中学生ならラブコメ一度は描いた記憶あるよなぁ?五行封印からの解放、召されよ我の小説

わっさん

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第零章 似て非なる現実の中で 第一章

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意味もなく、眠り眼のその先で揺れ動くライトの光に手をかざし、ばさりとキーボードに手を預ける。
今でもたまに


「…これは覇権作品だ!」

パソコンに鼻と目から滴る液体をぶちまけ叫ぶこいつは冬月譲土、俺である。譲るに土と書いてゆずとと読む。
近況報告から行くなら高校三年生の受験を後に控えるしがない受験生なのだがしかし、俺には〈受験〉の二文字は必要ない。語呂合わせで言えば〈絵画〉、あるいは〈アニメ〉。この三文字さえあれば…。それだけで満足の行く日々を送る今がある。
夢は何度も見たことあるが、現にそれを実行に移したことは…ない。いや、あったというべきであろうか。とても微妙なラインだ。しかしそんなことは些細なことでしかない。液晶に突っ伏しながら咽び泣いている姿、これが俺であり、要するに萌えブタ野郎なのだ。
窓から無慈悲にも打ち付ける朝の淡い日差しは俺を照りつける。これでは萌えブタではなく焼きブタである。意外と上手くないか?いやそうでもない。及第点といったところだ。
何気ない一言から話の輪を作る。正確には輪ではなく独り言だ。
こうしている間にも停滞することはなく時間は進み、朝日に照らされたモニターには月曜午前8:00と告げられていた…

「やべっ、時よ……時よ止まれっ!!」

大きく手を広げ画面に向かい全力で叫ぶ。そして続け様に二・三発かましてやろうと意気込む。のはいいのだが、俺の持つ能力は〈飯食ってアニメ見て寝る〉。ありふれた雑魚能力。今ここで発動できるものではなく、モニターには8:01と現実が突きつけられている。負けた……。

「祈って何とかなることなら、今ごろ宗教が世界滅ぼしてるよな……」

年輪のように重なる不健康極まりない目のクマを擦り不機嫌な怒りを朝食のカロリーメイトにぶつける。
こうして朝から現実をつきつけられた訳だ。
しかし何度も考えようとも時間の流れとは残酷なものだ。
時間とは、いかに財力と権力を併せ持つパーフェクトな存在、おまけに顔もよいときた完璧人間ですらコントロールできない不可侵な概念。それをいたって普通のキモオタである俺が制御しようなんて傲慢である。そう残された猶予15分が結果を物語っていた。
まぁ俺にはこれすら些細な問題だ。飯食って、制服着て歯磨きする。な?簡単だろ。俺にかかれば10分も要らない。
別に虚言癖があるわけではない。毎日こういう生活をしていればそれで本当に充分なのだ。

「行ってきます」

愛する我が部屋、別次元の嫁たちに別れを告げて走り出す。遅刻は大罪である…しかし遅刻1分前は無罪。一見して屁理屈にも聞こえるその言葉は俺を走らせる動力源となり、自己暗示だった。

「出てすぐ右に曲がりそこから100m直進…。次を左に…十字路をつき抜ければ学校路線の電車が……ふっ…見えた!」

瞬時に頭の中で最短ルートを計算し、迷わずBボタン押し込みのダッシュ。…まぁ、いつも通りの道のりなのだがな。いや無論、誰しも厨二心を抱いているものだ。…そういう日もある。

「駅のホームに電車が到着するのを検知!ラストスパートをかけろ!!」

周りの目など気にはせず、ほどよい風に前髪をなびかせホームへ走る。今日だけは遅れてはいけないんだ。現在地は我が拠点富士市。向かうは静岡市。大規模即売会コミックライブ。そこは性癖と夢の詰まった聖域。幼女も奇乳も獣耳も、なんだってそろってるオタクホイホイ。

「幼女が俺を待っている。速く会いたい、そう言っている!」

固くこぶしを握り電車に乗車する。周囲一メートルの範囲にいた人達は犯罪者を見る目でこちらの様子をを恐る恐る伺う。通報した方がいいかな……などという会話も薄っすら聞こえてくる。なんとも生きにくい世の中だ。少し遠くで腕を組み俺を見ながら深々と頷いていたあのおじさんの方がよほど危険だろう。罪深かろう。
俺は軽く会釈し、黙ってスマホをいじる。スマホいじりほど気まずい空間を回避する神アイテムは他にない。幾たびもこのスマホ片手に死の境地を渡ってきた。この経験が何よりも確たる証拠だ。
普通列車。名前の通り速くも遅くもなく決められたスピードで、ただ正確に前に進む。止まることはない。なんだって運んでくる。「次は静岡~」意図的なのか少しねっとしている、しかしはっきりと聞こえるアナウンス。どういう原理の上にあの声は成り立っているのか……。少し頭を悩ませてみる。
(いや、やめておこう……)
いけないことにどうやら沼の予感がする。そもそも疑問に思う時点で自分の手における範疇ではないのだ。分からないのだから悩んでいる。
一呼吸をつき、その答えを〈世界は謎で満ちている。だから素晴らしい〉と、哲学的かつ脳死な答えで仮定し位置づけ、静かに電車を降りる。目的地まではバスでおよそ20分。さほど遠くはない。

「いざ楽園へ……」

胸は速くと高鳴り、足取りも待てないぞと言わんばかりに駅のホームを駆け巡る。
何故に人は陸上生物の頂点に君臨しているはずなのに基礎身体能力が乏しいのかと悩んでしまう。妄想という全俺に需要のある力に極ふりしてしまったのか……。
だとしたら許せる。
改札口を通り、先程の対面により気まずくなった女性と目を合わせないよう逃げるように正面の景色を一望する。
しかし、そんな気持ちとは裏腹にそこには青い空とは何の因果もないであろうくすんだ景色があった。
どうやら今日は何からも逃れることは許されない鬼畜デーらしい。

「うわぁ……、なんかやってる」

すっと気持ちが冷めていく。目線は一点を捉えた。目の前に広がる情景。典型的なノースリーブおっさん二人に絡まれる少女。遠くてはっきりとは見えないが恐らく美形。
圧倒的にテンプレをなぞる目の前のパノラマはまさに。
ナンパであった。
圧倒的に情報量は少ない。絵描きに優しそうな無地なノースリーブ。背景の建物と空に6割、少女に3割、煙草の吸い殻とモブおじに1割の配分だろう。そのはずなのに、頭はそれを処理する以上に働いている。なにせ現実味があり過ぎる。
僅かな思考力に問いかける。
(いいか、よく聞け。俺は弱い。もう一度言うぞ。俺は弱いんだ。おそらく蹴りを一発入れられたらダメージで四肢断裂レベルの一般通過人間だ。)
取り敢えず冷静になってみる。今あるもの……。リュックの中にスマホ、財布、ストラップ。良くも悪くも出かけるのには邪魔にならない軽装備だ。
冗談じゃない。素通りすればいい。そう思いつつも一応行動に出てみることにした。もちろん何かあれば速攻逃げるつもりだ。自分を愛するが故の最善策だ。

「あの…」

「なんだ?お前」
「何か用でもあんのか?」

あらかた予想通りの返答が返ってくる。アクションアドベンチャーゲームに出てくるチンピラABだとするなら完全再現だ。天性の才能だと言っても過言ではないほどのモブキャラ臭がする。金の要求だったら何とかなる。しかしナンパとくると大抵のモブは喧嘩へと突入してくる。

「いえ、そこの女性の方の落とし物を拾いまして……」

拾ってもいない俺の財布と携帯を差し出す。

「あの……つかぬことを聞きますが財布の中に入っていた警察手帳は本物ですか?」

そしてがっつり噓をつく。しかし通用するはずがない。だって目の前にいるこの子絶対学生だもん。ついでに財布もスマホも手に持ってるもん、つか作戦自体あったま悪いもん。だからこの先必要になってくるのは目の前にいる少女が俺の幼稚な発想に乗ってくれるかだ。これで無理なら……俺は、、、逃走を図るだろう。

「え、いや違いますけど……」

「ではおそらくお父様のではないでしょうか?携帯を少し見てしまったのですが、信厳という人から着信が入っていたので……」

「あ……はい、そうですね。確かに私の父は信厳と言いますが……」

来た。乗ってくれた。若干信厳という古臭いネーミングに笑いをこらえていているのも見えた。今はあなたの父です。笑わないでください。そう思いつつもここまでは王道。寸分たがわぬテンプレ。
俺の作戦は極めて古典的、かつ脳に優しい単純な作戦。自虐が捗るクソシナリオ。チンピラに警察ぶつけたら秒殺だろうというものだ。ちなみにこれはゲームで学んだ。だからおれは悪くない!とは言えないが。
このままテンプレを貫いてくれれば
「チッ、サツの娘かよ」
「さっさと行こうぜ」
となるはずだ。俺の命はチンピラのモブ力にかかっている。頼むチンピラ……最後まで腰抜けモブ野郎でいてくれ……。

「チッ、サ……」

「来た!」

「ア?」

「なんでもないです、はい」

100点満点の回答につい喜びあらわにしてしまった。しかしまだ二言しか発していない。「サツごと始末してやろうぜ」みたいな比較的に強そうな、でも結局雑魚いモブだったかもしれない。はたまた「最高かよ……」的な性癖のこじれた珍発言だったかもしれない。それでも期待は裏切らず、すぐさま想定した通りの台詞を吐き出した。
ここまでモブを極めたなら、いっそ役者になれ。〈三秒の輝き。天性のモブ役者〉みたいな見出しで有名になるぞ?新聞の端の小さき英雄の誕生の瞬間だ。
ほどなくしてチンピラは去っていった。去り際は正に雑魚臭漂ういい背中をしていた。そう俺は勝ったのだ。

「あの……ありがとうございます、助けてくれて。これ、さっきの財布と携帯です」

後ろには助けた少女がポツンと立っていて、薄目で俺を見つめていた。丸く薄いフレームの眼鏡。髪色は艶やかな黒の中にうっすらと紫色。髪は簡単に一つに縛ってある。胸は……そこそこある。前髪のせいであろうか、そして地味であった。失礼とかそういうことではなく、それが少女に対しての第一印象だった。

「あぁ、ありがとうございます。でも感謝はあのチンピラにしてあげてください。ナイスモブプレーでしたから」

「チンピラに感謝ですか?変わったことを言いますね」

「いえ、僕は筋力逆カンストの雑種なので殴られたらただの肉片となり地に帰っていたでしょう」

ガッツポーズをし、見事にしぼんだ力こぶを見せる。感想は「ほえぇ……」という一言だけだ。何も言葉に言い表せない。例え方が浮かばない。そんな表情だった。

「けど、凄かったですよ?警察の肩書きをうまく利用していましたし……」

「警察はチンピラキラーですからね。ちなみに信厳はうちの父です」

「なるほど、あの……」

「大丈夫ですよ。僕も時代に取り残されすぎだろって思ってるんで」

安心してくれていい。本当にこの名前はいかついと思う。親の名前を人に教えた時必ず返ってくるフレーズは「武田?」だからな。その度に「冬月です」と返す。どう考えても武田な訳がなかろう。

「では僕は急いでいるので……」

随分と時間を食ってしまったが忘れてはいけない。俺には行かなければならない場所がある。遅れてしまったが何とかなるだろう。今日の目玉は残っているかは分からないが。

「ふぅ……」

一息つく。結局コミックライブには30分遅れで着いた。これでも急いだほうだ。心だけ。いくら念を送ってもバスは信号に完全敗北するし、口を開けばプーとピーという軽快な音を鳴らし、「~前です」しか言わない。
全く……信厳だったら倍の速度で走行していたところだぞ。この間、時速出しすぎでしょっぴかれてたけどな。信厳がスピード違反でしょっぴかれる。字面だけ見たら世代を超越したコメディだ。
文句はしっかり言いつつも、会場へと乗り込んだ。そしてふと気付く、

「そういえばさっきの子の名前聞いてないな……」

自分の親の名前以外は何も伝えていないし知らない。何も知らないけど俺の父の名前だけ知っている少女。俺と少女の繋がりは信厳のみ……。何というパワーワード……。ただの変質者ではないか。
悔みつつも会場の雰囲気にのまれ、そんなことはすぐにどうでもよくなってしまった。


第一章 望むは美少女、リアルは眼鏡





月曜日。この世界はクソだ。クソのちクソ、糞まみれ。なんて汚い世界なんだ。少なくとも俺はそう感じている。というのも昨日は散々だった。目玉商品は売り切れ、それは致し方ないとしても、だ。なぜ俺の欲しかった同人誌ばかりが売り切れている?!特に間に合ったのに財布見つからずに探してたら先を越されたのは、あれはなんだ?そして怒りが沸点に達した途端に右ポケットから顔を除かせるのはなんだ?新手のかくれんぼか?都合よく魂宿るな。極め付きには電車の駅のアレだ……、アレ……。

~駅のホームにて~

譲土は憤怒した。何者かに嫌がらせを受けているのだ。しかも姿を現さず遠隔でいじめてくるタイプ。
俺は立て続けに起きた不運をまだ根に持っていた。怒りと疲れで視界が淀んでもいる。

「がっ…」

不意に視界が暗くなる。何があるわけでもないホームのタイルに足をとられた俺はアクション俳優顔負けのスピンで転んだ。

「なん…だと……」

周りの視線の確認を手短に済ませ、咳で恥じらいを吹き飛ばすと、ついでに愚痴を細々と呟いた。
前方で這いつくばる財布を見つけた。俺の財布だ
中にある金額はもう野口1枚にも満たない。でも結局のところはオタクはお金がなければ丸腰の豚…。悔しいが一円だって無駄には出来ない。項垂れつつ、いそいそと取りに行く。

「残念な人だね君」

突如として上空から声がする。
先程までの一連の出来事を見られたことは間違いない。残念…ダサいではなく残念…。憐れみが込められていそうな言い回しだ。

「やっぱそう見えますか…」

ふてぶてしい顔で財布の拾い主をチラ見する。
不意に訪れる時間が止まったような感覚。表現方法はまとまらないが、信じられない物を見てしまった時の感情の起伏と言えば分かるだろうか。

「あの…」

何かがおかしい?状況は特に何も変わらない日常であり、落とし物を拾ってくれるが一言多い優しい人である。
ただ違うとするなら、何かが変わっているとするならば……目の前に立ち、少し鼻につく言葉をかけてきて、親切に財布を広い僕の方を向くこの〈少女〉だ…。
いや、ありえん…まさかこんな。そう思いつつも、今はキョどるべきじゃない。そう言い聞かせ冷静に考える。
少女…は自分と同じくらいの歳だろうか。というよりか制服は俺の学校のもの。襟に見える赤色の線からして三年生。つまり同級生である。
長いロングの髪はきっちりと結ってあり清純そうな雰囲気が見られ、その長所を上手く生かすかの如く和やかな笑顔が美しさを引き立てる。そして印象について最後に一言…これが先程の〈異変〉の正体。
現世に二次元美少女がいることだ。

「あのー…」

「あっ、ありがとうございます」

少し困ったようなジト目で見てくる彼女に再び冷静さを欠いた俺は、目線を合わせずその場を速やかに立ち去った。そして時間ギリギリ滑り込むようにして電車に飛び乗った。
無事に間に合ったのはいいが、さすがに礼儀知らずだろうか…これでは逃げたも同然だ。
もちろん急いでたことも相まってその場から立ち去ったのもある。でもそれ以上に自分の心臓の鼓動が先程までの礼儀のならない態度を肯定するかのように何かを物語り伝えていた。

「これは現実?(リアル)?」

つかの間の緊張は電車の揺られほどける…。
心を落ち着かせることができたのも何よりも信じがたいことだと自分に言い聞かせることが可能だったからだ。現実であってはならない…。だからこそ目にのみ記憶を焼き付けた。
そして一通り落ち着くと戻ってきたのは……やはりいつもの日常なのだ。
日常とはなんなのだろうか…





昨日の一連の流れを頭でおさらいしつつ進む足取りはゆったりとしていたが、感覚的にはとても速い学校への登校となった。

「おはようございます」

程なくして遅刻を免れた俺は門を悠々とくぐり、クラスに入り、流れ作業で窓側のベストプレイスに腰を落とす。

「よっ!譲土」

朝から「人生なめてますか?」って言ってやりたい憎ったらしい笑顔をしているのはこのクラス唯一の理解者ともいえる同士であり友人のトウヤだ。容姿については何処にでもいそうなので語る必要は無い。

「いや、今期は萌えが足りないのがネックだが、涙枯らしてくる覇権枠があってな」

口のみ命を吹き返したかのように、饒舌な喋りを披露する。少しでもエネルギーの消費を抑えるために全身の口以外の力を抜いた。

「朝から、二次オタ全開で来られるってのも疲れるな…」

やれやれと言わんばかりのトウヤの顔にはニヤニヤが何故が浮かんで見えた。こっちから突っかかると話が長くなるので基本はスルーするが、あまりにも不可解だ。気のせいで終わらせたら祟りが起きそう…。

「なぜそんな気持ち悪い顔をしているんだ?気持ち悪いのはいつもだが、そのニヤニヤは気になってな」

「キモイは褒め言葉だと昔…お前は言ったな?だから特別にスルーしてやろう!」

「誉めてやってるんだからこちらの用件を」

「おま…」

俺の発言に何か言いたそうな顔をしているトウヤを俺は睨みで押さえつけた。

「じゃあ言わせて貰うが…お前、今渋い顔しながら表情筋めっちゃ上がってるんだぞ?つまり俺をキモイと言うならばそれは貴様も同然なんだぜ?譲土!」

「はいはい、そうですか。誉めてくれてありがとう」

「あぁ、何度でも誉めてやろう…貴様はキモイとなぁ!」

勝ち誇った顔をしているのがはっきりと分かる。これ以上こいつの妙で気持ち悪くてアホが移りそうなテンションが続くと手が付けられないので、ここは俺が折れることにした。

「それでここからは聞いて貰いたいことがあってな。俺の日常に訪れた異変について…」

「顔洗いが先だぞ?そのままだと極めて、凄く、キモイからな」

テンションの空回りのせいかオブラートに包むべき発言をさらりと吐く。

「はよ行って来い!」

キチガイじみた行動は止まらず何がしたいのが背中を平手打ちをしてきやがる同士の皮をかぶったくそガキ…、仕方ないので後で丁寧に蹂躙してあげようと思う。



……しばらくして俺はまた自分の席へと腰を落とす。冷水はやはりキツいが目もほどよく覚めた。

「どうだ?朝一の冷水は」

「目が覚めた…冷たかった…。そして本当にキモイ顔をしていた。それ以外には何もない」

他に何かあるとするならそれはお前への殺意だけだ。

「まぁ、聞いてやるよ譲土の話」

俺の目と鼻の先にあるこの上から目線な顔を
へし折ってやりたいものだ。

「率直に言うぞ?」

「どんと来い!」

「二次元を見た」

「……まぁ、それは二次オタのお前なら生活の一部だろうからな」

なんの疑問もないよと顔が全力主張してくる。まったく、少しは俺の話を信じてほしい。

「現実に二次元が存在したんだよ?!」

「精神科ならあっちだぞ?ほらあっち」

「そうじゃねぇよ!冗談は抜きだ。この目を見ろ!本気が伝わるだろ?」

目に力を込めてトウヤを見つめる。

「目のクマが太い」

「今はそこに触れるな」

「直感だから確証はないが、本気で言っている気がしなくもない…」

信じてはいなそうだか状況の理解は一応してくれた。恐らくそれ以上のことは何も分かってはいないと思うが。
絶対夢じゃない。
それだけは間違えようもない真実だ。
一気に言いたいことを言い終えたからか、俺は睡魔に抗うことなく夢に入り込もうとした。……それで終われば良かったのにな。その眠りを妨げるように朝のHRは始まった。

「突然だが、転校生を紹介する。来てくれ」

「……………」

何の順序もなく第一声がそれかよ……。当然驚きはしたが、うちのクラスの担任は天然と書いてバカと読む人、こんなことは日常茶飯事だ。そんなことで俺を起こせると思うなよ?つかの間に襲いかかる睡魔様のKO勝ちだ。

雑音が聞こえる。転校生の足音だろうか。ヤジも聞こえる。
そこまで理解するとまぶたは静かにゆったりと落ちていく。微かに見えた転校生の面をかき消し勢いそのままに幕を閉じた。
(二次元だったら絶対飛ばしてはいけない王道イベントなんだけどな)
寝言は寝て言えとはこのことなのだろうか。睡眠不足が災いを起こすことなどオタクをしていれば珍しいことでもない。
次にまぶたを開いた頃には授業が始まっていた。

「何時間目?」

「2時間目だよ、先生のボイコットは一人でするものじゃないぞ、知ってるか?ボッチ」

『殺してやろうか…』俺は蘇る殺意によって眠気をかき消した。有り難いことなのかは分からないが、一応感謝だけはしてやることにした。

「悪くない眠りだった」

黒板を細目に眺めながら一言呟く。本当に一日は早くて遅い…何気ない日常会話とご年配な先生の眠くなる話も終われば一瞬のように感じる。今日もそのうちの〈一日〉であることに変わりはない。

「トウヤよ……何故こんなにも時間が進むの早くて遅いんだ?」

「それは分からんついでに何言ってるのかすら分からん。しかし譲土…早く感じるのはそれはお友達が少数精鋭だからだよ」

「だろうな」

改めて友達の少なさを体感した。



……どれだけ時間が経っただろうか…気づけばこの教室には俺と……。

「誰だ?」

そこにはまったく身に覚えのない黒髪ロングの眼鏡っ子がいた。確かに眼鏡越しでも顔立ちは整っているように見える。それに体には豊満な二つの実がキレイに実っていた。だが、なんにせよ。

《地味すぎる》

そう!地味なんだ。眼鏡の印象が強すぎるせいか相対的に見て整っている顔は〈眼鏡〉で帳消しとなっている。

でも…、気のせいか、結論にも確証にも至らない考えが浮かんだ。


「初めましてではないと思うけどな」

そう呟く姿は確かに見覚えがあった。

「転校生?」

朝のミジンコ程度の記憶から絞って出した答えはこれだけだった。朝の俺の記憶からは転校生が来た!の一つのみしか出てこなかったからだ。

「半分は正解」

和やかな笑顔で俺の質問に解を出した。

「多分それ人違いです?」

「なぜ疑問形?」

彼女は俺に詰め寄った。口に手を当て自然体で胸を強調、その上軽いツッコミを入れて貰えるほどの話せる女などほぼ存在しないはずだ…。本当に分からない…のに思い出せそうなのがもどかしい!
でもそうなるということは恐らく真実。

「正解は人違いだ!」

しかし、俺は第一に考えることをやめた。〈人違い〉そう勝手に解釈すると、頭の中を埋め尽くす数々の嫁や娘が出迎えてくれる自宅に的を絞り、支度を済ませる。この場からはとにかく離れるべきだ。

「じゃあ、私が貴方のお父さんの名前を当てられたら思い出せる?」

「親父?あーうん。なるほどね」

そうかそうか、親父の名前を知っているか……。これは決まったな。

「完全に理解した?」

「理解したよ。名もしらぬ少女。お久しぶりです」

「白々しいの極みだね」

「ふてぶてしいの極みとも言われております」

「だよねー。今諦めて帰ろうとしたもんね」

つんと突き放すようにそっぽを向く。完全に見透かされている。あんなに濃い出来事であったにも関わらず何故忘れてしまったのか。

「本当なら覚えているはずなんだがな、あんなこと滅多に起きないはずなのに」

「会って話すのは三回目なのにさぁ、忘れるって相当だよね」

「三回目とはこれ如何に。二回だけじゃないのか?これを含めても」

俺がとうとう壊れ始めたのか、彼女が幻想を見ているのか、どちらにせよ答えは二つに一つ。どちらかが正しく、どちらかが正しくない。

「メガネが無ければ分かるかな」

「なんだ?」

別に普通に帰っておけば良かったのにそうは出来なかった。ゆっくりと茶色く縁取られた丸眼鏡を外すと、そこに浮かんだ風景。風が肌を撫でると同時に頭は真っ白になった。いつの間にか目を奪われたその先には確かに見覚えがある。まるで幻影のような、核心をつかないどこか現実感がない空気。だがやはり目に映る物は焼き付いて離れず、これが現実であると物語る。

「嘘だろ?」

額の汗、手にかいた汗。その全てが蒸発するかのような高揚感と、共に喉から一言絞りでできた言葉。嘘であると解釈する以外に正解が見つからなかったのだ。しかしこれもまた真実。なぜならこの世界は真実以外を移さぬ純純たる鏡なのだから。

「三回目とはこれ如何に。だっけ。今なら分かるのでは?」

平然としたその態度には、どこかきれいに輝く物がある。きっとそれに驚き、そして少し嬉しく思うのだ。

「まさかあの時の姫様でしたか。忘れませんよ。あの光景は」

「忘れてたじゃん。白々しいが極まりすぎ」

「ふてぶてしいも……」

「うん、知ってる。よく知ってるよ」

いやはや困ったものだ。あの時のチンピラに絡まれていた少女が眼鏡ひとつでこんなに……属性最強の座まで待ったなしだな。
いくら目を凝らしても俺の中の驚きの感情とは仲良くなれない。

「むしろそこまで驚かれるとなー、それに朝から二次オタバレバレだったよ?そこらへん自重しようよ信厳君」

「あほか、それは俺の親父だ。俺は何世紀も置き去りにされた名前を授かった覚えはない!」

「仕返しだよ、譲土君」

説教たらしく俺に話しかけてきたかと思えば名前が置いてかれ、その後は俺の名前を……

「あれ、何で俺の名前なんか知ってるんだ?自慢ではないが学年で見ても俺なんか金魚の糞みたいなキャラの薄さかと思うんだがなぁ」

自分の学園での立ち位置など重々承知していた。むしろそんな自分に誇りさえある。俺を知ってくれてることに萌えたとか、けしてそんなことは…なくはないがな。

「いやー、なにせこの学校入ってきて譲土君のこと聞かない方が凄いよ。寝言で性癖がどう~とか喋ってた時点で察しがついたけどさ、聞いたよ?朝の朝礼でアニソンを流そうとして叱られたとかいう聞くからにアホすぎる話を」

えっ?何それ初耳!俺そんなこと言われてんの?あっ、やべっ!死にたい!!

「あれはもう忘れた方が良い。いや、忘れてくれ」

それだけは話すなと目で訴えかけた。

「まぁいいよ。思い出させられただけで満足。しいて言うなら助けてくれたお礼もしてないのに勝手にお父さんの名前だけよこして消えるし、また会えたと思えばキョドって目を合わせないし……」

満足したと言い放った後の尾びれの長さよ……。それでも悪いのは俺だ。全般的に。

「もう完全に思い出したよ、電車のホーム出会ったとき、入学すらしてないのにあんなところで制服でいたことも」

「いや、そうだったけなぁ……。まだ完全に思い出せてないんじゃない?」

「いや、俺の記憶だとがっつりこの学校のトレードマークである赤い襟が、あぁそう言えばうちの学校の制服って可愛いって結構聞くしなぁ……。これはコスなんちゃらというやつでは……?」

「いやはや、ふぅ。とりあえず遅くなるのも嫌だから先帰るね?」

疑念の目を向けると目はマグロ顔負けに泳いでいた。それこそ止まったら色んな意味で死にそうな。
あやつ、確信犯だな?さらに強い目を向けるとそそくさと帰っていった。しかしなんだろうか。この二人の女の子と交互に話していたかのような感覚。今となってはどっちも同じ少女であることも普通にわかる。ややこしいのは

《眼鏡ないと別人じゃねぇか……!》

この一点に尽きる。なんてこった!俺の目の前に現れた美少女。名前は分からんが明らかに人知を超えている。眼鏡ってあんなに人を変える道具だったかな?
眼鏡を取る瞬間だけ時空をゆがめているとか……か?いや、それはあり得ない。
だからこそ俺は一つの結論に至った。眼鏡っ子は至高なのだと。
そして何故だか高ぶっている高揚感が何なのかを知っている。幸か不幸か思い出してしまった過去に一度だけ感じたことのある感覚。決まって一つの時にしか現れない感情である。
創作意欲を駆り立て、夢を見せてくれる。作りたかった、けど作れなかったあの時を思い出すように、過去にとらわれることを許してくれるように……。
そう。
アニメを作ること。ゲームを作ること。そして《自分のシナリオで叶えて見せること》
その物語を紡ぎたい。たった一つの願いだった。



それから一夜も明けずに行動した。

俺は形から入る男。まず意気込んだからには連絡しなきゃいけない人がいる。正直かなり無理があるけどな。これで上手くいくとするならば俺は環境に恵まれすぎている。まぁ実際には恵まれていなくはないのだが……。ぼやきつつ電話をかけた。

「あー、もしもし?お、俺だよ」

少し緊張しつつ話してみる。

「どなたですか?」

とても可愛い声がしたが、その第一声は俺の心をえぐった。

「うわっ!いきなり赤の他人ムーブするのやめて貰える?スニア様!」

こいつはスニア・ラフィス。俺の幼なじみ(年下)にして、プロ級の腕前を持つ豪語しているラノベ作家。身長が小さいことが特徴として取り上げられ、栗色の髪は柔らかく艶やか。一見お高めにとまっているが実は大して敷居は高くない。髪型がショートな上に身長が小さいため中学生程度に見られやすいがしっかりと高校生である。
補足:なろう作家

「まぁ、せっかく電話かけてきたんだし?一分間だけ聞いてあげるわ」

わードギツイ!!

「それってもはや聞くとは言わなくない?!つか、それじゃ会話にもなんねぇよ!!」

あまりにもぶっ飛びすぎててツッコんでしまったわ。…こんなんで果たして俺は用件を話せるのだろうか…。

「やかましいなぁ。まぁ用件はくだらないということだけ把握できたわ」

ため息まじりに小馬鹿にする声が聞こえた。

「ふっ、くだらないかどうかは聞いてみないとわかんないぞ??」

「くだらん」

「まだなんも言ってねぇよ!話聞いてくださいお願いします!」

話が進まない!が、引き下がるわけにもいかない。ここは必死で食い下がるべきだ。

「はいはい、速くどうぞ」

どこまでも高飛車な野郎だな!いくらお前が可愛くてもこの社会では生きてけんぞ!

「まぁ、よくぞ聞いてくれた。ズバリ俺はだな、アニメが創りたいんだ!」

「なぜ?」

「希望が見えたからだ!」

「だから、なぜ??」

「二次元並みの可愛い超級美少女!と言っても眼鏡を外したときに限るが…に会って萌えて、俺の心を動かしたからです」

「却下」

はやっ!聞く耳なしというか、聞く気もないというか、この即決は心にくるな。

「なにがいやなのさ?!俺は夢を叶えたいだけなんだ!それ以上は望まない」

思いの丈を全てぶつけた。

「は?なら、なぜ嫌か教えてあげるわ」

ほぅ、

「一、私のメリットがない」

ぐっ!

「二、聞くからにつまらないし無謀すぎ」

グホッ!

「三、そもそも、理由が意味不明」

Oh,Jesus!!!

「出直してこい」

…………………

あまりにも正論すぎるスニアの言葉を素直に受け止め、素直にちょっと落ち込んだ。しかし、ここで終わることはないということを自分自身が一番知っていた。

「なんとも正直な感想ありがとう。だが…俺は諦めていない!お前の気持ちなど知るか!でも、お前が必要だ!協力してくれないなら明日も…明後日もこうして電話かけてやるから覚悟しておけ!!」

「あーじゃあ最後に一つ。あの時のリベンジだとするならやめてよね。思い上がらないで」

「いや、あの時のリベンジだ。紛れもなく。だからこそやることに意味がある。少なくとも俺はそう思ってる」

「そうね」

通話は俺が切る間もなくスニアの方から切られた。あの時のリベンジ。この言葉には俺の思いの丈だすべて詰まっている。


……さて、どうしたものか。別に諦めようというわけではないのは確かだ。むしろ逆だ。だが、ここからが大事。なにせアニメ、ゲームとはキャラに《色がつき》《ヌルヌル動き》そして、何よりもキャラに声という名の《生命が吹き込まれる》これこそ醍醐味なのだよ。別にその心当たりがいない訳ではない。ただちょっと話しづらいだけで…

「突然申し訳ないです。時間空いてますか?」

まずは、礼儀正しく、俺にとってこの通話相手はかなり目上の存在だからだ。

「ちょっと今無理があるかもしれないです…」

申し訳なさそうに返答が返ってきた。

「…そうですか、ならまた後でかけ直しますよ!」

まぁ、仕方ない。オタクにとっては目上の人。相手は今売れに売れている期待の新人声優《青羽ゆう》既にメインヒロインの座を今年だけで3つ手にしているその人なのだから!実を言うと従妹な訳だが、歳は3年離れていて中学生。透き通る銀色の髪はお父さんの血を受け継いでいる。髪は肩より少し長いくらいだがいつもは小さくポニーテールで纏めている。

「待って、少し時間があるから用件のみ話してみて下さい」

用件のみパターンはヤバい。デジャヴにならんといいのだが。

「実はアニメが創りたくてですね……あっ、これは本気です!」

できるだけ熱意のある言い方で話してみたが…どうだろうか…。

「具体的な構想は浮かんでいたりするのでしょうか?モチロンのことオリジナルなら、ですが」

お、これはワンチャンスあるのでは?

「それはもちろん超絶萌えて、泣いての最強シナリオだよ!」

これは押し切れた、そんな感じがした。

「無理です!」

えっ、あっ、詰んだ。ゆうに関しては仕事の多忙さがあってか、無理強いはできない。もはや、詰み?いや、それでもここは傲慢に行くべきか……!!

「そろそろトイレが限界です!」

「それは先に言え!」


   ~トイレを待つこと10分弱~


いよいよ再確認の時だ。

「で、本当に無茶で傲慢で無神経って分かってるけど、本気であることには間違いないんだ」

自分のことばかり考えている自己満作品であることは違いない、でも、それでも……!

「無神経だと自分で思っているならこんな無茶ぶりしないでくださいよ。…まぁ場合によっては、ですけど別にかまいませんよ?ゆず君の作品好きですし」

「具体的にどこが?」

「あほくさくて面白いところです」

(誉め言葉とは……)
実のところ昔から趣味で書いていた小説をゆうには見せている。
確か俺が小6だった頃に見せた時も、感想はニコニコしながら「あほらしい」の一点張りだったような……いや気にしないほうがいい!気にしてしまうとそれで喜んでたゆずと少年が滑稽に見えてくる……。それでも、純粋に嬉しくもある。自分の書いた物語が褒められるって悪くないもんだなって。

「じゃあOKってことなんだな!!よし、これで何とか…」

気持ちはとても高ぶっていた。こんなに上手くいくと思ってはいなかったからその反動だろう。

「そうは言ってません。ゆず君の書く作品は好きです。でも、今回については信用してるわけではないんです。スニアさんもそう言っていたのではないでしょうか。だから、答えは出せません」

「確かに言ってたよ……」

その言葉は俺には深く重い。が、それと同時に希望は見えた。もうプロの声優であるゆうには子どものおままごとにしか見えないのかもしれない。そう、つまりは、

「最高のシナリオを考えてこい!そういうことだな?」

「んー、なんか言い回しキモいです…」

「最高のシナリオを書けということですよね!」

「話が速くて助かります。楽しみにしてます!必ず私を信用させて、あなたの進む道へ引きずり込んでくださいね?」

キモイと言われつつも期待されている。そう思うと胸が熱くなり、どこからか沸いてくる気持ちが創作意欲を駆り立てる。

「あぁ、やるとも。俺の夢をお前の夢にしてやる!!だから期待しまくっててくれてかまわないぜ!」

「セリフ回しがキm……」

今のちょっと臭い言葉を指摘される前に会話を切った。
俺は膨らんでくる感情を抑え、自分のすべきことへと足を運んだ。





「なんなのよ、これ」

今日は5月上旬、時は放課後。まだ舞い落ちる桜からは甘い春風の匂いが……しているのが普通なのだろう。理由は単純明快、無人の教室で正座を強要してくる少女が一人。これでは甘い春風も無臭に等しい。
ここまでが順調すぎたのだ。あまりにも素晴らしいほどに、順調すぎていたのだ。

「なにこれ?3歳児の日記帳?」

「17歳児の企画書です…」

「なんだあんたの弟の日記帳かと思ったわ」

「俺に弟はいない!」

「じゃあ、自慢の娘さんかしらね」

「俺の娘はもっと優秀だ!」

「あっそ」

「自分の娘に負けてますが?先輩」

現実は優しくない上に全然容赦ない…。どうやら俺の文章能力は幼児退行してしまったらしい。

「それについては同意です。つまらない上にただの自慰行為作品ですね、正直キモいですよこの日記」

「いえ、これはプレゼンの…」

「日記帳です」

「はい!そうです」

ゆうの威圧感で俺を言いくるめた。メンタルは既にあらぬ方向にへし折れている。

「なにがいけないんだ?正直我なりに力作なのだが」

『それが問題なんだよ!』

最後は息を合わせとどめを刺しに来た。先ほどとはまるで違う。


遡ること30分前



「何度言ったら分かるのよ!こいつと一緒に作品なんか創りたくないの!」

目をつり上げ凄い剣幕で怒鳴りつけたのは、スニアだった。

「私もです。参加すかは別だとしても、何度も話した通りこんな人とは組みたくありません!!」

珍しく怒りをあらわにするユウに少しビクッとした。

「始まらないと分からないだろ?なにがご不満ですか?ご所望は何ですが?」

ここまでの喧嘩に発展するなんて考えてもいなかった俺は、始まる前から少し危機感を覚えた。

「私は、この女が声優だからというだけでメインヒロイン面をされるのが嫌なだけよ。」

不機嫌でへの字に曲がった口から本音がこぼれた。

「だったら、そっちだって、売れてもいないのになんで小説家なんて名乗ってるんですか?あっ、そっか!売れてないから分かりませんよね?」

これまたいつものゆうとは違う喧嘩腰の態度。そのあおり口調には〈不満〉の二文字が映し出されていた。そんな喧嘩の最中……!バキッと鉛筆らしき物が砕け散る音がする。

「あんたねぇ、私だって先月は数十万部売れてるわ!!下手くそ声優のくせに…金しか見てない汚い成金ビッチのくせに!!」

こりゃあ、ガチギレだ。顔には分かりやすく怒りマーク、そして半泣き。言葉の引き出しは小説書いてて多いはずなのに語彙力が無い。自分が年上であることを忘れていた。

「言わせておけば……虚言もそろそろ聞き飽きました、というか世間から認められてすらいないくそ雑魚ラノベ作家もどきが私に何か口出ししてもいいとでも?数十万とかいう曖昧な数字使う時点で、醜さが露呈しておりますよ」

忘れていたがゆうもなかなか口が悪い。そして半泣き。そりゃあ怒るに決まっているが、ここまでヒートアップするなんて、まず聞いていない話だ。




「あーもう!お前らの言いたいことは分かっただが、始まる前から否定的になるな。俺のシナリオを見てくれ!それでからでも遅くはない!な?」

暴言残念娘の二人。そんな二人を命の危険を顧みず救った俺は正に英雄。
なんて完璧なディレクターなんだ俺は……。



「ちょっと、過去を後悔してんじゃないわよ。事実は譲土の脚本が…クソ!それだけよ。」

鋭く睨みつけてくるスニアは分かりやすく〈クソ〉を誇張してきた。まぁいい、俺は寛大な心を持つ善の塊。少し毒ついたロリっ子に何を言われようと気になどしない。

「とにかくその箇所を教えてくれよ」

「全て」

「…そんなに酷いっすか?」

「酷い」

「あの…一言で返すの止めてもらえます?」

「無理」

「分かりやすく面倒くさがらないでください!」

「分かった。ボロクソに言うわ」

「そこは頼んでない!」

疲れ果てた俺を横目にスニアはけだるそうに立ち上がる。

「じゃあ最初に言ったじ、自慰行為作品の意味だけど、まずここ」

自分の発言に少し恥じらい声を詰まらせている。
(恥ずかしいなら言わなきゃ良いのに……)
そこは俺の優しさでスルーした。
スニアは脚本の内容の一文を指さした。そのシーンは俺の大好きな〈萌え要素〉要するに妄想が詰められている訳だ。

「こんな譲土の妄想が本当にうまくいくとでも思ってんの?正直な話、こんな脚本じゃ私達がなめられてるとしか思えない。それにこの作品を視聴者に届ける!その意思がまったく感じられない駄作ね」

冷たくあしらわれると思いきや、意思が込められた鋭い言葉だった。

「独りよがりはもういらないわ。それともまた失敗するのかしら。巻き込むだけならただの迷惑千万よ。強がりで成功へたどり着けるほど世の中ってイージーモードだったかしらね」

「そうか…」

スニアが最後に吐き捨てた言葉。普段は高飛車でとげとげしいスニアも仕事となるとそこにいつものスニアの面影は無く、いるのは一人の小説家。だからこそ全くその通りだ。この脚本はただの独りよがりのくそ作品だったのだろう。

「次、ゆう、お願い」

今の俺にはさっきまでの威勢はない。そりゃここまでボコスコに叩かれたらな!!
しかし、それが真実…、これで完成なんて馬鹿馬鹿しいという事実…、だから今は素直に受け止めたい。今なら名だって受け止められる。

「今、スニア先輩が言ったことともう一つ、この作品には足りない要素がある。それは、3人のヒロインの中で一人だけしか輝けていないことです。これでは最初から展開が丸見え、他のヒロインの価値を見いだせていない。そういう所です」

真剣な顔をしている。確かな正論を突きつけられたのも理解している。だからポジティブに考えた方がいいだろう。
業界に触れてきた二人の意見を聞けるのは有り難い、むしろ一人のオタクとしてはご褒美なんだよ。

「まさか、諦めるなんて言うんじゃないですよね?」

「それは安心しろ。並の人間よりはキモイし、諦めが悪い」

「まぁ、こんな落書きまがいを作るような奴に次があるならね?今のところは過去をただなぞっているだけよ?」

スニアも同調するように鼻で笑っている。

「当たり前だろ?こんなところで終わるわけがない!最高で最強の俺の夢をお前らまとめて引きずり込んで、そんでもって…オーディエンスをガチ萌え、ぼろ泣きさせてやる!!」

「自己陶酔はしないでください」

「しかもオーディエンスって…普通に視聴者って言えよ痛々しい…」

流石に今のは痛かったなと思うと少し恥ずかしくなってくる。

「まぁ、まだ一緒に創ってやるなんて言ってないけどね」

ちょっと意地悪に笑うスニア。

「そうですね。譲土先輩の脚本と、スニア先輩の脚本アシスタント次第ですかね」

「何で私までそこに数えられるのよ!!」

笑顔で走り去るゆうを必死に追いかけるスニア。身長差からして親子…とまではいかないが、姉妹らしさがある。
(まぁ、本人達の前では言えないが)
仲が悪いとかそんな感覚はまったくしなかった。ようやくスタートしたと思われる俺達の物語も悪い方向にはいかなそうだ。

「呼んでおいてこんなに待たせるかな?普通」

ふと見知った声がする。俺が校門を通過してすぐ右隣に彼女はいた。

「おぉ、面目ない。だが忘れてはいないぞ?過去とは違う未来のために、なんたってこの作品はお前がいないと始まらないのだからな。」

そう一言だけ言い残し返ろうとした刹那。

「どういうことよ!」

「どいうことですか!?」

返ったはずの二人はなぜが俺の前で鼓膜を破る勢い+鬼の形相をしていた。

「譲土君、これはまずくないかな?そのタイミングでそれはあまりにも危険だよね。うん」

訳の分からん話をするこの子は後で説明するとしよう。


~近くのファミレスにて~


「さぁ、これはどういうことかしら?話せば楽になるのよ?、譲土?!」

スニアは即座に問いただす。今、俺達は学校を出てしばらくしたところにあるアウトレットモールのファミレスにいるはず…なのだが、俺達の周囲だけは空気が違った。

「説明しろと言われてもだな…」

今この状況は危ない。周りから見れば男一人に女三人のリア充。両手に花!といったところだろう。が、しかしそんな生温い状況ではない。

「さすがに私も動揺してるんです。思わずブチ殺すところでしたよ」

「これが俗に言うヤンデレですか」

「いえ、ただの殺意です」

「素直なのはいいことだ」

「はい。私いい子なので」

殺意については言及しないが目を見ると案外冗談ではないかもと思ってしまう。

「とりあえず自己紹介からの方が良いんじゃないかな?なんか私に向けられる視線が怖すぎるので…」

俺に速く状況を打破しろとの伝言らしい。顔が必死だ。

「分かった。だがそれより先に一つ言わせてくれ」

「場合によっては殺す」

「なんだよ場合って」

「『息をする』とか?」

「それ確実にぶっ殺されるよ!」

スニアからの理不尽な殺害予告もギリギリ回避して改めて聞いた。

「……この配置は何なんだ?」

「何か問題あるんですか?」

「問題あるから言ってるんだ」

「というとこの席配置のことですか?先輩」

「それしかないぞ?後輩」

そう。、俺の言いたいこととは席配置のこと。俺達はテーブルをはさんで向かい合うファミレス席にいる。ここまではいい。
本当に問題なのは……

「なんで俺だけお子様席なんだよ!」

「悪いわね、この席は三人用なのよ」

「どう見ても右側は座れるだろ!」

説明すると、俺から見て左に三人共座っている。つまりは右は無人だ。

「荷物置き場です」

「苦しい言い訳だなおい!」

「苦しかったですか?」

「言い訳って認めちゃったように俺には聞こえたが?」

「周りの人に迷惑だよ譲土君」

「俺が悪いのかよ!」

徹底してツッコミに回った俺は乾いたのどに水を勢い良く注ぎ込んだ。しばらく休憩した後、俺は再び話し始めることにした。

「……で?俺が自己紹介すればいいのか?」

「「お前じゃねぇよ」」

ボソっと愚痴が聞こえてくる。しかもこの二人ばっちりハモりやがった!誤魔化せば上手くいくなんてそんな甘くないよな…。

「えー、この子は眼鏡取るとものすんごい猪苗代和香(いなわしろのどか)。ここからの説明は本人がするそうです」

「あれ~譲土君?」

「本当にすいません!」

何してくれてんの?ってな感じでこちらを凝視してくる和香。俺はテーブルの下で踏みつけてくる足の主に謝罪しながら静かに耐えた。

そう小声で説明すると一つため息をついて、

「私は和香です。えーっと、訳あって譲土君に頼まれごとをされてます」

言い切った顔をしているが、そんな意味深な言い方されたら…

「それってどういう意味なんですか!!」

ほら、やっぱり言われた。ゆうはかなりご立腹そうだ。だがスニアは理解しているように平然とした態度をとっている。

「どうせ、この作品に関わってるんでしょ?この〈くずと〉がしゃべれる女子ならそんなところでしょ?」

珈琲にミルクそ注ぎ入れ、ゆっくりとかき混ぜながらため息をつく。話を分かってくれるのはいいが、改名だけは避けたい。

「そんなことはもう分かってます。一番大事なのはこの作品にどういう形で参加してるのか、ですよ?スニア先輩は話の邪魔なのでちょっと珈琲でも飲んどいて下さい」

「そ、そうね…私コーヒーダイスキだし?」

また喧嘩になるかと思ったが、あまりにも美しく論破されたからかコーヒーダイスキアピールをするとにらみつけながら、また珈琲に手をつけた。
珈琲の入ったカップは握る圧力で鈍い音をたてていた。それだけではなく、俺が女としゃべれるのはオタクの土俵の中だけみたいな意味が含まれてるこの発言。俺じゃなかったら見逃してしまうところだ。

「そういうことか…ならば言わせてもらおう。この子は…、猪苗代和香はそう!!今作品のヒロインを演じてもらうその一人です!」

やっと本題に入ったと安堵した。

「ヒロインか……」

「あぁ、ヒロインだ」


『ヒロイン??』

度肝を抜かれた顔をするスニアとゆう。その瞬間に沈黙が広がった。

「この子が?嘘でしょ?」

「そう驚くな」

「どういう経緯でこの子が参加しているのかも分からないのに、いきなりヒロインとか言われたら驚くわよ!」

そんな空気の中、沈黙を破るように話し始めたのはスニアだった。

「それに関しては私も同感です!詳しく、すっごく詳しく教えて下さい!!」

スニアに続いて口を開いたのはユウだった。

「えー、面倒くさい」

「殺すわよ?」

「すいません、話します」

そんな会話を挟んでからしぶしぶ説明を始めた。

「それは二日前の放課後で…」


~二日前の放課後にて~


「ヒロイン?」

誰もいない静かな教室に少女の声は甲高く響いた。

「そう!ヒロインだ!内容は簡単。俺の作る最強のシナリオのヒロインになってほしい。別に無理はしなくていい。毎日放課後残って活動したり、休日俺の家に集まって活動したりするだけだ!簡単だろ?」

いくら相手が二次元級の美少女だからってきょどってはいられない。それに今は眼鏡をかけている…
これは自分の夢だ。それには彼女が必要不可欠。今まで数年間暖めていたこの思いが花開くときは今なんだ!

「なんかね、思うんだよね。自分の作品を最強って言うところが痛いし、毎日放課後残るとか、休日みんなで活動とか、全然私のプライベートないじゃん。」

正論という名の刃物の前に俺は胸を貫かれた。でもこの程度で立ち止まる俺ではない!

「ものは試しという言葉をしっているかね?」

そう一つ説いた。

「それくらい知ってるよ。なにがいいたいのかな、オタクの譲土君…?」

少し怒り気味に返答をいただいた。

「つまりは観てみなきゃわかんないだろ?アニメ!やってみなきゃわからないだろ?ゲーム!今日は土曜日。本当なら休みだったこの日の振り返り代休が月曜日にあるだろう?」

どこまでも食い下がって食らいつく。まるで必死にくっつく金魚の糞のようにな!

「なんか悪寒がするよ」

一言呟き帰ろうとする和香の腕を咄嗟につかんでしまった。

「え…?私は帰りたいんだけど」

「明日家に来てくれ。俺が痛いってほど教えてやる」

俺はかつてないほどの緊張の中一言呟いた。

「何を?」

和香はこわばった顔のままこちらを見つめている。

「アオタクである楽しさと喜びを!!!」

高らかにそう叫ぶと俺はガッポーズを決めた。

「オタクキモ、死ね」

先ほどまでこわばっていた頬は元に戻り冷酷な顔で一言告げた。

「なんでいきなり暴言?!しかもかなりナチュラル……」

なにが起きたのかまったく分からなかった。いきなりの死刑宣告は凄まじかった。

「もう私は帰るね」

なにが悪いのか機嫌は直らず教室を出て行くのどか。

「明日の10時、木造駅の前で待ってるから、お願いします!家からの通話でもいいんで!」

最後まで聞いていたか分からんが廊下にその姿はなかった。そしてふと思ってしまった。

「いい匂いするんだな女子って…」

圧倒的なキモさを打ち消すように俺は笑い飛ばした。


~日曜日木造駅前にて~


「やべっ、九時半回ってんじゃん。徹夜すると時間の感覚狂うからキツイ!」

時間を横目に軽い身支度をする。まぁ、昨日の反応からしているわけなどないけど…。まぁ、〈もしかしたら〉というものはいつ起きるか分からない…。そんなことをぶつぶつと考えているうちに目的地へ到着した。

「やはり、いないか…」

分かってはいたんだよ…、期待などしてないからな!むしろいてくれたとするなら心が寛大すぎる。
ふと今まで下ってきたちょっとした下り坂を見ると余計に気分が萎えてくる。

「無視はあまり関心できないかな」

聞こえてきた声の主を見つめる。

「なんでいるの!?亡霊…いや、この世の物ではない可能性にもかける」

まずは疑う姿勢で〈それ〉に話しかける。

「自分から誘っといてそれはないんじゃないかな?礼儀をわきまえるべきだよ譲土君」

可愛らしく怒る和香。自然な流れで説教タイムに突入した。

「しかも、自分から誘いつつ12分遅刻。さすがオタクだね」

「どんな偏見だよ!!」

「事実だよ」

「すんません」

俺のツッコミも冷静に対処され素直に謝った。

「いや、昨日あんなに怒らせちゃったからさ。来るわけがないと思うじゃん?なのにいるじゃん?つまりそういうことです」

「言い訳無用」

少し怒ってそっぽを向く姿も萌え要素なのだが

「眼鏡かけてるとやはりかなり別人だな。中身が変わった訳ではないのは分かるが、なにか違和感が拭えないんだよな」

不思議なこの感覚がなにか分からなかった。

「まぁ、伊達メガネだけどね」

たわいのない会話をしながら緩やかな坂を一歩一歩登っていく。汗をかくにはまだ早い季節だが、多少なりとも体はほてっていた。

「今日はコスプレしなくていいのか?」

「そういう余計なことばかり覚えてると女性に嫌われるよ?」

「女性に嫌われることに慣れている場合はどうすればいい?」

「自決」

「対価の重さがオーバーしちゃってる気がするのは俺だけだろうか」

「女性からしてみたらこの間のチンピラに百円ショップのやけに売れ残ってる微妙なパーティーグッズを対価とするくらい均等だよ」

「なるほど確かに絶妙なバランス感覚だな」

どうやらよほど介入されたくない話題らしい。そっとしておかないとまた言い得て妙な発言で丸め込まれそうだ。
まぁ仕方ないと次話題をふった。

「ていうか、凄いよなお前って」

「何で?」

なにが?と首をかしげ答えをとう。

「いや、普通会ってすぐのオタクに家に招かれてのこのこと来るものなのか?誘ってきたやつが何言うんだよとは思うけど」

「全くだよ。私も今誘ってきたやつが何言うんだよ死ねとは思ったから」

「別にそこまでは言ってないんだが。とはいえ言われてのこのこ来なくても通話とかでも」

「だってオタクじゃん!」

「オタクならいいのかよ!オタク信じすぎでしょ!!何かされる可能性だってあるのに?」

お前が言うなにも程がありすぎて心が痛いがこれでは危険すぎる。

「オタクは人間とは違うとか?」

「全世界のオタクに詫びろ」

「でも、襲わないじゃん。所詮は譲土君だもの」

「別に襲わないけれどもさ、それはそれで危機感のなさ過ぎな気がするんだよなぁ。言っとくが眼鏡有り無しじゃお前の雰囲気は一変するんだ」

眼鏡外すととんでもない萌えキャラのくせして危機感薄いとか絶対危険だろ!心の中で何回かの押し問答を繰り返した。

「別に他の人だったらついてかないよ。譲土君だからだよ」

こちらを向いて少しニヤついた笑顔をしている。その言葉をどう解釈していいか迷ったが、さすがにドキッとした。

「だってヘタレのキモオタだしね!」

「前言撤回!!!」

意外にも話しながら歩いていると速く自宅に着いてしまった。

「ここが俺の家です」

簡単な説明を済ませた。そしてそそくさと家の鍵を開けると。

「お邪魔しまーす」

なんの躊躇いもなく入っていった。ビッチなの?もしかしてビッチだったの?!!むしろこれが普通なの?怖い!三次元怖すぎだよ!

「なにしてるの?私は速く部屋を案内してほしいのだけれど」

何事だろうか…「速くして」とせかしてくるこの状況は間違っている!…のか?くそっ分からん。

「気持ち切り替えていくか……」

驚かない…。これ以上反応してたら過呼吸で死ぬ!俺は言われるがままに家を案内した。

「ここが俺の部屋だ。少し汚いけど気にしないでくれ」

部屋の説明も簡潔に済ませた。

「ホントに汚いね」

なんの遠慮もなくサラッと暴言を吐くと、なんの躊躇いもなく床に腰を下ろした。さすがに口を開かずにはいられなかった。

「ちょっと説教タイム。さすがにヤバいだろ?!」

当の本人はなんのことか分からなそうにしてるのが怖い。

「なにかな?」

凄い他人事みたいな口調だった。ほら、みたことか!分かっていない。

「あのさー!ここは男の子の部屋だぞ!割と本当に男の子はオオカミさんなんだからな!」

「私は譲土君を信じてる」

こちらを向き済んだ瞳で覗いてくるが…重い!ひじょーに重い!

「まぁ、しないからいいんだけどさ」

ぶつぶつと文句を言いながら俺は一つのDVDに手をつけた。

「ここに来た理由は分かっているな?」

少し高揚している気持ちのせいか少し偉ぶり質問した。

「アニメを見るんだっけ?」

ちょっと引いてることに気づきながらも、そこはスルーし続けた。

「そう!その通り!!この作品を今日お前に観てもらう」

そういうと俺は作品を高々と振り上げた。

「残念少女に蓋をしろという作品だ!!」

そして大げさにディスクを挿入した。

「なにそれ、本当に面白いの?ていうかそこより譲土君のキモすぎる表情を何とかしてほしいんだよ」

「そうだ!略して念蓋。ちなみにこの作品の作者水茂(みなも)先生は俺の好きな二大作家の1人だ」

俺は聞こえているはずの誹謗中傷をシャットアウトした。今の俺は他者からみたらキモオタなのが確実に見て取れるだろう。

「じゃあもう一人の作家はスニアさんなの?」

「そんな訳なかろう!確かにスニアとは同じレーベルなのだが格が違う!この間もまとめサイトで愚痴ってやったばかりだ」

「へー、じゃあつまらないの?」

「いや、そういうわけじゃないんだ。なんか変なクセ……というか、性癖があるんだよスニア先生は」

「変態ってことかな?」

「まぁ、確かに性癖爆盛り作家なんて言われているが……いや、そんなことはどうでもいい!!とにかく1クール12話構成のova付きだから覚悟しておけ!!」

強引に話の逸れを修復し、再生するためにリモコンの再生ボタンを押す。正直、人へ布教するときほど楽しいことはないと思っている。

「できれば仮眠付きでお願いしたいんだけど」

「あー、10分だけな」

極めて必然的であるその質問に俺は拷問のような解答をよこした。
そして、アニメ鑑賞会は始まった。

「へー、かなり面白いじゃん!なんか思ってたものとは違うね」

10話が見終わった直後。和香の反応は予想外に良かった。
しっかり楽しんで貰えてると思うといい気持ちになる。趣味を分け合う楽しさはやはり甘美なものだ。

「そういえば、このアニメ劇場版あるって言ったっけ?」

少し疑問に思ったその内容を何気ない会話の中に溶け込ませてみた。

「それを今のタイミングで言うのは死刑だよ?死刑」

なんで今なんだと落胆する彼女の心情を俺は理解できなかった。

「大丈夫だろ?明日も休みだし」

俺は思ったことをそのまま正直に伝えた。

「それが分からないのが死刑なんだよ!」

呆れながら怒ってくることでますます心情が分からなくなってしまった。




「……………見終わった感想どうぞ」

睡魔の攻撃にカフェイン増し増しの珈琲で耐えながらの質問だった。

「感想を述べる体力など私には……」

そう言いかけた途端、体力の尽き、ぐったり倒れた。しかも俺のベットの上での出来事……。

「ホントにお前は童貞に容赦ないん…」

和香が倒れたという事実は俺にも等しいことだった。最後まで語ることなく睡魔の恐るべき攻撃の上に倒れていった。

「……今は何時だろうか」

窓の日差しを必死に手で覆いガードしながら問いかけた。

「今は12時だよ。ごはんあるから冷める前に食べて」

随分と家庭的な会話が続いているが一つおかしいことがある。

「なんで平然と飯を作ってんだよ!三次元(リアル)にどこにもそんな女は存在しない!」

目の覚まし方としてはこの上ないツッコミによる目覚まし時計となった。

「この飯…作ったのか?」

目の前にはふっくらと黄金色に焼けたトーストと、湯気から香る匂いが頭を覚ますホットミルクが置いてあった。

「朝買ってきたんだよ、疲れてるからさっさと食べてよ」

感謝しかないが、あまりにも家庭的(ドメスティック)すぎる発言には裏表がないからこそ困ったものだ。

「ん、それは分かったが〈念蓋〉の感想がほしい」

やはり、感想が一番重要だ。今日という一日が意味あるものだと証明する時間なのだ。

「うーん、凄いよかったよ。なんというか、偏見が凄いタイトルだけどそこからは想像できないほど楽しめる作品だったかな。全然飽きなかったし」

ジェスチャーを交え意外と楽しそうに話してくれる和香は見ていてまったく飽きなかった。

「そこまで楽しんで貰えるとは久しぶりに有意義な徹夜だった。……んだが、本題があってだな…」

嬉しいとは別の感情が浮かんでくるのも仕方がない。俺の人生がかかった話と言っても過言ではないのだから。

「うん、分かってる。それを知ってて今この作品を褒めたんだから、私の気持ちは決まってるよ」

少し後ろを向いて背中越しに会話が交差する。
その優しい声は俺には何よりも安心できるものである。

「なにができるか分からないけど、もう少しアニメに触れてみたいし、この世界をもっと知りたいと思えた。……なんか譲土君に見透かされてたかな?」

照れくさそうに髪をいじりながらこちらに視線を送ってくる。

「愚問だな。…ってんな訳ないだろ?この作品を観てもつまらないなんて言われてたら一生家から出てこれなかったぞ」

安堵のため息と共に腰は抜けず、しかし全身の力が一気に抜けて頭を机に突っ伏した。

「なんで泣いてるの?!涙腺破壊させるようなこと言ったつもりはなかったんだけど!」

おどおどと心配そうにあたりをうろつく姿が涙でぼやけながらもしっかりと目に写し出されていた。

「緊張と一緒に涙腺もほどけちゃった的な?」

少し口元も緩みはにかみながら応答した。

「まあ、そんなことはいいとして、ごはん食べてよ。冷めちゃったじゃん!」

こんなに嬉しい知らせだったにもかかわらず鳴り響くお腹と冷めたトーストをそっと見つめて平謝りに手をつけた。

「コンビニ飯ってこんなにおいしかったかな?」

素早く食べ進めていく冷めたトーストは気のせいか特別な味がした。しかし同時に襲ってきたのは俺に心を開きすぎではないかという不安だった。


~ファミレスにて~


「ご静聴ありがとうございました」

いつの間にか座席から起立していた俺はそそくさと腰を下ろした。

「随分と長く語っていただきありがとうございました……!!!」

怒りが沸点まで到達してしまったことはテーブルを揺らしガンを飛ばしてくる時点でお察ししてほしい。
一方ゆうの方は…

「くずと死すべし…」

と隠す気が無い呪文を詠唱し、テーブルの上で伸びてしまっていた。

「話をまとめるようで悪いが…」

恐る恐る話し始めると視線は一点集中した。

「ここにいるみんなで手を取り合い素晴らしい作品を作ってやろうじゃないか!!」

逃げるように決めゼリフを繰り出し拳を握る。

「あっ、やっぱり怒ってます…?」

「別に?まぁ、二人でなにしてようが関係ないけど、とにかく脚本がこんなにボロボロのゴミみたいなものだと現実的に考えて無理。そんなところでしょ」

「お前はイチイチ暴言を言わなきゃいけない体質なのか?」

「仮にも同じ作品を作る仲間に隠れて密会するカスには確かに言うわね」

(ぐうの音も出ない……)

「それに…まとめサイトの話もあるわけよ。当然でしょ?」

やっぱり怒っているなんて言うわけにはいかず、頭を下げ黙っておいた。

「私は怒ってますよ?二人でお泊まりだなんて死をもって償う以外に他ないんですからね!死をもって!!」

死の宣告のみ二回繰り返されたことで如何にご立腹かは理解した。こちらも返す言葉もないくらいの正論……。

「とにかく、俺の脚本はこれからなんだから!もう少しだけ待ってくれ!」

二人にすがるように頭を下げ必死に懇願した。この二人を失うことは二人の怒りに殺させる前に俺の作品の死に直結するのだから。

「あと一週間が限界よ。もうこれ以上の譲歩はあり得ないからね」

一言告げると席を立ち上がり席の横に置かれたジャージを手に取りそのまま出て行ってしまった。

「私も一週間がタイムリミットですからね!あまり暇じゃないんですから」

まだ冷めていない怒りがあるせいか言葉に棘があった。

「じゃあ、また一週間後」

ゆうもまたスニアに続いて帰ってしまう。

「今日はここまでかな?とにかく譲土君は脚本のこと…頑張って!なにか力になれることあったら教えてね」

どこまでも優しい和香は一言だけそう呟きやはり帰ってしまうのだった。

「俺も早く帰って最強の脚本を完成させないとな!」

しばらく座っていた腰は重くゆっくり立ち上がる。いざ、俺も帰ろうとしたが…

「お客様」

「なんでしょうか?」

後ろからしたその声は間違いなく店員さんの声であり、その声は俺にはっきりと一つだけ物語っていた。

「2320円になります。」

水しか飲んでいない俺はレジの金額を見つめた。和やかに笑う店員さんに罪はないんだろう。

「これでお願いします……」

俺はそんなことを考えながら強く握りくしゃくしゃになった5000円札1枚と、320円を渡した。もちろんポイントカードは使わせていただいた。

(ヒロイン…って何なのだろうか……)

そんな何気ない一言のようなあり得ない悩みも夕日に照らされて消えてゆく。そして新たに誓った。

「あいつらといるとき金持ってこないわ」
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