プロクラトル

たくち

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獣王との戦い

初代獣王

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 初代獣王ガイエル・グリードは、生涯でたった一振りの大剣のみしか使用しなかった。
 稀代の名匠オーガスがその生涯でたった一度だけ、使用者の為に打ち出した一振りの大剣。

 黄金に輝くその大剣は、持ち主となる者の名から光剣グリードと名付けられる。
 オーガスがガイエルの為だけに作り出したその大剣を扱う事の出来る者は、初代獣王ガイエル・グリードのみであり、他者には振るどころか、持ち上げる事すら出来なかった。

 ガイエルは、オーガスから贈られたその大剣を一目で気に入った。
 他者には持ち上げる事すら困難であったその大剣は、ガイエルには羽根のように軽く扱う事が出来た。

 黄金に輝く大剣を手にしたガイエルは、さらにその名を全世界に轟かせる事となる。
 その大剣に特別な力はこもっていない。
 だが、ガイエルはその大剣が特別な物であると確信していた。

 見た目の美しさと違い、その大剣の本質は酷く醜いものである。
 斬るのではなく、砕く。
 それこそが光剣グリードと名付けられた黄金の大剣であった。

 しかし、ガイエルの持つ圧倒的な膂力を活かすには、その事が何よりも重要であった。
 光剣グリードを使うガイエルは、まさに無敵の存在であった。

 我こそはとガイエルに挑み続ける強者達は、絶える事なくガイエルのもとへ現れてくる。
 しかし、その誰もがガイエルを倒す事が出来なかった。

 身につけた鎧は光剣グリードに砕かれ、その体格からは想像が出来ないほど俊敏に動くガイエルに攻撃を当てる事は困難であった。
 生涯無敗、それを成し遂げた伝説の存在である初代獣王が、同じく最強と謳われる序列1位”雷神”アイナ・ルーベンスと相対する。

「あれが光剣グリードか、噂通りかなりの業物だな」

 初代獣王ガイエル・グリードの持つ光剣グリードは、見ているだけで砕かれるのではないかと思われるほど、敵対する者に恐怖を与えていた。

 アイナは自身の体が震えている事に喜びを感じていた。
 この世に生を受けた時から、アイナに敵はいなかった。
 人族の頂点に立つアイナは、これまであらゆる強者に挑まれたが、今のような高揚感を感じた事がない。

 武者震い、初めて相対する己と同格であろう者を目の前にし、アイナは初めて感じる恐怖と共に湧き上がる喜びを抑えられずにいた。

「本気で行くぞ」

 光剣グリードと同じく、稀代の名匠オーガスが作り出した14の業物の内の1つ。
 透けて見えるほど透明な蒼色の双剣、蒼紅蓮を構えたアイナは、封じられた右眼を解放する。

 その右眼は、蒼色に輝いており、揺らめきながら初代獣王ガイエルを見据えていた。
 桃色の髪に、桃色の左眼、蒼色の右眼を持つアイナは、ガイエルが雄叫びをあげ駆け出すと同時に、手に持つ双剣蒼紅蓮を光剣グリードへと振りかざす。

 稀代の名匠オーガスが作り出した業物の激突は、閃光を伴い世界を衝撃で包み込む。
 その激突は、何事にも動じないはずの世界樹すら揺るがし、森の世界はその衝撃で騒乱に包まれる。

「雷槌」

 衝撃の中心部にいるアイナは、一切動じる事なく、鍔迫り合いをしながら己の異名を象徴する雷の魔術を発動する。

 紫色の雷により形成された槌は、アイナの倍以上ある体躯を持つガイエルに、アイナもろとも打ち砕く。

「纏雷・蒼紅蓮」

 アイナの攻撃は終わらない。
 愛剣である蒼紅蓮に雷を纏わせ、雷撃に痺れるガイエルの持つ光剣グリードを弾き返す。
 片手に持つ蒼紅蓮で、開いた腹部に斬撃を放ち蹴りを放つ。

「ナナ!」

 蹴りの勢いでガイエルから離脱したアイナは、ナナに追撃を指示する。
 アイナの指示で無数の武器を作り出したナナは、隙間なくガイエルを囲い込んだ武器を、一斉に射出。
 痺れから回復したガイエルがナナの攻撃を防ぐ音が響く中、アイナはさらなる一撃に向け魔力を練る。

「八雷神・柝雷」

 巨大な魔法陣が天空に生み出され、幾重にも枝分かれする雷が、魔法陣から降り注ぐ。
 標的を引き裂く事を目的とした雷撃は、先端を尖らせ、対象となったガイエルのもとへ収集する。

 鼓膜が破れるほどの雷鳴に、即座に反応したティナが守護魔術を展開する。
 ガイエルに降り注ぐ雷撃はナナの作り出した武器を伝導し、直撃した後もガイエルを雷撃にさらし続けた。

「凄まじいな」

 アイナの雷撃が止み、ロイズは思わず息をのむ。
 格の違う両者の戦いは、まだ始まったばかりだ。

「あれで決まらないか、面白い」

 雷撃と粉塵が舞う試練の間の中心部から、全身から双頭浪虎の体毛を纏わせ、煙をあげながらも黄金の大剣を片手に歩み出る。

 あれだけの攻撃をその身に受けながらも、その覇気は衰える事がない。
 優勢に進めている、そう考えているアイナ達は、未だに圧し潰させるような威圧感を感じていた。

「獣化、逸話は本当だったみたいだね」

 初代獣王が最強と謳われる理由は、その特異体質にもあった。
 獣化、メリィが行ったその行為は、森の世界で使命を果たした者のみが一度だけ行使できる技である。

 相棒となった生物ともう一度融合するその技は、使用すれば2度と人の姿に戻る事はない。
 しかし、初代獣王ガイエル・グリードは違った。
 通常、獣化をした者は混じり合った生物の姿に変貌する。
 だが、ガイエルの人族としての肉体は、混じり合った双頭浪虎にすら負けず、人族としての姿を保ったまま、獣化を実現させた。

 ガイエルから生えた双頭浪虎の銀色の体毛は、ナナの剣戟を弾き、アイナの雷撃から本体であるガイエルの身を守り抜く。

 ぷすぷすと煙を上げながら焼け焦げた銀色の体毛は、アイナの雷撃の凄まじさを物語っているが、ガイエルに肉体的なダメージを与える事はかなわなかった。

「ロイズ、あの毛を取り込める?」

 ガイエルの攻撃をアイナが防いでいる間、ナナはロイズのもとに向かう。
 ガイエルに攻撃を通すには、あの体毛が厄介である。
 アイナの雷撃で半分ほど焼いていたが、未だその防御を突破する事が出来ていない。

 ガイエルを倒すには、その体毛を突破しなくてはならない。
 その為には、ロイズが吸引闇虫の能力で、あの体毛を吸収するのが効果的だと、ナナは考えていた。

「残念だけど、僕はあの速度について行けない。今もこうして体を吸引闇虫で覆わないと立ってられないんだ」

 アイナとガイエルの戦闘は、暴風を思わせるほどの激闘である。
 互いがぶつかり合う衝撃波で、ロイズは地面に吸引闇虫を吸い付かせ、立っている事が限界である。

「なら、私が連れてく」

 アイナとガイエルの戦いは、全くの互角である。
 ナナとロイズ、この2人の行動が、この戦いを左右する事となる。

「いいかい、君の剣に吸引闇虫を纏わせる。けどあまり速すぎる攻撃はやめてくれ。吸い取りきれないからね」

 ナナの作り出した大剣に吸引闇虫を纏わせたロイズは、集中する為に距離を取る。
 遠距離操作による吸収は、ロイズも意識を集中させなければならない。

「わかった」

 ロイズの注意を聞いたナナは、短く答える。
 黒く靄のついた大剣を手にするナナは、アイナとガイエルの戦いに参戦すべく、隙を窺う。

 最強を謳われる者達の戦いは、熾烈を極めていた。
 スピードで勝るアイナは、光剣グリードの攻撃を見切り、回避し続けている。
 その動きは、まるでガイエルの行動を先読みしているのかのようである。

 破壊力に特化したガイエルの大剣を受ける事は出来ない。
 アイナの行動に苛立ちを募らせているガイエルの動きは大振りになっており、隙を見たアイナがすかさず蒼紅蓮を叩き込むが、銀色の体毛がガイエルの体に切り傷をつける事を許さない。

 一進一退の攻防は、両者の実力が伯仲している事を窺わせる。
 小さく息を吐いたナナは、その嵐のような攻防の暴風域へと突入する。

 ナナの乱入に気づいたアイナが、ガイエルの大剣を蒼紅蓮で挟み込むように受け止める。
 武器の硬度は、光剣グリードの方が上だ。
 しかし、蒼紅蓮に雷を纏わせる事で、触れたガイエルをわずかに痙攣させ、耐えきる事に成功する。

「んっ」

 硬直したガイエルの背後から、ナナは気の抜けた声を出しながら斬りかかる。
 ロイズの忠告通り、通常よりも速度を落とした袈裟斬りは、ガイエルの背を斜めに添うように振り切られる。

「ちょっと、とれた」

 ガイエルの背は、ナナの斬撃の跡を残すように体毛が削り取られている。

「ナナ、下がれ」

 硬直からガイエルが立ち直る前に、アイナはナナに撤退を指示する。
 序列7位のナナとはいえ、ガイエルの前ではなす術もなく粉砕される。

「後は我に任せるが良い。あの隙があれば、仕留められる」

 ナナの残した突破口に、アイナは勝機を見出した。
  吸引闇虫により背中の体毛が吸い取られたガイエルは、ナナを標的と捉えようとするが、アイナがそれを許さない。

「雷波陣」

 アイナとガイエルを囲むように作られたのは、波打つ雷である。
 行き場を封じる雷のドームは、ガイエルを外に出る事を許さない。

「楽しかったぞ、初代獣王よ」

 久々の全力戦闘に、アイナは敵である初代獣王ガイエルに礼を言う。
 互角の戦いは、互いに決め手を欠いていた為、長期戦になると予想していた。
 アイナの動きをガイエルが捉え、仕留めるのが先か、アイナがガイエルの体毛を焼き尽くすのが先か。
 それは、誰にもわからない。

 そんな互角の戦いを求めていたアイナは、まだこの戦いを続けたい思いもあったが、これは試練である。
 この初代獣王とまともに戦えるのは、アイナだけである。
 魔王であるティナをあてにできない以上、この戦いはアイナが責任を持って終わらせなければならない。

 ガイエルを牽制しつつ、アイナは素早く魔法陣を展開させる。
 その魔法陣は、氷の世界で氷獄龍を仕留めた際に展開された魔法陣と同じである。

 魔王ティナ・グルーエルに賞賛されたその魔術の魔法陣は、めまぐるしく形を変え、何重にも積み重なっていく。

 魔術を発動させまいと、無理に攻勢に出たガイエルの足を払い、うつ伏せに転倒させる。
 その背には、ナナとロイズによって作られた隙間が、道となってガイエルの肌を晒されていた。

 立ち上がるガイエルを抑え込み、その隙間に蒼紅蓮を突き刺す。

「雷鞭」

 地面から雷により形成された鞭が飛び出し、ガイエルの体を拘束する。
 突き刺さる蒼紅蓮の痛みと雷による痙攣で、ガイエルは完全に動きを封じられた。

 同時に魔法陣が完成し、アイナはゆっくりとガイエルから離れて行く。

「これで終わりだ。八雷神・黒雷」

 漆黒の雷が、ガイエルに突き刺さる蒼紅蓮を目指し、雷鳴を轟かせ、世界の頂点に立つ者の戦いを終わらせた。
 黒雷に撃ち抜かれる直前、初代獣王ガイエル・グリードは、己を打ち倒した序列1位”雷神”アイナ・ルーベンスを、驚きを持った瞳で最後まで見つめていた。
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