俺たちは幽霊屋敷に住んでいる

ふじのはら

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7 捜索

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「藤堂さん、帰りにちょっとだけ良いですか?仕事の話じゃないんですけど、聞きたいことがあって、、」

仕事の終わり際にそう声をかけて、俺と藤堂さんは今役場の会議室にいる。
「仕事には慣れたかい?」
優しそうな藤堂さんは、俺の両親よりもずっと歳上で73才だという。皺の刻まれた顔を崩していつもニコニコしているのが印象的だ。
「ええ。お陰様で。だいぶ1人でやれるようになって来た気がしてます。」

「ーで、話って何だい?」
「はい、あの、以前坂井さんに、うちのばぁちゃんちに子供がたくさん集まってたって話聞いたんですけど、、」
「あぁ、懐かしいね。小さいのが何人もよく佐藤さんちに行ってたよ。」
藤堂さんは懐かしい話に更に目を細める。

「その時代に、何か事故があったとか、、俺少しその事が気になって調べたいんです」
「ああ、、あのこと、、」
ふいに笑顔の無くなった顔に、何か聞いてはいけないものに触れた気がした。

藤堂さんは俺の顔をじっと探るように見ていたが、やがて少し待つように言うと会議室を出て行った。
5分ばかり経って戻ってきたその手には新聞があり、藤堂さんは無言でそれをテーブルに広げると、とある小さな記事を指差した。

「これだよ。地元紙のこの小さな記事しか記録がないんだ。」

藤堂さんの言う通り、ページの少ない地元紙のほんの隅にその記事があった。ちょうど17年前の11月だ。
それは前日山で遊んでいるうちに行方不明になった5才の少女が炭坑の通気洞の中で遺体で発見された、という痛ましい記事だった。

「炭坑の通気洞?」
「この町はずっと昔、炭鉱で栄えた町だというのは知っているでしょう?その炭坑洞や通気の為に掘った洞穴が町の一角の地下にはあるんだよ。」
「ああ、なるほど。」
「その通気洞のひとつが佐藤さんの家の裏の山中にあってね、その近くでどうやら子どもらは遊んでいたようだ。」
「洞、というとトンネルみたいな?」

頷きながら顔をしかめて藤堂さんは続ける

「もちろん危険なので出入り口はブロックや金網なんかで塞いでいた。なのに、他の町から若者が心霊スポットだと言って夜中によくやってくるようになって、、入り口のブロックを避けてしまったようだ。」
「それで子どもが中に、、?」
「そう。決して近づかないように言われていたのに、かくれんぼをしているうちにこの子が居なくなってしまった。悪いことに、2日前に大雨が降って、この町に続く道路が土砂崩れで寸断されていて、捜索隊が入らなかった。」

当時を思い出して意気消沈する藤堂さんに俺は胸が痛んだ。恐らくこの町の大人達が手分けして探したんだろう。

「すぐに暗くなる田舎の山中で、そう捜索する時間がないまま夜になってしまって、次の日の朝から手分けして探して、発見されたのは日暮れ頃だった。11月の山の中は気温が下がる。その日は特に寒かった。可哀想に、凍死だったんだ」

ー山の中の暗いトンネルで、凍死、、、17年前に一緒に遊んだであろう女の子にそんな事が、、、

俺の記憶には山で隠れんぼをした思い出はない。俺はイマイチ活発な子供ではなかったから、もっぱらばぁちゃんちの庭で子供たちと遊んでいた気がする。

「当時一緒に遊んでいた子たちは?ーもしかしてその中に遊佐時宗はいましたか?」

「時宗くんか、、いや、いなかったんじゃないかなぁ。この時一緒にいた子たちの家族は皆責任のようなものを感じて、事故があって間もなく引っ越したはずだから。遊佐さんはその後何年も校長先生を務めてたはずだよ。」

なるほど。確かに当事者であれば5才の子供だとしても何かまずい事があったことくらい記憶している筈だ。
時宗はこの日一緒に遊んではいなかったのだ。
俺はホッと胸を撫で下ろした。

俺は藤堂さんに礼を言うと、家に帰ってこの話を時宗に伝えた。


「そのことがあって、たぶん大人たちから山で遊ぶのを、、もしかすると此処へ来ることも禁じられたのかもしれないな、、」
「きっとそうなんだろうね」

しばらく無言でいた俺たちはたぶん同じ事を考えていた。

「ねえ、覚さん、次の土曜日、、探してみない?」
「その子が亡くなった通気洞だろ?いいよ、探そう」


次の土曜日、俺たちは朝から出かける支度をして裏手にある山に入った。

獣道のような小道を辿って入ったものの、もう数年は放置されているらしいその道は雑草が高く伸びて細い道を隠し、すぐにどちらに進むべきかわからなくなってしまった。

「せめて祠を見つけられたら、、」
「でも5、6才の子どもが遊ぶのを許される程度の距離だろ。そんなに山の中とは思えないよな。」
俺は少し考える。
「せいぜい、遊んでいるのが見える範囲、、ばぁちゃんちの庭から1キロくらいじゃないか?」

それに時宗が同意して、俺たちは手分けして探すことにする。
大人が迷うほどの山中じゃない。雑草の丈が高く、周りには木も多いから見つからないだけであって、坂を下れば簡単に家が見えるだろう。

すっかり草が生えてよくわからなくなった獣道を草をかき分けながら探す。
しばらくすると、俺は大きな石に躓いて、その奥にある朽ちかけた祠を発見した。

「時宗!これ、、」

時宗を呼んだ俺の耳に彼の返事は聞こえない。いつの間にか彼が草を分け入る音さえ聞こえなくて、不思議に思い探し始める。

「ー、、いの?」
時宗の声が微かに聞こえて、俺は急いで草を分けて進んだ。彼の頭が離れた所に見えて、何かを話している声が聞こえておかしな焦燥感に駆られて走った。

「時宗!」
彼はトンネルのようなコンクリートの穴の前に立って、こちらを振り返っていた。

「ここ、、通気洞、か?」
時宗は切なそうな顔をして小さく頷いて
「えりながいるよ」
そう言って無機質なコンクリートのトンネルを見た。

通気洞はコンクリートのブロックで入口を塞がれて、更に手前には鉄格子が取り付けられている。中を見ることもブロックを動かすことも出来なさそうだ。
きっと昔の事故があってから頑丈に封鎖されたんだろう。

「ー忘れててごめんな。えりな」
時宗はしゃがみ込んで真っ直ぐに空間を見ている。彼にはきっと5才の少女が見えているのだ。

「時宗、祠と此処、綺麗にして供養してあげようか、、」

「そうだね。」


俺たちはその日1日をかけて、獣道の雑草を刈り、祠を綺麗にして通気洞のまわりも綺麗にすると、通気洞の入口に花やお菓子や水を手向けてえりなに手を合わせた。

裏庭からその場所はかつてあっただろう姿を取り戻して、その日から俺たちの家にえりなが来ることは殆ど無くなった。

「俺もえりなも、覚さんに憧れてたんだ。」
1日中の草刈りに疲れてリビングのソファに寝そべっていた時宗が思い出したように言う。
「憧れてた??」
俺は隣の和室のベッドの上から寝そべったまま答える。

「そ。田舎の子どもだった俺たちは賑やかな市街地に住んでいて時々遊びに来る1才年上のアンタに憧れてた。恋心なんてのじゃなくて、憧れ。泥にまみれて遊ぶコッチの友だちと全く違う雰囲気が格好良く見えたんだな、きっと」
クスッと笑う声に気恥ずかしくなった。
俺は人見知りして、ここに来てもあまり楽しくは遊ばなかった。木に登るのも泥だらけになるのも、大人しかった俺にはハードルが高かっただけだったのに、そんな俺に憧れた年下がいたなんて、、。

「えりなの事をいろいろ思い出したら、覚さんの事も同じくらい思い出した。覚さん俺に言ったんだよ。」

「何て?」

「トキみたいに可愛い男の子見たことないよって」

「ハハ、、すげー恥ずかしいんだけど」
思わず顔が赤くなる。6才の子どもの純粋な感想だったろうけれど、小さな俺と今の俺が時宗に寄せている気持ちが同じなようで最高に恥ずかしい。

「あと皆んなでそっちの部屋に泊まったことあるよ。いっぱい布団敷いてもらって。俺覚さんの隣で寝た。」
「ふはっ、何いろいろ記憶覚醒してんの」
気恥ずかしさに茶化す俺の言葉にクスクスと笑っていた時宗はやがて黙った。

ー疲れて眠ったのか、、?

「時宗、、今日一緒に寝ようぜ」
唐突に言ってみる。

「、、、いいよ」
少しの間を置いて答えた時宗の声に、俺は自分の鼓動が大きくなったことに気がついた。
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