プロクラトル

たくち

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森の世界

混じり者

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「ここからは集落の数も増えて来るので、接触は避けられません。私は何か言われるかもしれませんが、気にせずに無視して下さい」

 世界樹に近づいて行くほど集落の数も増えて来るので、今まで通りに集落を避ける事は出来ないそうだ。

 シーナが虐げられるのは納得出来ないし許し難いが、本人が耐えているのに他が我慢しない訳にはいかない。

 最初の一件でナナは獣王候補を攻撃してしまったが、本来ならこの世界の王である獣王の候補を攻撃などしては立場が悪くなってしまう。

「まあ、この辺りまで来ると少しは集落にも余裕が出て来るので、あからさまに嫌がらせはして来ません」

 シーナの言う通り集落を通過しても絡んでくる住人はいない。
 相変わらず視線からは嫌悪が感じ取れるが、これも通り過ぎるまで我慢すれば良いのだ。

「まっ魔獣だ!魔獣が襲ってくるぞ!」

 集落の中ほどに進んだ時住人の叫びが聞こえた。

「確かにおるの。だが強力な魔獣ではない、この集落の人間にも対処可能な範囲だ。」

 ティナが言うにはそれ程脅威になる魔獣でもないようだ。
 シン達は先ほどからの嫌悪の視線が嫌でこの集落の人間を助ける気にはなれなかった。
 エルリックは対処しに行こうとしていたがティナの言葉を聞きシン達と共に歩き出した。

 冷たいようであるがシン達の目的にこの集落の人間は関係ない。
 無関係の人達を片っ端から助ける暇も無いのだ。

 だがシン達の中で1人だけ動き出した者がいる。

「シーナ!ティナの言う事を聞いただろ!」

 シンの声を無視してシーナは走り出した。
 氷狼の嗅覚で魔獣の位置がわかるのだろう、真っ直ぐに向かっている。

「追うぞ!」

 シーナを無視する訳にはいかないのでエルリックはすぐさま追いかけた。
 他の面々も慌てて追いかけたが森の移動は足場が不安定な事もありシーナに追い付く事は出来ない。

 シーナを見失ってしまうがティナの案内により追い付いた時には既に戦闘は終わっていた。
 2メートル以上はある大型の熊のような魔獣はシーナの氷により貫かれ息絶えていた。

 シーナのすぐ後ろには子供達が腰を抜かし動けないでいた。
 騒ぎを聞きつけたこの集落の大人達がすぐさま子供を保護し魔獣の脅威が無くなった事も確認した。

 シーナは子供達が近くにいた事をわかっていたのだろう。
 戦えない子供達を助ける為に魔獣に向かって行ったのだ。

 シーナは集落の子供を守ったのだ。
 これならこの集落の住人からシーナへの嫌悪は無くなるとシン達は思ったのだが現実は甘くなかった。

「この化け物め!とっととこの場所から出て行け!呪い子が寄り付くと安心してられないよ!」

 1人の老婆が魔獣を仕留めたシーナに石ころを投げこの場から離れるように言う。

「呪い子?」

 初めて聞くフレーズにシン達は戸惑いを浮かべる。
 シーナはどうも言葉足らずな所があるのだが、自分の嫌な所など話したい人間はいないだろう。

「そうだ!出て行け!」

 戸惑うシン達を他所に集落の住人は次々と木の枝など辺りに落ちている物を拾いシーナに投げつける。
 助けたはずの子供達まで一緒になり物を投げているので救われない。
 シーナはその氷狼の力で投げ付けられたものを全て氷尽かしているので本人に当たる事はないが、そんな状況を黙って見ていられるシン達ではない。

「ちょっとあんた達!助けて貰っておいてその態度は何よ!」

 ただ立ち尽くすシーナの前へ庇うように躍り出たユナは暴言を吐き続ける集落の住人に向かって反論する。
 シーナと旅をする中でユナはシーナの事をナナと同じく妹のように可愛がっていた。
 そのシーナが子供を助けたにも関わらず感謝ではなく暴言を言われている事に黙っていられる訳がない。

「貴方達は感謝と言う言葉を知らないのですか?呪われた人間のは貴方達のような方々にこそ相応しいのでは?」

 普段冷静なリリアナもさすがに腹に据え兼ねている。
 彼女が嫌味を言う事は滅多に無いのでどれほど頭に来ているのかが伺える。

「ふん、余所者が!呪い子も知らずに口を出すんじゃないよ!」

 最初にシーナを攻撃した老婆がまたも口を開きユナとリリアナを黙らせようと言い返してくる。

「シン君、シーナ助ける」

 短くだがこの場にいる全員に聞こえる声でナナは”国滅”と呼ばれた力を解放する。
 生み出された無数の武器はシーナを罵る集落の住人へと向けられその命を奪うべく射出されようとする。

「ナナちゃん!やめて!」

 だがシーナの叫びがナナの攻撃を止める。
 突如として現れた凶器の大群に集落の住人は腰を抜かし恐怖から言葉が出なくなる。

「ユナさんとリリアナさんも、いいの。早く行きましょう」

 シーナは集落から無言で立ち去る。
 やりきれない気持ちを抑えながらシン達も後に続く。
 今までもわかっていたつもりだったがシーナが置かれている状況は想像以上に悪環境だった。

「またこんな事になってしまってすみません」  

 謝るシーナだが彼女は何も悪い事はしていない。

「呪い子と言うのは私のような他の世界の魔獣と混ざった人達の事を言うんです。肉食の魔獣との混じり者は嫌われる事が多いです。特に他の世界の魔獣との混じり者は大昔に大罪を犯した人がいてその所為で災厄を呼び寄せる呪い子と言われています」

「何でそれがシーナに関係あるの?シーナは何も悪い事してないじゃない!」

 大罪人と同じと言うだけで呪い子などと言われているのは納得出来ない。
 だが見た目が似ているだとかなど小さな事で、その人物の人柄を知りもせずに虐げるのは人間の悪い所だ。

「人間は変わらんの。妾からしたらほとんどの奴は取るに足らん存在で変わらんのだがくだらん事で諍いを起こす」

 魔王であるティナからすれば人間は弱い存在だ。
 それに昔共存を求めたティナや魔族にも人間による偏見などあったのだろう。
 何か思い出すかのように呟いている。

「はい、ですがそれも私が獣王になったら必ず変えてみせます。他にも私と同じ境遇の方は大勢いますから、みんなで協力し合う世界にするのが私の夢でもありますから」

 シーナの為にシン達が出来るのは獣王選定でシーナに協力する事が1番だろう。
 シーナの夢は簡単に実現出来ないがそれでも彼女は成し遂げようとしているのだ。

 *******

「もうすぐ私の集落です。そこなら私は大丈夫ですので補給とかも出来ます」

 シーナの育った集落へと到着した。
 前に聞いた通り高齢の人達が多かったが重税が無いので不自由の無い生活をしているのが見受けられる。

「シーナ、久しぶりじゃないか」

 集落へと赴くと1人の貫録の感じさせる男性に声をかけられた。

「私の父親のシグルです。父さん、こちらが私の課された使命のおにぃさんとそのお仲間です」

 シーナから水晶に映ったシンの事を聞いていたのだろう。
 シーナの父親はシン達を歓迎し自宅へと招かれた。
 今まで訪れた集落と違いシーナは住人達からもお帰りと声をかけられている。

「おや?そちらがシーナがいつも言ってた殿方かい?」

 シーナの自宅に着くとシーナの祖母にシンは声をかけられる。
 簡単に自己紹介を済ませシーナの母親の作った料理が振舞われた。

「なるほどね、若いのに立派なお方だ」

 シンとしては自分の事を立派とは思っていないのだが老婆はそう思わないようだ。

「そこの赤いお嬢さんの持ってるのは”契”かい?」

「知ってるの?」

 次にシーナの祖母が目を向けたのはユナの持つ真紅の刀だ。
 別の世界にも知っている者がいると思わなかったので驚きを浮かべる。

「ああ、知っているとも。懐かしいねぇ」

 シーナの祖母がまだ若かった頃ユナの持つ”契”を見た事があるという。
 だが”契”は封印されていた。
 その期間は創世からだと思われるのでその話は信じられない。

「おばあちゃんは長生きなんだ。おばあちゃんって呼んでるけどもう何代前の親族がわからないんだ。おばあちゃんが混ざったのは絶滅したって言われてる不死鳥なんだけどその力で何度も蘇ってるの」

 シーナの祖母はティナと同じく長い時間を生きている存在だ。
 老衰し息絶えるとすぐさま不死鳥の力で何度でも蘇るそうだ。
 たが蘇るのは老衰での死のみであり事故や殺害されれば不死鳥の力は働かず蘇らないそうだ。

「赤いお嬢さん、ちょっと残ってくれるかね?」

 食事が終わるとユナはシーナの祖母に呼び止められた。
 他の面々は気を利かせ自由に使っていいと言う空き家へと向かって行った。

「あのシンという者が間違った道に進まないように気を付けるんだよ。あの青年が道を間違えた時はあんたが止めるんだ」

「どういう事?」

 老婆の話はユナにはよくわからなかった。

「ノアは歪んでいる。それにあの青年も歪んでいるように見える。誤った選択をしてしまえば取り返しのつかない事になるよ」

「よくわからないわ」

 歪んでいる、そう言われてもユナには伝わらない。
 何が正しくて何が間違いなのか誰にもわからない。

「わからなくてもいい。自分が考えてそれを見極めるんだ」

「うん、わかったわ。シンが間違えないように私がしっかりすればいいのね」

「時間がある時これを読んでおきなさい」

「日記?」

 ユナに手渡されたのは古びた一冊の本だった。
 販売された物では無い事から日記だと思っている。

「迷った時に参考にするといい。だけどその日記の中身が正解とは限らない。あんたが答えを出すんだよ」

「ありがとう。ねぇ一つだけ聞いていい?」

「なんだい?」

 日記をしまいユナは老婆に質問をする。
 長年生きているこの老婆なら知っているはずと考えたのだ。

「呪い子の原因の大罪人ってなんなの?」  

「シーナに聞いたのかい?」

「ええ」

「あれは3代目の獣王様の時だね。事もあろうにその獣王様に刃向かった輩がいたんだ、それが呪い子の原因の大罪人だ」

「何でその人は獣王に刃向かったの?」

「そいつは獣王の1番の親友だった。獣王選定で共に戦い勝ち抜いた。その後3代目の獣王様になった方にその大罪人は話をしたんだ。だがその後だ突然獣王様に剣を向けた。理由はわからない、でもその一件以来獣王様になった者に親しい人間は獣王様に会う事がほとんど出来なくなったんだ。」

 その後3代目獣王の友人は大罪人とされその特徴であった他の世界の魔獣との混ざり者は忌み嫌われ現在まで続いているのだ。
 親友であった獣王に剣を向けた理由は未だに謎とされたおり、一説では自分が獣王になれなかった事を妬んでいたと言われるのが1番有力になったいる。

「わかったわ、日記は時間がある時に読ませてもらう」

 老婆と別れユナも空き家へと向かう。
 世界樹はもうすぐ到着する。
 首が痛くなるほど見上げても頂点の見えない巨大な大木がシン達の行く手を阻むように立ちはだかる。
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