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「…わ、私は大森くんが好きだッ」
「ー…ブフォッ!」
簡素な居酒屋のカウンター席。
隣に座る上司である吾妻高志(あずまこうし)が悩ましげに眉を顰めつつ潤んだ瞳で俺にそう言ってきた。
突然の告白に俺は口に含んでいたビールを盛大に吐き散らかす。
「ー…ゲホゲホッ! ゴホッ…!」
勢いついでに気管へと逆流したビールで思わず咽せる。
「…だ、大丈夫かいッ?」
そんな状態の俺に慌てた上司――吾妻(あずま)部長は俺の背中を労るようにさすってくれた。同時に店主に水を持ってくるよう指示を出すと、気の利いた店主はすぐさま俺の前に水の入ったグラスを置いた。
「…ゴホッ」
何とか咳を抑えつつ、俺は目の前の水を一気に飲み干して、「…大丈夫です」
と、部長の顔を見ないよう俯き加減で頷いた。
ちょっと身じろぎして部長から距離を置くように臀部をずらすと――
「す、すまない…!」
それに気付いた部長は俺の背中から手を離す。そして部長も気を遣ったのか、俺と同じ様に俺から少し距離を置いてくれた。
店主が何かを察知したのか気を効かして奥へと姿を消した。
おいおいおい、ちょっと待て。
こんな所で変な気を遣わないでくれ!
いたたまれないだろう、俺が!
何なんだこの空気。
――と。微妙に静まりかえった店内と俺と部長。
どうするこの状況……。
俺は取り敢えず深呼吸をする。――うん。まずは状況を整理しようか。
――今日俺は彼女にフラれた腹いせ……いや、愚痴を部長に聞いて貰いたくて『飲み』に誘った。
たかが一介の平社員である俺が何でこんな気軽に部長を誘えるのかはまた別の機会に話すとして、兎に角俺はフラれた鬱憤を晴らすべく、または愚痴を聞いて欲しくて誘った次第だ。
あれやこれやと、俺を振りやがった彼女――否、『元』彼女の愚痴をビール片手に晴らしている俺の隣で相槌打ちながら聞いてくれる部長。
部長もまあ聞き上手で、調子に乗った俺は勢い任せでビールのジョッキを『5つ』空にして程よく酔いが回ってきてこのまま二日酔いと共に忘れようと思っていた矢先――
――冒頭の部長の発言となる。
俺の酔いは完全に醒めた。
うん、よし。状況は把握した。問題は、部長の発言だ。
『私は大森くんが好きだ』
俺は自身の耳で聞いた言葉を心の中で反復する。
部長の言っている意味は分かった。
部長は、『俺』が『好き』と言う事。
――いやいやいやいや。待て待て。
何、冷静に分析しちゃってんの俺!
顔は俯かせたまま空になったグラスを握る手に力を込めた。そのまま横に座っている部長を恐る恐る盗み見た。
部長は少し俯き加減だったため顔の表情は分からない。
少し安堵して顔を上げて――
「…部長、あの……」
恐る恐ると言った感じで部長の肩を少し揺らしてみる。
「……」
返事がない。――ただのしかばねのようだ。
何て馬鹿な事を頭の片隅で思いつつ、不審になった俺は再度、
「あの、部長……?」
部長の肩を揺らしつつ身を少し乗り出して部長の顔を覗き込んだ。
「…スー、スー…」
微かに聞こえる規則正しい寝息。
まさか?!
俺は『ある事』に気がついて慌てて部長の前に置かれたタンブラーを見て手に取る。中味を一口すると――
ウーロンハイじゃねーか、これ。
あれ?
部長ってお酒飲めたっけ?
下戸じゃなかったっけ?
もしかして注文の時間違えた?
再び慌てて部長を見ると、完全に酔いが回ったのか俯いたまま器用に寝ている。
部長のそんな姿に少し呆れて溜息を吐きつつ、
「…ぶ、部長…大丈夫ですか?」
部長の肩を再び揺すって起こしてみた。
「―…ん…、んん~…」
眉間に皺を寄せて部長が目を開ける。
「ああ大森くん」
俺の顔を見るなり部長は柔らかく微笑んだ。
その笑顔に俺の心が一瞬ドキリとした。――が。
はっきり言おう。
俺は完全ノーマルだ。
――部長は、確かに格好良いと思う。真面目だし高身長だしイケメンだし。女性からすれば『高スペックな優良物件』と言ったところか。
それにも関わらず未だ部長に女の影がないのは、部長が極度の『女性恐怖症』だと言う事。
(モテるくせに『恐怖症』ってなんだよ。俺に対する嫌味みたいじゃねーか。)
まあ、そんな毒舌を部長本人に言える訳もなく――俺は呆れ交じりに、
「…部長、『下戸』って言ってませんでした?」
「…そう…なんだが…」
部長は少し困ったように眉を顰めて、
「良く言うじゃないか」
俺の顔を見て小さく笑い、
「…『酔えば嫌な事忘れる』って……」
自嘲めいた笑みと共に静かに呟き再び顔を俯かせた。
「……」
俺はその言葉を聞いて口を噤んでしまった。
まあ――部長にもそれなりの悩みや愚痴はあるんだろう。
「…わ、私は大森くんが好きだッ」
「ー…ブフォッ!」
簡素な居酒屋のカウンター席。
隣に座る上司である吾妻高志(あずまこうし)が悩ましげに眉を顰めつつ潤んだ瞳で俺にそう言ってきた。
突然の告白に俺は口に含んでいたビールを盛大に吐き散らかす。
「ー…ゲホゲホッ! ゴホッ…!」
勢いついでに気管へと逆流したビールで思わず咽せる。
「…だ、大丈夫かいッ?」
そんな状態の俺に慌てた上司――吾妻(あずま)部長は俺の背中を労るようにさすってくれた。同時に店主に水を持ってくるよう指示を出すと、気の利いた店主はすぐさま俺の前に水の入ったグラスを置いた。
「…ゴホッ」
何とか咳を抑えつつ、俺は目の前の水を一気に飲み干して、「…大丈夫です」
と、部長の顔を見ないよう俯き加減で頷いた。
ちょっと身じろぎして部長から距離を置くように臀部をずらすと――
「す、すまない…!」
それに気付いた部長は俺の背中から手を離す。そして部長も気を遣ったのか、俺と同じ様に俺から少し距離を置いてくれた。
店主が何かを察知したのか気を効かして奥へと姿を消した。
おいおいおい、ちょっと待て。
こんな所で変な気を遣わないでくれ!
いたたまれないだろう、俺が!
何なんだこの空気。
――と。微妙に静まりかえった店内と俺と部長。
どうするこの状況……。
俺は取り敢えず深呼吸をする。――うん。まずは状況を整理しようか。
――今日俺は彼女にフラれた腹いせ……いや、愚痴を部長に聞いて貰いたくて『飲み』に誘った。
たかが一介の平社員である俺が何でこんな気軽に部長を誘えるのかはまた別の機会に話すとして、兎に角俺はフラれた鬱憤を晴らすべく、または愚痴を聞いて欲しくて誘った次第だ。
あれやこれやと、俺を振りやがった彼女――否、『元』彼女の愚痴をビール片手に晴らしている俺の隣で相槌打ちながら聞いてくれる部長。
部長もまあ聞き上手で、調子に乗った俺は勢い任せでビールのジョッキを『5つ』空にして程よく酔いが回ってきてこのまま二日酔いと共に忘れようと思っていた矢先――
――冒頭の部長の発言となる。
俺の酔いは完全に醒めた。
うん、よし。状況は把握した。問題は、部長の発言だ。
『私は大森くんが好きだ』
俺は自身の耳で聞いた言葉を心の中で反復する。
部長の言っている意味は分かった。
部長は、『俺』が『好き』と言う事。
――いやいやいやいや。待て待て。
何、冷静に分析しちゃってんの俺!
顔は俯かせたまま空になったグラスを握る手に力を込めた。そのまま横に座っている部長を恐る恐る盗み見た。
部長は少し俯き加減だったため顔の表情は分からない。
少し安堵して顔を上げて――
「…部長、あの……」
恐る恐ると言った感じで部長の肩を少し揺らしてみる。
「……」
返事がない。――ただのしかばねのようだ。
何て馬鹿な事を頭の片隅で思いつつ、不審になった俺は再度、
「あの、部長……?」
部長の肩を揺らしつつ身を少し乗り出して部長の顔を覗き込んだ。
「…スー、スー…」
微かに聞こえる規則正しい寝息。
まさか?!
俺は『ある事』に気がついて慌てて部長の前に置かれたタンブラーを見て手に取る。中味を一口すると――
ウーロンハイじゃねーか、これ。
あれ?
部長ってお酒飲めたっけ?
下戸じゃなかったっけ?
もしかして注文の時間違えた?
再び慌てて部長を見ると、完全に酔いが回ったのか俯いたまま器用に寝ている。
部長のそんな姿に少し呆れて溜息を吐きつつ、
「…ぶ、部長…大丈夫ですか?」
部長の肩を再び揺すって起こしてみた。
「―…ん…、んん~…」
眉間に皺を寄せて部長が目を開ける。
「ああ大森くん」
俺の顔を見るなり部長は柔らかく微笑んだ。
その笑顔に俺の心が一瞬ドキリとした。――が。
はっきり言おう。
俺は完全ノーマルだ。
――部長は、確かに格好良いと思う。真面目だし高身長だしイケメンだし。女性からすれば『高スペックな優良物件』と言ったところか。
それにも関わらず未だ部長に女の影がないのは、部長が極度の『女性恐怖症』だと言う事。
(モテるくせに『恐怖症』ってなんだよ。俺に対する嫌味みたいじゃねーか。)
まあ、そんな毒舌を部長本人に言える訳もなく――俺は呆れ交じりに、
「…部長、『下戸』って言ってませんでした?」
「…そう…なんだが…」
部長は少し困ったように眉を顰めて、
「良く言うじゃないか」
俺の顔を見て小さく笑い、
「…『酔えば嫌な事忘れる』って……」
自嘲めいた笑みと共に静かに呟き再び顔を俯かせた。
「……」
俺はその言葉を聞いて口を噤んでしまった。
まあ――部長にもそれなりの悩みや愚痴はあるんだろう。
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