと思ったが、彼は体勢を変えて俺に背を向けただけだった。

「はぁ、、ごめん、覚さん。悪いの別にアンタだけじゃないよね。俺自分にもイラついてる。」

俺が返す言葉を探しているうちに彼は黙ってしまった。

触れ合うほどに近い布団の中で、時宗の背中を遠く感じる。ほんの少し手を動かせば触れられるのに、それをすれば関係は壊れてしまうんじゃないかと思えた。

子どものように安穏とした、こそばゆい微妙なバランスの関係を、この時俺は初めて変えたいと思った。

時宗はどういうつもりで俺とキスをするのか、どういうつもりで1つの布団に一緒に寝るのか、どういうつもりで恋人のように優しい言葉を口にするのか、、
その答えが俺と同じ場所にあるのなら、それを言葉で聞きたいと思ってしまったのだ。

朝になると時宗も俺も、昨日の会話が無かったように、また普段通り振る舞った。単なる同居人や友だちと言うには無理のある出来事だったのに、、

「今日藤堂さんにあの話聞いてみるわ」
「事故について詳しいこと知ってると良いんだけどね。」
「だな。じゃ行ってくるわ。」
「いってら」
軽く手をあげ合って俺は仕事に出掛けた。
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