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6:マリーの願い
しおりを挟む帰りの馬車の中で、マリーはまたもや頬を膨らませている。
「本当にカフェだけですぐに帰るのですね」
「君がカフェだけで良いと言ったのではないか」
「そうですけど、誕生日なのですから何かプレゼントとか……」
マリーのその発言に、珍しく少し表情を変えたマストがマリーを見た。
「君が何も要らないと言ったのではないか」
少し驚いたような顔をしているマストに、マリーは少しバツの悪い顔をした。
「……はい、その通りです」
プレゼントは要らないと言われたとしても、自ら進んで妻や恋人の為にプレゼントを買う男性は多いだろう。
マリーもちゃっかり、それを期待をしていたのだ。
そしてその期待は見事に打ち砕かれ、
(旦那様は、本当に言葉通りに捉える方なんだわ)
マリーは、そう学んだのだった。
「旦那様、お聞きしたいことがあります」
マリーは気持ちを切り替えて、話を変えた。
今日は、どうしてもマストの口から聞いておきたい事があるのだ。
「何だ?」
「前の奥様とは、何故離縁をなされたのですか?」
マストは質問を受け、視線を窓の外からマリーへ移した。
「……まあ、性格の不一致というやつだ」
マストはマリーを見て、真顔で答えた。
「例えばどの様な?」
マストは少し斜め上を見て、考えている様子である。
「前の妻は金遣いが荒かった。そして、私に対する要求も多かった」
「……どの様な要求ですか?」
「『何を考えているかわからない、もっと大切にして欲しい』と言うような事をよく言われたな。俺なりに大切にしていたつもりではあったが、足りなかった様だ。よく不満を漏らしていたし、怒っていたよ」
マストはこの様な内容にも関わらず、表情を一切変えずに話した。
マリーは一切変化のないマストの表情に、反省の気持ちも後ろめたい事も、本当に何もないのだということを感じる。
「……旦那様は離縁をしたくはなかったのですか?」
マストは少し驚いた顔をした。
「本人が俺と一緒にいない方が幸せだと感じるのであれば、そうすれば良いのだ。俺はどちらでも良かった」
まるで自分の意思はどうでも良いという返事に、マリーは前回の結婚もローレルが勝手に決めて来た結婚であったのではないかと思った。
”結婚の必要性は感じるが自分で探すのは面倒だから母親に任せよう”
そんなところではないかと、マリーは推測した。
「……そうですか……」
(私との結婚も同じように受け身なのですね……)
マリーは少し考えてから顔を上げ、マストの顔を真正面から見た。
そして、意を決して言った。
「旦那様、私の両親は仲が良くありません」
マストは急に始まったマリーの話を、マリーの顔を"ジッ"と見たまま、黙って聞いていた。
「両親が揃うと喧嘩が始まるのではないかと、いつもハラハラして両親の顔色ばかり伺って生活をしていました」
マリーは何も言わないマストに、マストが最後まで話を聞こうとしてくれているのを感じる。
「子供にとって、両親の不仲はとても辛いことです。なので私は、その様な夫婦になりたくはないのです」
マリーは勇気を出してマストの手を取った。
マストの右手をマリーは両手で包み込んで続ける。
「旦那様、私たちは親の都合で結婚をいたしました。しかし、それでも私は仲の良い夫婦になりたいと思っております。旦那様は如何ですか?」
マストは自分の手を握りながら、不安な表情で想いを伝えるマリーをジッと見ていた。
そして、ポツリと口を開く。
「……ああ、俺もそう思う」
マリーは、マストの瞳が少し揺れたことを見逃さなかった。
マリーの想いがマストに届いたと信じたかった。
それ程、マリーのこの"願い"は強いものなのだ。
小さい頃から両親の不仲に心を痛めていたマリーは、自分が結婚をしたら"仲の良い夫婦"そして"仲の良い家族"になることを、ずっと夢見ていたのだ。
マストの肯定の返事に、マリーは心からの満面の笑みを返した。
するとマストも、初めての微笑みをマリーに向けたのだった。
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