プロクラトル

たくち

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獣王との戦い

試練のあとに

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「エルリック、無事か?」

「ああ、何とか生きてるみたいだね」

 2代目獣王アルミドラの攻撃で、重傷を負ったエルリックだが、命に別状はないようであった。
 立ち上がる事は困難な様子であるが、会話をするまでは回復したらしい。

 シンと同じく今のエルリックは治癒薬の効力は薄い。
 世界樹最後の試練を乗り越えたシン達であるが、しばらくの休息は必要である。

「君も、随分なやられようだね」

 エルリックほどではないが、シンやユナも相当に傷を負っている。
 自滅覚悟の攻撃は、致命傷となるものはなかったものの、積み重なったダメージは非常に大きい。

「そうだな、正直かなり痛い」

 苦笑いを浮かべながら、シンはエルリックの隣に座り込む。
 強引に攻め続けた結果、アルミドラにダメージが全くなかった事も精神的に響いていた。
 シン達は体力、精神共に大幅に削り取られていた。

「2人して情けないわね、さっさとしなさいよ。こんな所早く出て行きたいわ」

 地面に倒れ込むシンとエルリックに、ユナが退出を催促する。
 シンと同じ程度のダメージを受けているはずのユナであるが、体中から出血しているとは思えないほど堂々とした態度をしている。

「師よ、これをその者に」

「アイナも終わったのか、あんなのに正面から勝てるのはお前くらいだよ」

 初代獣王ガイエル・グリードとの戦いに勝利したアイナもシン達のもとへと歩み寄る。
 珍しく息を乱していたが、それも仕方ない。
 むしろ良く生存できたものだ。

 あの見ただけで畏怖を覚えるほどの初代獣王相手に、一歩も引く事なく勝利したアイナはさすがと言うべきだろう。

 アイナに続いて、ナナやロイズも姿を見せる。
 2人ともアイナと同じく疲労の色を隠せていない。
 アイナとガイエル、人族の頂点に立つ者の戦いに参入したのだ。
 あの場に立っているだけでも、相当な負荷であったはずだ。

「これは?」

 アイナから渡され物は小さめの瓶に詰められた赤色の液体であった。
 攻撃的な色合いをしたその液体は、粘性が高くドロドロとしている。

「それは藍蛭をベースにした血液を増幅させる効果を持つ薬。それを飲めば流した血液を補充可能です」

 蛭、そう聞いたシンは顔を引き攣らせるが、これを飲むのはエルリックである。
 蛭の正体を知らない様子のエルリックを見て、すぐにその瓶を渡す。

「少し痛む、我慢をするのだな」

 シンから受け取った液体を飲み干したエルリックは、アイナが話した通り痛みを感じたのだろう。
 胸の辺りを抑えながら、小さく息を吐き出している。

「師には要りますか?」

「いや、遠慮しとく」

 もう一つ瓶を取り出したアイナだが、シンはすぐに必要ないと言う。
 アイナの持ち物には不気味な物しかない、そう結論を出したシンは、これから彼女の取り出した物の正体を聞かない事にする。
 この世界には、知らない方が良い事も多いのだ。

「早く行きましょう、お腹すいたわ。お風呂にも入りたいし」

「そうだな、早く出よう」

 エルリックに肩を貸し、シン達は試練の間から退出する。
 世界樹の試練、その最後である99階層の試練をシン達は乗り越えたのだ。

 試練の間の前室に戻ったシン達は、倒れ込むように崩れ落ちた。
 ここ最近、ずっと続けていた試練がようやく終わったのだ。
 気を抜いてしまっても仕方がない。

「ようやく、ここまで来たな」

 獣王レオル・フリードとして、山の神サリスに奪われたシーナを取り戻す。
 その僅かな可能性を求めて挑んだ世界樹の試練は、ようやく終わりを迎えた。
 長く、永遠にも感じていたものが遂に終わったのだ。

「そうね、でもここからよ」

 シン達の本当の戦いは、これでようやく始まるのだ。
 世界樹の頂上に何があるかはわからない。
 しかし、今後神との戦いが待っているのは間違いないはずだ。

 山の神であるサリスとの戦いは、歴代獣王との戦いよりも困難なものとなる。
 シーナの体を使っている以上、神としての力も制限されているはずだが、強力である事に変わりはない。

「明日、ユグンに一度戻ろう。道具も揃えないといけないしな」

 傷を癒し、戦闘に備えなくてはならない。
 買い出しには、無傷であるティナと比較的疲労の少ないロイズが向かう事となる。

「それにしても、よくアイナはあの初代に勝てたな」

「ふむ、さすがの我も苦戦しましたな」

 アイナは、初代獣王の攻撃を一度も受けていない。
 一度でも直撃してしまえば、それだけで勝敗が決するだけに当然かもしれないが、あの攻撃を回避し続けるのは、それだけでも負荷が大きい。
 一度のミスも許されない状況で、初代獣王の轟音を上げる大剣を回避するのは、精神的な消耗が大きいはずである。

「魔眼のおかげですね、その差が大きかったようです」

「魔眼?」

 アイナの魔眼は、アイナ自信が勝手にあると決めつけた設定と考えていたシンであったが、アイナの言う限りでは、魔眼の存在は事実であると思われる。

「我が瞳は、敵の思考を僅かに読み取れる魔眼。初代獣王の動きは速かったですが、その差で上回る事が出来ました」

 初代獣王の動きを先読みするように行動していたアイナには、本当に初代獣王の動きをその魔眼で読み取っていたらしい。
 それでも、音速を超える初代獣王の速さは、魔眼を通して思考を読み取ってもギリギリでの回避を余儀なくさせた。

「師の力があれば、もう少し早く倒せたのですがね」

 初代獣王を包んでいた銀色の体毛は、斬撃と魔術を通さなかった。
 シンの虚無の大鎌ならば、その体毛ごと消し去る事が出来ただろう。

 相性を考えて、途中でメンバーの入れ替えをすれば良かったと反省をする。

「まあ、まさか師があれほど苦戦するとは思いませんでした」

 アイナの言葉にシンは思わず苦笑いを浮かべる。
 アイナの中でシンの評価は異常に高い。
 自分が撒いた種である為仕方ないが、過大評価されるのは遠慮したい所であった。

「ちょっと、話してないで手伝いなさいよ」

 リリアナの離脱とエルリックが動けない為、1人で調理をしていたユナは、談笑するシン達に手伝うよう催促をする。
 ナナやティナにその様な事は出来ない為、消去法でシンとアイナしかいないのだ。

「あんまり上手くないからな」

「期待してないから問題ないわ」

 シンは自分で上手くないと言いながらも、ユナの言葉にショックを受けた。
 言葉通り、シンには簡単な作業しか振り分けられない。

「エルリックが完全に復活するまで、しばらくは休養にしようと思う」

 シンの提案を拒否する者はいない。
 世界樹の頂上に向かうまでの期限はない。
 何が起こるか不明な以上、万全な体制で向かうのが当然である。

 試練を終えたシン達は、その後死んだ様に眠りにつく。
 長く続いた世界樹の試練は、序列3位無の代行者シンをはじめとした、序列4位”剣姫”ユナ・アーネス、序列7位”国滅”ナナ・イースヴァル、序列1位”雷神”アイナ・ルーベンス、”魔王”ティナ・グルーエル、ラピス王国の天才エルリック・ニールセン、獄炎鳥のメリィ、吸引闇虫のロイズにより、約30年ぶりに攻略された。
 この面々は、史上5組目の世界樹の頂上到達者として、その名を刻む事となった。
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