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38:ご機嫌斜めのフリージア
しおりを挟む一時間もかからずに、マストたちは店から出て来た。
マリーは慌てて馬車の外に出て出迎える。
「マリー、待たせたな」
「いいえ。ゆっくり出来ましたか?」
「ああ、出来た」
マストはマリーと目を合わせずにそう言うと、リリーを抱っこしたままさっさと馬車に乗り込んだ。
「ローラ様、ケーキはお口に会いましたか?」
「ええ、とても美味しかったわ」
明らかな無理矢理の笑顔を貼り付けマリーを見ることなく、ローラもフリージアの手を引いて馬車に乗り込んだ。
(一体何があったの?)
マリーは呆然と立ち尽くす。
「マリー、さっさと帰るぞ」
「はっ、はい!」
マリーが慌てて馬車に乗ろうとすると、室内は行きとは比べ物にならない空気の重さが漂っていた。
行きと同じ場所に座り、マリーに抱っこされたがったフリージアをローラから受け取る。
「ケーキ、おいちかった」
「美味しかったのですね。それは良かったです」
「こんどは、マリーもいっしょ」
「お気持ちだけ頂戴いたしますね。フリージア様、ありがとうございます」
いつものフリージアなら、そろそろ他のことに気が移るのだが、今日のフリージアは違った。
「やだ、マリーもいっしょ!」
フリージアは馬車の中だというのに、泣きながら手足をばたつかせ出した。
「フリージア様……ええ、今度ご一緒しましょうね」
マリーはそう言ってフリージアを抱きしめるが、フリージアの機嫌は中々おさまらない。
「フリージア、またいつでもマリーとケーキは食べられるから」
マストがこう言っても駄目だった。
約20分ほど泣き続けたところで、フリージアはウトウトと眠りについたのだった。
「このようなことは、よくあるのか?」
「いいえ、とても珍しいです」
「マリーがいないことが寂しかったのかもな。ケーキの食べっぷりがいつもより悪かった」
マストとマリーは顔を見合わせ、二人共心配そうな顔でフリージアを見た。
(どうしたのかしら? ローラ様には随分と慣れていたはずだし……。私が同席しないのは初めてだったから、それが原因かしら……?)
マリーは心配な気持ちとフリージアへの申し訳なさが入り混じりながら、窓の外の景色を眺めた。
(本当に私は、性格が悪いわね……)
そう、自分を責めながら。
マリーはフリージアの様子から、自分が必要とされているように感じたのだ。
辛い想いを我が子がしているというのに、それを嬉しく思ってしまう自分にマリーは嫌悪する。
「ママ……」
静まり返った空気の中で、フリージアの寝言が響いた。
マリーとマストは目を見開いて、再びフリージアを見る。
フリージアはスヤスヤとよく寝ているが、その寝言を聞いたローラが口を開いた。
「……伯爵様の前妻であり、フリージアとリリーのお母様は病で亡くなったと聞いていますが、いつだったのですか?」
マリーは口をパクパクさせながらマストを見た。
(そういうことになっているのね……)
マリーは、自分が死んだことになっていることを初めて知ったのだった。
(だから今まで、ローラ様はこの子達の母親のことを尋ねて来なかったのね……)
マリーがそんなことを考えていると、マストの声が耳に入る。
「……すまない、その話はやめよう」
マストの胸の中でスヤスヤと眠っているリリーを見ながら、マストはそう言った。
「……申し訳ありません」
不謹慎だと思ったらしいローラは、謝罪すると首を垂らす。
何があったのかはわからないが、明らかに覇気がない。
「いや、こちらこそすまない」
マストの謝罪の言葉と同時に、フリージアがうなされ出した。
「わーん! ぅわぁーん!!!」
時々ある"寝言泣き"というやつだ。
寝ながら寝言のように泣いている為、放っておけば数分で止まる。
しかし、今日はいつもよりもけたたましい上に、狭い密室でのことだ。
放ってはおけずに、マリーはフリージアをゆすって無理矢理に起こした。
パチツと目を開けたフリージアは、マリーの顔を見て安堵の笑みをこぼして口を開く。
「……まま……」
マリーは久しぶりの呼ばれ方に、嬉しくて涙が込み上げて来た。
そっと手のひらで頭を数回撫でると、フリージアは再びウトウトし始め、夢の中へ誘われていった。
するとマリーはふと、視線を感じる。
前からはマスト、右隣からはローラだ。
「……ママ……?」
ローラはそう呟いたが、つい先程話を打ち切られたばかりであるため、それ以上突っ込んで聞くことはなかった。
しかしそれでなくても渋い表情だったのが更に、眉間に深い皺を刻んで黙り込んでいる。
マリーは重苦しい空気の中で、天を仰ぐしかなかった……
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