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37:思い出のケーキ店
しおりを挟む今日の訪問先は、フリージアのリクエストでマリーとマストの初デート先であるケーキ屋だ。
マストが時折買って来るその店のケーキは、フリージアの大好物なのである。
その店は相変わらずの人気店であり、初デートの時と同じように、今回も混まない時間を狙って来た。
「わあ、初めて来ました!」
ローラはショーケースに並べられているケーキを、フリージアと一緒に瞳を輝かせながら見ている。
(綺麗な顔でこのような可愛らしい一面もあって、私が男性ならギャップでキュンキュンしちゃうわ……)
羨望の眼差しでローラを見ていたマリーは、そっとマストを盗み見た。
すると盗み見たつもりが、何とマストと目が合ったのだ。
「わっ! びっくりしました。声を上げて申し訳ありません、こちらを見ているとは思いませんでしたので……」
咄嗟にマリーは頬を赤らめてしまう。
「何故そのように狼狽えるのだ?」
「……な、何故でしょう?……驚いただけです」
いつもと変わらないマストに、マリーは自分だけ狼狽えていることに羞恥心を感じた。
「リリーを抱こうか? ずっと抱っこしていて疲れただろう。随分と重くなったからな」
馬車に乗ってすぐにローラからリリーの抱っこを変わっていたので、マリーの腕は実は限界だった。
「……あ、ありがとうございます」
リリーを渡す時に少し触れたマストの手にまで、マリーは動揺してしまう。
(もう、私は一体どうしたと言うのよ……)
マリーは熱くなり上着を脱いだ。
「使用人が一緒にテーブルを囲むことは出来ません。私は馬車で待っておりますので、どうぞごゆっくりして下さいませ」
マリーはマストの申し出を断固拒否し、マリーだけ席を外した。
さすがのマストも、これ以上の強制はしなかった。
三十分後、マリーは店の前に停めてある馬車の中から店の中を見ていた。
ちょうど席に着いているマストたちが見えるのだ。
マストは窓を背にしているので表情までは見えないが、ローラの満面の笑みからどうやら楽しく過ごしているようだ。
「ローラ様、可愛いわね……」
最初は綺麗な印象の強かったローラだが、最近は”可愛らしい”という印象にマリーの中で変化していた。
「少し弱さを見せて相手との距離を縮めるけれど、本質的なところは一線を引ききちんと距離を取っている……。天真爛漫なようで、思慮深さを随所に感じるわ……」
”はあっ”
マリーは大きな溜め息をついた。
「本当に素敵な方だわ……」
最近マリーは、ローラが羨ましくて仕方がなかった。
外見は勿論、その内面の美しさも。
そして何より、マストに想われていることを……
「ここで初デートをしたわね……。あの時は、未来に対して同じ想いを抱いていると思ったのにな……」
マリーは初デートへ想いを馳せた。
今マリー以外の四人で座っている席は、正しく初デートの時にマリーとマストが共にした席であった。
あの日二人は”仲の良い夫婦になろう”と、想いを確認し合ったのだ。
しかし日々の中で、どんどんその願いは色褪せていった。
マリーの努力で何とか保っていた夫婦関係も、子供が産まれ状況が変化する中でマリーが努力をしなくなった途端に、完全に消失してしまった。
「ケーキ店……旦那様の記憶が上書きされてしまう……」
何故かマリーは、そんなことを思ってしまう。
「ん?」
大きな独り言を言っていると、マリーは窓の向こうの不穏な空気にふと気づいた。
ローラの顔から笑顔が消え、固まっているのだ。
「何かあったのかしら?」
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