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空の世界
変動
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(まいったな。 援護どころか、ここにいるのも精一杯だ)
目の前で繰り広げられる激戦に、エルリックは立ち尽くす事しか出来ない。
ナナが隠していた力を解放したらしい事をエルリックは察していたが、その力の増大は予想の遥か上を行くものであった。
天帝とナナによる魔術の応戦は、先ほどまでの戦いがほんの小手調べであった事をエルリックに知らしめる。
魔術の属性は1人につき1つと言う常識を覆し、炎や氷、風や土など様々な魔術を内包した膨大な魔力に物を言わせて放つ天帝。
鋼鉄を多種多様な形に造形し、四方を覆い尽くすほど無制限に生み出し続けるナナ。
絶える事なく互いの魔術は衝突し、閃光を迸らせる。
相対する2人の実力は、ほぼ互角。
息もつかせぬ魔術戦は、ただ互いの魔力のみを消費させ続けていた。
2人の戦いの余波により、既に周囲一帯は荒れ果て廃墟と化している。
暴風や轟音の響く戦場でエルリックは、武器である槍を支えにする事でなんとか踏みとどまっている状態である。
当然、戦いに参入する事など出来はしない。
(これが、序列者か…)
天帝とナナの戦いを見ているエルリックには、表現し難い感情にかられていた。
シンと出会い、魔王であるティナから教えを受けていただけあり、エルリックの実力は以前とは比べ物にならないほど上達している。
砂の世界にいた頃のエルリックならば、今のエルリックならば軽々と打ち倒す事が可能だろう。
ラピス王国の兵士であった頃、一度も勝てなかったリーグ将軍にすら、今のエルリックなら勝てる。
それほどまでに成長したエルリックだが、高みに上った事で、さらなる現実を突きつけられる事となっている。
まだ若く、自身の実力を把握しきれていなかったエルリックはもういない。
自身を知り、仲間の事を知ったエルリックだからこそ、目の前で繰り広げられる光景が意味するものを知ってしまったのだ。
シンやユナ、アイナにナナと共に過ごしておきながら、今更気付いた事実。
序列に名を連ねる事の偉大さ、そして本当の強者がどの様な存在かを知ったのだ。
それは身近に居た事で知る事が出来なかったのかもしれない。
序列に名を連ねる者の本気の戦いをエルリックは初めて目にしているのだ。
(僕は、あの領域に達する事が可能なのか?)
実力をつけて来たからこそ、理解出来てしまった。
今のエルリックは、この戦いでは足手纏いでしかない。
「ちっ、ミアリスの玩具ごときが!」
予想以上のナナの力に天帝ラドラス・エルドラスは顔を顰める。
苛立ちを覚えているのか、先ほどから魔術の精度が下がっている様にエルリックは感じていた。
魔術の精度が落ちれば、威力も下がる上魔力消費も大きくなる。
「天帝を押している。 ナナさん、もう少しだ!」
ナナの優勢、そう判断したエルリックは思わず声を上げる。
戦力にならない為、ナナに声援を送る他に力になれる事がないのだ。
「小賢しい!」 「エル君避けて!」
ラドラスがエルリックに狙いを定める瞬間とナナが叫んだ瞬間は、殆ど同時であった。
放たれた紅蓮の閃光を、エルリックは視認する事すら困難だった。
死んだ。
そう直感したエルリックは無意識のうちに瞳を閉じていた。
その空白の時間が、どれほどの間なのかエルリックは記憶していない。
数秒だったかもしれないし、数時間だったのかもしれない。
曖昧な時を過ごしたエルリックは、違和感を感じていた。
(まだ、生きている?)
死を目前にしていたはずのエルリックにいつまでたっても死は訪れていない。
あの天帝が狙いを外すとは、到底思えない。
「エル君、無事?」
ゆっくりと瞳を開けたエルリックに、小さな身体が映り込む。
「ナナさん、君が…?」
守ってくれたのか? そう続けようとしたエルリックだが、続くはずの言葉が出てこない。
何が起こったのか頭では理解出来ている。
しかし、それを認識する事が出来ないのだ。
ナナの脇腹が、抉り取られたかの様に大きく焼失していた。
「ふっ、小物を消すつもりが思わぬ収穫をもたらしたな」
ラドラス自身、衝動的にエルリックを攻撃した事は失態だと認識していた。
僅かな遅れで勝敗が決まったであろうナナとの魔術戦で、あの攻撃は致命的なほど判断ミスであったのだ。
エルリックへの攻撃の隙を突かれ、ナナにとどめを刺されてもおかしくはなかった。
しかし、現実に窮地に陥っているのは、ナナの方である。
足手纏いでしかない仲間を庇い、絶好機を逃したナナの判断にラドラスは愚かという他ないと表情に浮かべている。
それは同時にナナがラドラスをあと少しの所まで追い詰めていた証でもあった。
「ナナさん、治癒藥を!」
慌てて懐から準備していた治癒藥を取り出し、ナナの傷に直接振りかけるエルリックだが、治癒藥は万能ではない。
ナナがこれまで通りの戦闘をする事は不可能だろう。
「また、僕は足手纏いに!」
ナナの受けた攻撃はエルリックを殺すには十分すぎる威力のものだ。
威力を減少させてはいるだろうが、ダメージの大きさは計り知れない。
エルリックは己の出した行動を悔やむ。
ラドラスと互角に渡り合う事が可能なのはナナだけだ。
そのナナを欠いては、もう勝ち目がない。
「なかなか、楽しめたぞ」
これで終わり、そう告げるかの様にラドラスはエルリック達に手をかざす。
天帝の手から逃れる事は出来ない。
(シン、済まない)
思い浮かべるのは、唯一無二の友の顔だ。
戦友とも呼べる者が仲間と呼ぶ少女を、エルリックは守る事が出来なかった。
自然と、手にしていた槍が音を立てて転がり落ちる。
「ふん、腑抜けた顔をしやがって。 これだから人族は多種族に劣ると言われるのだ」
「全くだの。 抗う事もしないとは、何の為に妾が直々に指導したと思ってあるのか」
絶望感に包まれるエルリックの耳に久しく感じるほど懐かしい声が入り込む。
初めに聞こえたのはつい先日まで敵だった者の声。
次いで聞こえたのは己の師と呼ぶべき者の声。
共に全ての生命の頂点と呼ばれる者達の声である。
「ティナさん、それにサリス…」
「貴様、私だけを呼び捨てにするとはいい度胸だな」
「かーかっか、仕方なかろう。 サリスは敵だったのだからの」
魔王ティナ・グルーエルと山の神サリスが天帝ラドラス・エルドラスの前に立ち塞がる。
**
「どうしてあんたがここにいるのよ?」
ティナとサリスがエルリックの下に辿り着いた頃、同じくエルリックの下へと向かっていたユナ達の前にも立ち塞がる者がいた。
それは、この空の世界にいるはずのない者であった。
銀色の長い髪に身の丈以上の大斧を携える女性は、ユナが最も良く知る者だ。
「聞いてるでしょ⁉︎ 返事しなさいよ!」
立ち止まり、ユナの言葉に反応を示さない事にユナは苛立ちを募らせる。
「どうしてここにいるのよ⁉︎ クレア!」
問いかけの返答は、大斧の一撃でもって返される。
目の前で繰り広げられる激戦に、エルリックは立ち尽くす事しか出来ない。
ナナが隠していた力を解放したらしい事をエルリックは察していたが、その力の増大は予想の遥か上を行くものであった。
天帝とナナによる魔術の応戦は、先ほどまでの戦いがほんの小手調べであった事をエルリックに知らしめる。
魔術の属性は1人につき1つと言う常識を覆し、炎や氷、風や土など様々な魔術を内包した膨大な魔力に物を言わせて放つ天帝。
鋼鉄を多種多様な形に造形し、四方を覆い尽くすほど無制限に生み出し続けるナナ。
絶える事なく互いの魔術は衝突し、閃光を迸らせる。
相対する2人の実力は、ほぼ互角。
息もつかせぬ魔術戦は、ただ互いの魔力のみを消費させ続けていた。
2人の戦いの余波により、既に周囲一帯は荒れ果て廃墟と化している。
暴風や轟音の響く戦場でエルリックは、武器である槍を支えにする事でなんとか踏みとどまっている状態である。
当然、戦いに参入する事など出来はしない。
(これが、序列者か…)
天帝とナナの戦いを見ているエルリックには、表現し難い感情にかられていた。
シンと出会い、魔王であるティナから教えを受けていただけあり、エルリックの実力は以前とは比べ物にならないほど上達している。
砂の世界にいた頃のエルリックならば、今のエルリックならば軽々と打ち倒す事が可能だろう。
ラピス王国の兵士であった頃、一度も勝てなかったリーグ将軍にすら、今のエルリックなら勝てる。
それほどまでに成長したエルリックだが、高みに上った事で、さらなる現実を突きつけられる事となっている。
まだ若く、自身の実力を把握しきれていなかったエルリックはもういない。
自身を知り、仲間の事を知ったエルリックだからこそ、目の前で繰り広げられる光景が意味するものを知ってしまったのだ。
シンやユナ、アイナにナナと共に過ごしておきながら、今更気付いた事実。
序列に名を連ねる事の偉大さ、そして本当の強者がどの様な存在かを知ったのだ。
それは身近に居た事で知る事が出来なかったのかもしれない。
序列に名を連ねる者の本気の戦いをエルリックは初めて目にしているのだ。
(僕は、あの領域に達する事が可能なのか?)
実力をつけて来たからこそ、理解出来てしまった。
今のエルリックは、この戦いでは足手纏いでしかない。
「ちっ、ミアリスの玩具ごときが!」
予想以上のナナの力に天帝ラドラス・エルドラスは顔を顰める。
苛立ちを覚えているのか、先ほどから魔術の精度が下がっている様にエルリックは感じていた。
魔術の精度が落ちれば、威力も下がる上魔力消費も大きくなる。
「天帝を押している。 ナナさん、もう少しだ!」
ナナの優勢、そう判断したエルリックは思わず声を上げる。
戦力にならない為、ナナに声援を送る他に力になれる事がないのだ。
「小賢しい!」 「エル君避けて!」
ラドラスがエルリックに狙いを定める瞬間とナナが叫んだ瞬間は、殆ど同時であった。
放たれた紅蓮の閃光を、エルリックは視認する事すら困難だった。
死んだ。
そう直感したエルリックは無意識のうちに瞳を閉じていた。
その空白の時間が、どれほどの間なのかエルリックは記憶していない。
数秒だったかもしれないし、数時間だったのかもしれない。
曖昧な時を過ごしたエルリックは、違和感を感じていた。
(まだ、生きている?)
死を目前にしていたはずのエルリックにいつまでたっても死は訪れていない。
あの天帝が狙いを外すとは、到底思えない。
「エル君、無事?」
ゆっくりと瞳を開けたエルリックに、小さな身体が映り込む。
「ナナさん、君が…?」
守ってくれたのか? そう続けようとしたエルリックだが、続くはずの言葉が出てこない。
何が起こったのか頭では理解出来ている。
しかし、それを認識する事が出来ないのだ。
ナナの脇腹が、抉り取られたかの様に大きく焼失していた。
「ふっ、小物を消すつもりが思わぬ収穫をもたらしたな」
ラドラス自身、衝動的にエルリックを攻撃した事は失態だと認識していた。
僅かな遅れで勝敗が決まったであろうナナとの魔術戦で、あの攻撃は致命的なほど判断ミスであったのだ。
エルリックへの攻撃の隙を突かれ、ナナにとどめを刺されてもおかしくはなかった。
しかし、現実に窮地に陥っているのは、ナナの方である。
足手纏いでしかない仲間を庇い、絶好機を逃したナナの判断にラドラスは愚かという他ないと表情に浮かべている。
それは同時にナナがラドラスをあと少しの所まで追い詰めていた証でもあった。
「ナナさん、治癒藥を!」
慌てて懐から準備していた治癒藥を取り出し、ナナの傷に直接振りかけるエルリックだが、治癒藥は万能ではない。
ナナがこれまで通りの戦闘をする事は不可能だろう。
「また、僕は足手纏いに!」
ナナの受けた攻撃はエルリックを殺すには十分すぎる威力のものだ。
威力を減少させてはいるだろうが、ダメージの大きさは計り知れない。
エルリックは己の出した行動を悔やむ。
ラドラスと互角に渡り合う事が可能なのはナナだけだ。
そのナナを欠いては、もう勝ち目がない。
「なかなか、楽しめたぞ」
これで終わり、そう告げるかの様にラドラスはエルリック達に手をかざす。
天帝の手から逃れる事は出来ない。
(シン、済まない)
思い浮かべるのは、唯一無二の友の顔だ。
戦友とも呼べる者が仲間と呼ぶ少女を、エルリックは守る事が出来なかった。
自然と、手にしていた槍が音を立てて転がり落ちる。
「ふん、腑抜けた顔をしやがって。 これだから人族は多種族に劣ると言われるのだ」
「全くだの。 抗う事もしないとは、何の為に妾が直々に指導したと思ってあるのか」
絶望感に包まれるエルリックの耳に久しく感じるほど懐かしい声が入り込む。
初めに聞こえたのはつい先日まで敵だった者の声。
次いで聞こえたのは己の師と呼ぶべき者の声。
共に全ての生命の頂点と呼ばれる者達の声である。
「ティナさん、それにサリス…」
「貴様、私だけを呼び捨てにするとはいい度胸だな」
「かーかっか、仕方なかろう。 サリスは敵だったのだからの」
魔王ティナ・グルーエルと山の神サリスが天帝ラドラス・エルドラスの前に立ち塞がる。
**
「どうしてあんたがここにいるのよ?」
ティナとサリスがエルリックの下に辿り着いた頃、同じくエルリックの下へと向かっていたユナ達の前にも立ち塞がる者がいた。
それは、この空の世界にいるはずのない者であった。
銀色の長い髪に身の丈以上の大斧を携える女性は、ユナが最も良く知る者だ。
「聞いてるでしょ⁉︎ 返事しなさいよ!」
立ち止まり、ユナの言葉に反応を示さない事にユナは苛立ちを募らせる。
「どうしてここにいるのよ⁉︎ クレア!」
問いかけの返答は、大斧の一撃でもって返される。
応援ありがとうございます!
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