プロクラトル

たくち

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獣王との戦い

最後の難敵

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「いよいよ、最後になるのか?」

 全100層ある世界樹の試練をシン達は98階層まで攻略していた。
 99階層の試練の間を目前に、一同は緊張に包まれていた。

 一般的に100層は、山の神サリスとの謁見が出来る場所とされている為、おそらくこの99階層の試練が、最後の試練となるだろう。

「次は初代様と2代目様だろうね」

 81階層からは、歴代の獣王との戦いが試練であった。
 ここに至るまで戦っていないのは、初代獣王と2代目獣王のみである。

 歴代最強と名高いその2人は、一部では空想上の人物であるとまで言われるほど、数多くの逸話を残していた。

「ティナは、会った事あるのか?」

「いや、ないの。当時の妾は水の世界にこもっていたゆえ、他の世界の者の事は知らん」

 世界分断前から生きているティナならば、初代と2代目に会った事ぐらいはあるかと、シンは思っていたが、見当違いであったらしい。

 森の世界の住人であるロイズは、存在こそ知っているが、どの様な力を持っているかは諸説あり、どれが正しいのかはわからない。

 事前に能力を知れれば、対応策も練られるのだが、どうやら戦闘中に戦略を練らなくてはならない様だ。

「このメンバーなら大丈夫よ、これまでこうして来れたんだから」

 ここまで試練を進められた事で、シン達はさらに自身の力に自信を持つ事が出来ていた。
 仲間との信頼関係も深まったと言えるだろう。

「行くわよ」

 これまでと同じく、巨大な両扉をユナとナナが開く。

「あれが、初代様と2代目様」

 試練の間で待ち受けていたのは、2人の男であった。
 だが、その姿は対照的なものである。

 シン達から向かって右側には、たてがみを思わせる長髪をなびかせ、身の丈以上の大剣を片手で持ちながら睨みつける偉丈夫。
 鋼のように発達した筋肉は、それ自体が金属鎧であり、斬るよりも壊す事を重要視した大剣は、黄金に輝いている。

 対して、向かって左側に立つ者は、病的なほど細く、触れただけで壊れてしまうのではないかと思わせる。
 艶のない紺色の髪は、毛先から縮れている。
 片手に持つ何かの古びた書物は、見る者を惑わす様にその存在を主張していた。

『最後の試練を乗り越えて見せよ』

 長髪の偉丈夫が、己の半身である1匹の巨獣を呼び出す。
 初代獣王ガイエル・グリードは、双頭浪虎と呼ばれる魔獣との混じり者であった。

 幼少より、その体躯は常人を超越していた。
 銀色の体毛は刃物を通さず、全てを破壊する腕力で超重量の大剣を軽々と振り回し、視認する事すら困難な動きを可能とする脚力は、何人も彼に触れる事すらさせなかった。

 人族最高の肉体を持つ男、ガイエル・グリードの持つ力は単純だが、だからこそ最強と謳われる。
 生涯無敗、それこそが初代獣王と呼ばれる男である。

「奴の相手は、我にお任せを。ナナ、ロイズは我の援護を」

「ああ、わかった」

「了解」

 歴代最強の初代獣王に挑むのは、現人族最強。
 序列1位”雷神”アイナ・ルーベンス。
 共に戦うのは序列7位”国滅”ナナ・イースヴァルと吸引闇虫を使役するロイズである。

「俺達の相手は、2代目か。あいつは戦えるのか?」

 シンとユナ、エルリック、メリィが戦う事になるのは、病的なまでに痩せこけた2代目獣王である。
 先ほどから、何かの書物を片手に動きを見せない。

 一見、強敵であるとは思えない。
 運動という事すら知らないのではないかと思えるほど、その男から感じられる。

「油断は出来ないぞ、何か特別な力があるはずだからね」

 気の抜けたようなシンの態度を、エルリックが一喝する。
 獣王となるほどの男である。
 何かしらの技を持つはずだ。

「私が斬りこむわ」

 先陣を切るのは、真紅に輝く皇龍刀”契”を持つ序列4位”剣姫”ユナ・アーネスである。
 立ったまま動かない2代目獣王のもとへ、瞬時に移動し、そのまま真紅の一太刀を叩き込む。

「えっ?」

 仕留めた、誰もがそう確信したユナの一撃は、空を切る。
 虚を突かれた形になったユナだが、すぐさま離脱し、シン達のもとへと戻る。

「何があったの?」

「いや、わからん。俺も決まったと思ったけど」

 ユナの刀は、確実に2代目獣王を捉えていた。
 だが、直撃した瞬間を誰も見えてはいなかった。
 知らぬ間に外れていた、そんな印象である。

「メリィさん、炎です」

 近接戦闘が危険だと考えたエルリックは、メリィに炎の息吹を指示する。
 灼熱の炎は、2代目獣王を焼き尽くすべく、一直線に吐き出されるが、結果は先ほどと同じであった。

 何事もなかったかのように立つ2代目獣王に、シン達は戸惑いを浮かべる。
 2代目獣王は、明らかにシン達が苦手とするタイプの者である。

「次は俺だな」

 漆黒の大鎌を取り出し、シンは2代目に接近する。
 大鎌の能力で、切るのではなく消滅させる。
 だが、ユナの時と同じく、直撃したと確信した攻撃は、動かない2代目獣王に全く傷をつけなかった。

 2代目獣王からの反撃はない。
 だが、得体の知れない痩せこけた男は、独特の違和感を与え続けている。

「感触はあるんだな?」

「ええ、私の時も確かに斬った感触はあったわ」

 シンとユナは、確実に人を斬る感覚を得ている。
 しかし、実際に起こった現象と、自身の感覚が一致しない。

「厄介な相手だな、アイナの奴、何か勘付いてやがったな」

 初代獣王に真っ先に向かったアイナは、厄介さに誰よりも早く気づいていたのだろう。
 押し付けられた事に苦言を呈すが、もう遅い。
 この難敵を相手に、シン達は勝利しなくてはならないのだ。
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