背徳の恋のあとで

1:男爵家の一人娘アリーナ

『愛人を作ることは、家族を維持するために必要なことなのかもしれない』

アリーナは、いつの間にかそう考えるようになっていた。

･･････自分が子どもを産むまでは･･････





この物語の主人公アリーナ・スライトスは現在17歳だ。
物心ついた時には既に父親には愛人がいて、家には殆ど寄り付かなかった。
母親は女主人として屋敷の管理をするだけではなく、次第に父親の仕事の多くも請け負うようになっていった。
すると更に父親は家に寄り付かなくなり、仕舞いには仕事も全て母が取り仕切るようになった。
働かなくても金が十分に入ってくる状況に満足した父親は、何も言わなかった。
月に一度金を盗りに…ではなく、取りに来る時に当主面をして威張り散らすだけだ。

あまりに多忙な母ティーナに、アリーナは尋ねたことがある。

「お母様は、働くために生きているのですか？」

あまりに間抜けな質問だが、アリーナが起きている時間にはいつも、母ティーナは仕事をしている。
幼いアリーナにとっては、心からの疑問だったのだ。

「生きるために働いているのよ」

そう母は返したが、後に「私と共に生きるため」だったことを知る。

父と離縁すれば、母は当然アリーナを置いて出て行かなければならない。
元平民の母親は貴族ですらなくなり、大きな壁が出来る。
アリーナと共に生きるために、アリーナに貴族として十分な生活をさせるために、母親は父親の分まで働いたのだ。
一度も弱音を吐くことなく。
いつも毅然とした態度で。

”母は強い”

とアリーナはいつも思っていたし、そんな格好良い母親を尊敬していた。
アリーナは髪色は父に似た金髪だが、瞳の色は母に似て青色だった。
母の綺麗な黒髪が受け継がれなかったことは残念だが、自分と同じ色の母の瞳を見るのが好きだった。

男爵家の一人娘であるアリーナは、継げるものなら自分が男爵位を継ぎたいと思っている。
それほどに、母の姿は眩しかった。
継ぐ事は出来ないにしても手伝いたくて、最近では母に仕事も少しずつ教えてもらうようになっている。
アリーナが、小説ばかりではなく経営などにも興味を抱くようになったのを、母は娘の成長を感じ嬉しく思っているのだった。