プロクラトル

たくち

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森の世界

復習の果てにあったもの

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「おいおい、これはどういう事だい?」

 王都ラピリアにある宿屋の一室で真っ白な髪をした女性、無の神ノアは王都の南門から始まっている謎の現象に戸惑いを浮かべていた。

「お前が仕組んだんじゃないのか?」

 ノアの言葉にすぐ側にいたシンと同じ腕輪を持った男が質問を返す。
 皇国との戦にユナやリリアナを見捨て、彼は王都へと帰還していたのだ。

 皇国に戻ったニグルをどう倒すのか、ノアと2人で考えていた所での異常事態だった。
 男からしたらこの無の神が何かを仕組んでいると考えたのだが反応を見る限りでは間違いだと察していた。

「近付くのは不味いだろうな、王城に篭ろう。あそこなら安全だ」

 騒ぎの原因を確かめた所、戦争の後から皇国を襲っていたとされる死神が今度はこの王都を襲撃に来たと情報が流れていた。

 音もなく一方的な殺戮が行われている場所に行くのは危険と判断し、男とノアはリリアナから聞いていた隠し通路から王城へと避難をした。

「どうなっているんだ!」

 王城にある避難用の隠し部屋には既に王族が集結しており、隠し部屋へと入ってきた男に原因を問い詰めていた。

「理由はわからない。皇国を襲った死神の仕業なら逃れる事は出来ないだろう」

 ノアから既に皇国が滅びたと言う話を男は聞いていた。
 だった数ヶ月で強力な皇国軍が壊滅し皇都が瓦礫の山となっていると聞いた時は耳を疑ったが、ノアが嘘を言うとは思えなかったので事実だと認識していた。

「こういった事態の為に君はリリアナに重用されていたんじゃないのか!民を守る為に戦ってくれないのか!」

 第1王子のレックスはリリアナから男の事を聞いていた。
 強力な力を持つので戦力として雇い入れるとリリアナに説得されこの男の登用を国王と共に決断したのだ。
 だがこの緊急事態に戦うどころか安全な隠し部屋に現れたのだ。
 当然他の王族達もこの男の批難を始めた。

「それがどうした?俺が契約したのはリリアナだけだ。そのリリアナが死んだ以上俺はこの国の為に戦う義務は無い。それにお前達も王族ならこんな所に隠れていないで民を守る為に戦ったらどうだ?」

「ふざけるな!」

 自分勝手な男の言葉にレックスは男へと殴りかかる。
 だが王子として育ってきたレックスに武芸の心得など無く、簡単に躱されてしまう。

「リリアナが殺されたのもお前がリリアナの事を守らなかったからでは無いか!赤姫達も全員見殺しにした!彼女達がいたらこの事態も切り抜けられたかもしれないんだ!よくものこのこと王都まで戻って来たな!」

 リリアナや赤姫達がこの男に見殺しにされたであろう事は王国の重鎮達にも想像がついていた。
 戦争に向かった王国軍が殆ど壊滅していたのにこの男だけは無傷で王都に戻って来たのだからわからないはずがない。

 リリアナからあれだけの好待遇を受けながらも簡単に見捨てて戻って来た男は腹に据えかねるのだ。

「知るか、あいつらが弱いから殺されたんだ。もう少し役に立つと思っていたんだがな」

 王子達に避難されながらも男は堂々と隠し部屋の椅子に座り込んだ。

「父上、私は民を守る為死神に立ち向かいます」

 第1王子を始めとした王族達は男の説得が無意味と判断し、護衛の兵士達を連れ隠し通路から出て行く。
 これで部屋に残ったのは男1人となった。

「ふん、無駄死が好きな奴らだ」

 **

(あれは、リリアナの兄妹か?)

 南門から王都に侵入し、破壊の限りを尽くしていたシンの下へ王国軍の兵士達を連れた国王や王子達が向かって来た。
 彼らに悪印象を抱いていないシンだったが今のシンはもう殺戮を止めるつもりはない。

(あいつは出て来ないのか?)

 皇国にはあのシンの知らない男はいなかった。
 なら王都に居ると半ば確信していたシンだったが王族の連れて来た者達にあの男は居なかった。

「死神よ!なにゆえこの王都に殺戮をもたらすのか!」

 南の街道付近を壊滅させたシンに向け、国王は問いを発するがあいにく今のシンと会話をする事など不可能だ。

(まあいい、あの国王には地下牢に入れられて酷い扱いを受けたんだ。リリアナの策だったにせよ俺も良い気はしなかったからな、ここでお返しをしておこう)

 漆黒の大鎌を構え、無音で王国軍へと歩み寄る。
 最前列には大盾を構えた重装兵達が居たがそんな物はシンの持つ虚無の大鎌の前では無意味だ。

 皇都を滅ぼした大鎌の一振りが王国軍を襲う。
 皇都を丸ごと切断した不可視の斬撃は振り切られた漆黒の大鎌から伸びたように襲いかかる。
 大鎌の軌道から伸びた不可視の斬撃は直線上にある全ての存在を呑み込み消失される。

 斬撃に世界が斬り裂かれる。
 皇都を壊滅させたほどの範囲ではなかったが、シンを討伐する為に集められた全ての王国軍の兵士が腰の辺りを消失され、上半身が一斉に地面へと叩きつけられる。

「ひっ⁉︎」

 軍用車両の上に乗っていた王族達は斬撃には襲われなかった。
 だが共に連れていた全ての兵士が音も無く殺戮され、鮮血に染まった王都を見て悲鳴をあげる。
 残った王族にもシンは容赦しない。
 ゆっくりと漆黒の大鎌を構え近付く。

「やっやめてくれ!あの男に言われて仕方なく来ただけなんだ!」

 腰を抜かし涙を流す国王の言葉にシンの動きは止まる。
 あの男、そのように称される人間に心当たりは1つしかない。

(居場所を聞きたいがどうする?言葉は話せないし)

 男の居場所を知りたいがこの世界でシンは言葉を発する事は出来ない。
 確実に居場所を知っている王族達にどうやって聞き出そうかとシンは考え込む。
 だがその沈黙が効いたのだろう。
 何も起こらない事に気が付いた国王は言葉を続ける。

「あっあの男は王城の隠し部屋にいる!地下牢の隣にある部屋から入れる!」

 あの男が死神を呼んだと半ば国王は確信し、死にたくない一心で男の居場所を話す。
 男の話をしてから国王と王子達が殺されていない事から助かったと安堵の息を漏らす。

(そうか、あの地下牢の近くにそんな部屋があったのか。だけどあの男の居場所を教えてくれたからって助かる訳じゃないからな)

 国王の安堵の表情を読み取ったシンは容赦なく国王に漆黒の大鎌を向ける。
 この世界の人間を殺し尽くすのは確定している事なのでその程度の情報でシンから逃れる事など出来ない。

(先ずは右腕だ)

 音もなく国王の腕が吹き飛ばされる。

「ぎゃっぎぃやぁあああ」

 生まれてから初めて感じる激痛に国王はのたうち回る。
 腕を消失した切断面から大量の血が国王から流れ出る。

「父上!なぜ父上が!」

 慌てて国王に向かう第1王子のレックスだったがそんな行動はシンを逆なでするだけだ。

(なぜ?貴様らがリリアナを戦場に送らなければリリアナは死ななかったんだぞ)

 戦争の総大将を決めるのは王族だ。
 それはリリアナを殺した事にここにいる王族達も関わっているという事に他ならない。

「がぁっ」

 国王に近付いたレックスの右足が弾け飛ぶ。
 国王のいた場所にまたも別の血が辺りを赤く染め上げる。
 続けざまに第1王女を肩口から斬り裂き声も上げさせず絶命させる。

「リッリリアナお姉様お助けください」

 既に国王と第1王子は出血により意識を失い体を痙攣させ倒れ込んでいる。
 残ったのはまだ幼い第3王女のニナだけだ。

(この子は、リリアナの言っていた妹だな。顔立ちが似ている。)

 小さな体は震えが止まらない。
 だが震える手を無理矢理繋ぎ祈るように姉であるリリアナの助けを願っている。
 だがリリアナはもうこの世に居ないのだ。

(この子とは初めて会うな、リリアナもこの子の事は可愛がっていたと話していたな。でもここに来たからには俺と敵対しようとしていたと言う事だ。無理矢理連れ出された可能性もあるが敵となった奴に容赦はしない)

 痛みを感じないよう一撃でその小さな頭部を消し飛ばす。
 残った小さな体から考えられないような鮮血が流れ出す。

(奴は隠し部屋だったな)

 大量の屍を踏み、王城へとシンは歩み出す。
 死体を踏み付けながら進む事にもう何も感じる事は無かった。

 誰にも認識されず王城へと殺戮を繰り返しながら進む。

 兵士を殺し、観光客を殺し、商人を殺し、ユナと訪れた庭園を破壊し庭師を殺す。
 あの時と同じアクセサリーを売っている店員を殺し、王城の門番を殺す。

 シンの通った後に残るのは人の死体と大量の血液だけだった。

 王城に入り中にいた人達を殺す。
 いつ日か訪れたミアリスの指輪の店員を殺し、王城に勤務していた文官達を殺す。
 敷き詰められた真っ赤な絨毯はまた別の赤に染め直されていた。

 向かう先はかつて閉じ込められた地下牢の近くの部屋だ。
 階段を降りかつてシンを地下牢へと連れ込みティナに鞭を与えていた兵士達を殺す。

 国王から聞いた部屋を捜索する。
 だが隠し部屋とあって中々見つからない。

(部屋の壁を消し飛ばすか)

 漆黒の大鎌を部屋の壁を斬り裂くように振り回す。

「何だ?」

 最後の壁を斬り裂くと聞こえてきたのは忌々しい男の驚くような声。
 遂に仲間を見殺しにした憎き男の姿をシンの瞳は捉えた。

「壁が、無くなった?」

 シンの姿を男は当然見えていない。
 だがシンからはその忌々しい姿がはっきりと捉えられている。

 戸惑い続ける男に漆黒の大鎌で斬りかかる。

「うっぐぁ!俺の指が、指がぁ!」

 簡単に殺しはしない。
 少しずつ苦しみを与えながら嬲り殺しにする。

(次は中指だ)

 男の指を1つずつ斬り飛ばす。
 漆黒の大鎌の能力は使わない。
 斬り裂かれる痛みを味あわせる為に。

「やっやめろ!俺が誰だかわかっているのか!」

(知るかよ、お前の事なんか)

 手の指が無くなれば次は足の指だ。
 高級そうな靴の上から大鎌の先端を突き刺す。

「ぎっああああ」

 体を支えられず男は地面に倒れこむ。

「やめてくれ!俺が何をしたってんだ!」

(自分でわからないのか?)

 男の声に応える言葉は無く代わりに男の肘から先が斬り飛ばされる。

「ぁっぐがぁ」

(出血で死なせはしない。ここは地下牢の近くだからな、拷問の道具なら幾らでもある)

 シンが取り出すのは炎の魔術が込められた魔導具だ。
 男の傷口に魔導具が向けられる。

「がぁああああ」

 男の傷口を焼いて塞ぐ。
 肉の焦げる匂いが隠し部屋に充満する。
 同じ事を残った手足に行う。

 両手両足を失った男は痛みに気絶し、痛みにより意識を取り戻す。
 逃れられない永遠の苦痛に男は糞尿を漏らしその高価な服を汚す。

「ふっふぐぅ」

 まともに話す事も出来なくなり芋虫のように床を這う。

(こんな物もあるんだな)

 シンが取り出すのは万力のような拷問具だ。
 男の汚れた下半身を近くにあったお湯を保存する魔導具から熱湯を流し汚れを取る。

 湯気を立ち昇られる男の股間に万力の拷問具を装着し少しずつ、ゆっくりと締め付ける。

「あっがっ」

 急所を少しずつ押し潰される激痛に男は白目を剥き口から泡が溢れ出す。

(まだ、終わらないぞ)

 シンは薄く微笑み男の気絶からの回復を待つ。

 体から湧き上がる痛みに男はまたも意識を取り戻す。
 だがそのまま気絶していたかったと男は後悔する。
 男の目の前にあるのは細い一本の針だった。

 男の瞳に向かいゆっくりとその針が近づいていく。
 音も無く針は男の目を貫通する。
 声にならない叫びがまた隠し部屋に響き渡る。

(さあ、これで最後だ)

 男を担ぎ投げ込んだのは棺の中だ。
 ゆっくりと閉じられる棺の蓋には多数の鋭利な剣山が棺の中を串刺しにするべく存在していた。

(じゃあな)

 閉じられた棺からは男の血が蓋の隙間から流れ出ていた。
 立てかけられていた棺をシンは黙って見つめていた。

(こいつが死んだら試練は終わりじゃないのか?)

 もう何年もこの試練に挑んでいる感覚にシンは陥っていた。
 長く続いた試練はシンの代わりにこの世界に来ていた男を殺せば終わると思っていたのだが、まだシンは試練の創り出した世界に閉じ込められたままだ。

(砂の世界だけじゃ無いのか?)

 シンの出した答えはこの砂の世界だけでなく他の世界も破壊し尽くす事だった。
 それは長く険しい道のりだろう。
 ニグルも居るという事は、森の世界にシーナも居るしあの”天帝”も居る事だろう。

 未だあの”天帝”の恐ろしさは忘れられない。
 だが他に何をすれば良いのかもシンにはわからない。

(いいさ、やってやる)

 自分の代わりにこの世界にやって来た男の亡骸に漆黒の大鎌を振る。
 その斬撃は皇都を滅ぼした時と同じく王都を斬り裂いた。

 シンの放った斬撃に王都中の建物が崩れ去る。
 自分に降りかかる王城の残骸を漆黒の大鎌の力で消し飛ばし、無傷で瓦礫の山と成り果てた王都に1人シンは佇む。

「うおっ!何だ⁉︎」

 生き残っていたのはシンだけではなかった。
 覆いかぶさった瓦礫を投げ飛ばし地面から出て来たのは銀髪の女性だった。

(ティナ!そうか地下牢にティナもいたんだな)

 出て来た女性との出会いをシンは思い出していた。
 地下牢の壁から顔だけをはやして話しかけて来たこの魔王には迷惑もかけられたがそれ以上に世話になった。

 漆黒の大鎌で消失しなかった事に安堵しながら、仲間を攻撃してしまった事を後悔した。

(まさか、ティナとも戦わないといけないのか?)

 シンは途端に不安になった。
 試練の終わる条件が全ての破壊ならこの銀髪の魔王も倒さなくてはならない。
 倒せると思わないし、それ以上に仲間と戦いたくなかった。

「貴様、そこで何をしておる」

 ティナが言葉を発していた。
 その意味はわかる。
 こんな瓦礫の山で生き残れる者などほとんどいない。
 シンは辺りを見回すがティナ以外に人影は無い。

「貴様だ、黒髪の青年。これは貴様がやったのか?」

 シンに向けティナは指を指し話しかけてくる。
 その言葉が信じられなかった。
 この世界はシンの事を認識出来ない。
 それは神であるノアにも出来なかった事だ。

 だが現実にティナはシンに向かって指を指す。
 念の為後ろを向くが誰もいない。
 言葉は話せないので指で自分の顔を指す。

「そうだ、貴様だ。何をしておる」

 ティナの言葉からシンの事を知らないというのが理解出来た。
 だが質問に答える事は出来ない。
 シンは身振りで話が出来ない事を懸命に伝えようとする。

「なんだ?何かの踊りかの?」

 慌てて首を振り違うと示す。

「言葉が話せんのか?」

 何度かのやり取りの後ようやくティナはシンが話を出来な事を理解した。

「ふむぅ、言葉が話せんのはめんどくさいの。おや?貴様ちょっと妾の下へ来い」

 ティナの言う通りにシンは従い近づいて行く。
 するとティナに肩を思いっきり捕まれ瞳を覗かれる。

「なにやら貴様の中から声が聞こえるの。懐かしい声だ。妾の魔力を流せば良いのか?」

 ティナの言っている事の意味がわからなかった。
 シンは魔術を使えない、魔力も当然持っていない。
 だがティナの腕からシンの知らない力が流れ込むのを感じた。

(これが、魔力か?)

 流れ込んできた心地の良い力はシンの体から固さを取り除き、荒んでいたシンの心が落ち着いて行くのがわかった。

「ほれ、魔力を渡したぞ」

 シンではなく他の何かにティナは話しかけていた。
 その後聞こえてきたのはシンのよく知る声だった。

『やれやれ、全く。世話のかかる子だよ。落ち着いて休んでもいられないじゃないか。ボクの相棒は君しか居ないと言うのに』
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