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41:後悔
しおりを挟む二晩をこえた朝、馬車は止まった。
また休憩かと思ったが、今度は違った。
マリーは大きい男に知らない屋敷へ連れて来られ、屋敷の前で手紙を渡される。
「ローレル様からだ。これをこの屋敷の女主人に渡すように」
マリーは出された手紙を放心状態で受け取る。
「それと、ローレル様からの伝言だ」
マリーはバッと顔を上げてイカつい顔の男を見た。
「この家で侍女として働けるように話は通してある。くれぐれもタングール伯爵の前妻であり子の母親だなんて口外しないように。家族に手紙は書いても良いが、場所を知らせるようなことはしないように。次に邪魔をするようなことがあれば、まともな暮らしは出来なくなると思っておくように」
マリーは目を見開く。
(予想通りの内容ばかり……)
マリーが失望をしていると、男は屋敷の執事にマリーを託してあっさり去って行った。
通された部屋でこの屋敷の女主人を待っている間、マリーは呆然としていた。
(私は子ども達と離れたくなかっただけなのに……。子ども達に幸せになって欲しかっただけなのに、何故こんなことに……)
そこでマリーはふと、自分の母親と父親が脳裏に浮かぶ。
(不仲な両親のもとでは子どもは幸せになれないとわかっていたはずなのに……。私は幸せな家庭を築くと誓ったはずなのに……。愚痴を言うばかりで何も現状を変えようとしなかったお母様と、私は一体何が違うと言うの!?)
このように無理矢理追い出されたマリーは、初めて強い後悔の波が押し寄せて来た。
(旦那様に離縁を言われた訳でもないのに、私は自分から逃げたのだわ。旦那様と夫婦でいることから……。傷つき、落胆する日々から逃げ出した……。子ども達のためと言うなら、もっと旦那様との関係を修復しようと頑張れたはずよ!)
いつの間にかマリーは、座った膝の上で拳を強く握り、目からはハラハラと涙が溢れている。
(子育てにいっぱいいっぱいだったなんて、ただの言い訳よ! 私はひたすら受け身だった! 旦那様に対する不変不満ばかりを積み上げて、自分のことは棚に上げていた!!!)
マリーは膝の上の拳をワナワナと震わせた。
子どものためだなんて尤もらしいことを言っておいて、全て言い訳だった自分が恥ずかしく仕方がなかった。
子どもに自分を"ママ"と呼ばないように教えることにも、子ども達とマストが3人で過ごしているのを蚊帳の外で見ているのも、本当は全部悲しかったし嫌だった。
惨めだった。
(私が自分から逃げ出して離縁したせいで、自分を苦しめている……。今日のフリージア様の情緒不安定も、何かを感じていたのかもしれない……)
まだ感情を上手く言葉で伝えることの出来ない、幼いフリージアの精一杯の想いの表出だったのではないかと思うと、マリーは胸が一杯になる。
(それなのに私は、自分が必要とされているように感じて喜んだりして……私は本当に、妻としても母親としても失格だわ……)
マリーが雪崩のように押し寄せてくる想いに押しつぶされそうになっていると、部屋に年配の体格の良い女性が入って来た。
「待たせたわね。私はローレルの姉でありマストの叔母よ。あなたをここで働かせるように言われているわ。……無理矢理連れて来られたの?」
大号泣しているマリーを目の当たりにしても動じる様子はなく、叔母は無表情でそう言う。
「……はい。けれど、私が全て悪いのです。……うわぁーん!!!」
(大奥様の言うことはもっともだし、私が邪魔者なのも本当のことだわ……!!!)
マリーはもう、自分の感情をコントロールすることなんて出来なかった。
どんどん溢れる涙と、どんどん押し寄せてくる後悔に、泣き喚かずにはいられなかった。
人目を気にする余裕なんて全くない。
「……ここであなたが働く気があるのなら、受け入れます。私はローレルの言いなりになるつもりはないの。自分の屋敷で雇う人間は、自分で決めるわ」
マストの叔母の毅然とした態度に、マリーの涙は少し引っ込んだ。
そして、マリーは思ったことをそのまま口に出してしまう。
「……旦那様に似ている……」
ポカンとした顔でそう言ったマリーに、叔母は初めて表情を崩した。
「ふふっ。ええ、マストは私にどことなく似ているとよく親戚に言われるわ」
叔母の微笑みに、マリーは再び涙が溢れてくる。
(旦那様……。結婚中に、もっとちゃんと向き合って想って貰えるように努力をするべきだった……。あんなに不器用な人、受け身なだけじゃ駄目に決まっていたのに……)
ハラハラと泣いているマリーを見ながら、真顔に戻った叔母は言う。
「あなた、マストとの関係をマストの婚約者に疑われて追い出されたと聞いているわ。マストに想いを寄せていたの?」
その質問に、マリーは何の抵抗もなく即答した。
「はい、お慕いしておりました……。もっと早く気づくべきでした……。ひっく……不器用だけれど、実は優しい人なのです……もっと早く気づくべきでした……ひっく。子ども達にもあれほど優しい良い父親だったのに、何故私はもっと旦那様自身を見ようしなかったのでしようか?」
感情のコントロールの出来ないマリーは、思ったままに言葉が口をついて出てくる。
「それで、ここで働く気はあるの?」
泣き喚くマリーを叔母は呆れた顔で見ていたが、マリーが落ち着くのを待ってはいられないと、叔母は再び同じ質問をしたのだった……
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