プロクラトル

たくち

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獣王との戦い

山の証

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「おにぃさん、ユーギリア城に行きますよ」

 サリスとの決着から3日が過ぎ、シン達のいる宿屋に訪れたシーナは疲れた様子をしていた。
 使命を果たし、氷狼と離別したシーナはもうユグンの都市を歩き回っても蔑みを受けなくなっていた。

 しかし、それはシーナに限った話ではない。
 辺りを見渡せば、所々に混じり者と呼ばれる者達の姿がある。
 この3日間の間で森の世界に変子が訪れたのだ。

 ユーギリア城に戻ったサリスは、シーナに命令し獣王を辞する事を宣言させた。
 歴史上で任期が最も短い獣王となったシーナだが、それは決して汚名と言う訳ではない。

 新たな獣王の選定は山の神により行われると発表されれば誰もが納得するしかない。
 民から敬われていないサリスだが、神というのは絶対的な存在だ。
 例えそれがサリスであっても、他の種族がその意思に逆らう事は簡単ではない。

 そしてそのサリスにより制定された新たなルールが混じり者への侮蔑を禁じる事だった。
 それと同時にユグンの都市は全ての者達に開放され、世界樹の外に住む者達への重税も緩和された。

 ユグンで自堕落な生活を送っていた者達から反発の声も上がったが、全体から見てそれは少数意見であった。
 ユグンに住む使命を果たした者達も、自身の家族や仲間達が蔑まれている事が嫌だったのだろう。

 大きな改変には、必ずケチを付ける者達が現れる。
 しかし、その反発を押し留めたのがメリィを中心とした者達であった。
 実力者揃いの者達を、相手にする事は流石にまずいと感じたのか、表立って騒ぎを起こす者は次第に減っていった。

 その甲斐もあり、現在の森の世界は以前のように歪な力関係がなくなっていた。
 しかし、それは表立ってという事だけであり、心の底から混じり者達を受け入れている者は数少ないだろう。
 根強く残る侮蔑を、そう簡単に消し去る事は出来ない。
 メリィ達先導者は、この先も大いに頭を悩ますはずである。

 それでもこれだけの変化がすぐに起こったのだから、サリスもまだまだ捨てたものではなかった。
 神の名がなければ、ここまでこの人族を従わせる事は出来なかっただろう。

 そんな中、シーナはある一定の層から支持を受ける事となっていた。
 サリスがこの森の世界に干渉するようになったのは、シーナが獣王となった今が初めてだ。

 獣王の秘密を知らない森の世界の者達は、こぞってシーナを持ち上げ始めたのだ。
 特にまだ使命を果たしていない混じり者達からの支持は多かった。

 森の世界の者達にとって、獣王となったシーナが初めて行った政治が、この森の世界のルールの改変なのだ。

 噂は必ず尾ひれがついて回る。
 今ではこの改変は、シーナが獣王として森の神サリスに接触し、姿すら見せなかった神を説得して動かしたとされている。

 この改変は、混じり者にとってまさに救いの手となるものだ。
 それを実現させたとされるシーナは、まさしく英雄そのものだ。

 シン達の下へ来た今、疲れた様子を見せているのはそれが原因だろう。
 しがない宿屋の周辺は、祭りのように人が集まり、シーナの姿を見る為、我こそはと意気込んでいる。

 これまで、蔑みの視線しか感じる事のなかったシーナにとって、この状況は精神的に負担も大きいだろう。
 もともと静かな性格をしており、注目される事は苦手としているはずだ。

「屋根を伝って行くか」

 この状況で、シーナと共に地上を動いては自由はない。
 そう判断したシンは、屋根伝いにユーギリア城に向かう事を決める。

 気配を絶ち、集まった民衆から逃げるように移動する。
 上から見下ろすと、どれだけの人が集まったのか、よく知る事が出来た。
 地面を覆い隠すほどの民衆は、軽く何百人と列を作っている。

「大人気ね」

「からかわないでください」

 悪戯に笑みを浮かべるユナに対し、シーナは顔を赤らめながら言う。
 思えば、こうしたやり取りも1年ぶりだ。

 シーナもこの1年で成長していた。
 ユナと同程度だったはずの身長が、今ではユナよりもおでこ一つ分高くなっており、もともと大人びていた事もあって、ぱっと見ではどちらが年上なのかわからないくらいだ。

 相変わらず、無口な傾向にあるのは変わらないが、それが相まってクールな印象が強くなる。
 おにぃさんと呼ばれる事もあり、妹のように思っているシーナの成長は、シンには喜ばしい事だ。

「着きましたね。場所は獣王の執務室です」

「そういえば、こうしてこの城に来るのも初めてだな」

 初めてユーギリア城に来た時は、ロイズの吸引闇虫に紛れての事だったし、2度目もアルファスの力による侵入だ。
 こうして正面から堂々と入城するのは初めてである。

 砂の世界を含め城への訪問は、何度目かになるが一向にこの独特の緊張感にはなれないものだ。
 ラピス王国のラピリア城と違い、全てが木で造られているこのユーギリア城は、古風な印象が強い。

 木独特の香りを漂わせ、頑丈なこの城は木で出来ているにも関わらず、傷一つ付いていない。
 これだけ立派なものをどうやって造ったのか、気になる所ではあるが、シンの予想では神の力であると考えている。

 前回来た時は、侵入という事もありユーギリア城の内装をあまり意識していなかった。
 今だからこそ気づいた事だが、これだけのものが人の手で造られたとは考えられない。

 汚れ一つない城内は、おそらく完全保存の術がかけられているのだろう。
 汚れが残る事を許さないその術は、この城が建造された時からかけられているはずだ。

 魔術では永久とも思える時間、維持する事は不可能だ。
 それは単純に魔力量の問題である。
 単発の魔術ならば、魔力消費はその分だけだが、維持するとなるとその間は常に魔力を消費し続ける。
 当然、それだけの魔力を持つ者はほとんどいない。

 しかし、この城はそれを可能としている。
 この技はおそらくだが、この城を建造したサリスの力によるものだ。
 神の技、そのまま神技と呼ばれるものは、人族では到底不可能な事を可能とする。

 森の世界を支配し始めた当初のサリスは、創生以来ここまで維持可能なほどの力を有していたのだろう。
 今のサリスには不可能かもしれないが、シンはよくサリスと戦い生き延びたものだと感じていた。

「ここです」

 シーナが案内した部屋は、シンの訪れた事のない部屋であった。
 獣王の執務室と呼ばれているが、この部屋が使用された事は一度もない。
 サリスが執務などしようとしなかったのだから当然である。

 重厚な扉を開け、中に入るとそこにはアルファスやメリィ、ロイズがシン達の訪問を待っていた。
 だが、その中にシンの知らない者が1名いる。

「遅いぞ、私を待たせるとはいい身分だな」

 若干、苛立ちを見せる者が1名いた。
 そのシンの知らない者である。
 肩に掛かる程度に切り揃えられた黒髪に、パッチリとした大きな瞳はどこか高圧的な印象を受ける。
 その女性は高圧的な印象を受けるが、身長は低く全体的に見ると可愛らしく思える容姿をしている。

「「誰?」」

 シン達は同時に同じ言葉を発する。
 この場は森の世界の行方を左右する重要な場所だ。
 その場に見知らぬ者がいるとなるとシン達の反応は当然である。

「ふふっ、おにぃさんもびっくりした?」

 シン達の反応を見たシーナは珍しく微笑みを見せた。
 その反応を見るに、この女性はシン達とそれなりに関係があるのだろう。

「私を忘れるとは、ノアの代行者とはいえ許さんぞ」

 口と眉をを僅かにひくつかせながら、女性は怒りを露わにする。
 その声質からシンはその者の正体に気付く。

「ふむ、久しく見ておらんかったのぅ、お前のその姿は。 のう? サリスよ」

「ふん、私の美しさに目を奪われたか。仕方ないな」

「えっ⁉︎ 嘘だろ」

 見知らぬ女性はティナからサリスと呼ばれた。
 そうではないかと考えていたシンであるが、あの肥えた姿の印象が強く、本気では信じられない。

「神の姿は精神状態が強く影響するからの。こうなったという事は、サリスは見た目だけでなく内面も変わったのだろうの」

 神達と長い付き合いである魔王ティナに言われては認めるしかない。
 この可愛らしい女性は、あの醜かった山の神サリスだったのだ。

 ノアに指摘された通り、かつての努力していた時を思い出したのだろう。
 サリスは知らないうちに大きな変化をしていたのだ。

「まあいい、今回は許してやろう」

 サリスは変わったとはいえ、まだシン達には高圧的な態度をとる。
 おそらく、この後もこの対応を続けていくつもりだろう。
 何か気に入らなければすぐにノアに言いつけてやろうとシンは決意した。

「それよりも山の証だ。 ありがたく受け取れ」

 サリスが懐から取り出したのは、世界樹の枝を加工して作り、何かの紋章が刻まれたペンダントである。

「約束は果たしたぞ」

 ノアに命令された証の製造がどれほど苦労したのか、サリスは長々と語りだす。
 しかし、シンはそんな事に興味はない。

「獣王はどうなったんだ?」

「おい! 私の話の途中だろうが!」

「ちょっと黙ってろよ。あとで聞いてやるから」

 声にならない呻き声をサリスがあげるが、シンは断固として無視をする。
 長い話を聞くつもりなど毛頭ない。

「獣王はメリィさんに決まったよ。その補佐として僕とアルファスが支える事になる」

 シーナの跡を継ぐ獣王は、メリィとなった。
 やはりアルファスは目立ちたくないらしく、影としてメリィを支えると決意したそうだ。

「本当はシーナさんに続けてもらいたかったんだけどね」

 ロイズは、シーナが引き続き獣王として君臨してもらいたいようであった。
 先ほどまでの騒動を見るに、シーナが引き続き獣王となるのも納得がいく。
 むしろその方がいいのではないかと思えるほどだ。

「シーナはいいのか?」

 獣王となる事はシーナの目標でもあった。
 それを続けなくていいのかとシンは問いかける。

「もう目的は達成したからいいですそれに忘れちゃったんですか?」

「何を?」

「私の使命はおにぃさんを支える事。 それはまだ終わってない」

「シーナはもう使命を果たしたんだろ? なら俺に着いて来なくてもいいんだぞ」

 シーナは既に使命を果たし、氷狼と離別している。
 今は側にいないがこれから獣王として氷狼と共に生きる事がシーナには良いとシンは考えている。
 旅は危険が常につきまとう。
 シンの旅は神と争う旅だ。
 その危険は通常の比ではない。
 それに王としてこのユグンで暮らす方が何倍も裕福な暮らしが出来る。

「あんたって、ほんと馬鹿ね」

 シンの話を聞いたユナは思わず苦言を呈する。
 この中で、シーナの気持ちに気付いていないのはシンだけである。

「おにぃさん、私をもう一度仲間に加えてくれませんか?」

 自分から言わなくてはダメだと踏んだシーナは、そのまま想いを伝える。
 ここまで言われればシンでも理解する事が出来る。

「俺の側は危ないぞ?」

「私と氷狼は強いです」

 危険を伝えようとするが、シーナにそんな事は関係ない。
 サリスとの戦いで、シーナと氷狼の力は大いに貢献した。
 シーナは実力不足などと言わせるつもりはない。

「わかった。 よろしくな」

「はい」

 改めて、シーナはシンの旅の同行者となった。
 のちに”氷獣王”と呼ばれる水色の髪の少女は、この時その生涯で最高の笑顔を見せる事となった。

「ユナさん、私は少し遅れましたが、負けるつもりはありませんから」

「えっ?」

 頼もしい仲間、そしてユナにとっては新たなライバルであるシーナは堂々とユナに対し宣戦布告をした。
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