魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅳ 魔王の娘

3節 憎悪の焔・消滅の神威 ③

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 金属片が飛び散り、爆風で塵が舞う中、レイエルピナの体が徐々に顕になる。その体は、濃い紫の膜で覆われていた。そこに向け一条の光線が飛ぶが、当たった瞬間、飲み込まれるように溶け消える。一切の手応えが感じられなかった。

「触れたものを霧散・溶解させる攻性結界……防御まで攻撃的だねぇ」
「……危なかった」

 当の本人は冷や汗を垂らし、安堵しているようだった。ついでに、弱体化も解けたらしい。

「アイツ、遊んでやがるな」

 ベリアルは渋い顔で戦況を見据えている。

「どちらが、ですか?」
「エイジだ。私と戦った時のような必死さ、苛烈さがない」

 テミスは慄く。少し前の自分には想像もできなかった、人外による超常の戦いに。

「とはいえ、そなたがどちらか悩んだのはさすがと言える。確かに現状ではエイジが優勢だが、レイとてまだ余力は残しているからな」

 レイエルピナは結界を解き、剣を握り直す。目の前にいる男、先程までは取るに足らないちっぽけな存在に思っていたのに、今となっては強大に、恐ろしく感じる。

「チッ、楽に勝てる相手じゃないのね……何が正面戦闘は苦手、よ」
「オレ自身の戦闘技能はそれなり、だからね。真っ直ぐな戦い、試合形式で、同じ武器、だったら誰にも勝てない。オレの強さは特殊能力あっての物種よ。正面からぶつからず、のらくら小手先の搦手で、せこせこ戦うしかないのさぁ」

 握る手に力が入る。眼前の敵、その目を真っ直ぐ見る。次に何をしようとしているのか、その感情や狙いを見抜こうとする。

「ふんふん、さっきまでみたいに、とにかく突撃、ってのをしなくなったのはいいのだろうけれどね……今回ばかりは逆効果だ」

 剣を取り、一気に接近。応戦__

「なっ、動かな…」

 気づくと目の前にヤツがいて、その剣を胸元に突きつけていた。

「魔眼……!」
「御明察だぁ。このオッドアイ、ただの飾りじゃなくてね」

 エイジが瞬きすると、フッと硬直が緩み、レイエルピナはバランスを崩す。

「くっ……」

 そこへすぐさま蹴り上げが。転がって避けつつ、慌てて立ち上がると距離を取る。

「そうだ、動け、逃げ惑え! そうしてくれないと、こちらも遠距離系や設置型の技が多いのに、それらの出番がないからなぁ!」

 人差しと中指を突き出し、銃の形。そこから低威力の魔弾を連射する。さながら二連装のマシンガンのように。その連射力から当たりはする。されどレイエルピナとて無防備に非ず。防御を展開し、魔弾を撃ち返しながら、渦を描くように大きく移動する。ただし彼女の反撃の魔弾は、彼の左腕に装着された菱形の盾で防がれる。

「……そこっ!」
「ッ⁉︎」

 エイジが左手に隠し持つボウガン。弾幕で誘導しつつの、一点狙い澄ました攻撃が命中する。その色は強く輝く白、闇属性の対極属性。その威力は、薄い膜にヒビを入れた。

「……ッ、はあ!」

 三発目が放たれたところでレイエルピナは急制動、いきなり方向転換し迫る。

「フゥッ!」

 レイエルピナが迫ったのを確認したところで、エイジも一歩踏み出し、左手を突き出す。

「シールドクロー!」
「なにっ、コレ⁉︎」

 左腕に装備していたシールドの前面が分割されると、鋏のようにレイエルピナを挟み込む。

「クッハハハ! 無様だねぇ!」 
「このっ……」

「からの~__」
「ヤバッ……!」
「パイルバンカー!」

 間一髪こじ開け脱出。その直後、盾の中から杭が飛び出す。

「ギミックアーツ。こういうの大好きなんだよね。ちなみにコレは自主開発」

 一歩遅ければ串刺し。身が竦む思いである。

「やりやがったわね、この!」

 苦し紛れに反撃の魔弾。だが、やはり防がれる。しかし、その防いだものは、何やら見慣れた道具。

「ところでさ、傘って知ってるかい?」

 なんと、彼が次に取り出したのは傘だった。

「これって誰しも一度は武器に見たてて振り回したことあると思うんだよね~。ってなわけで武器として作ってみたよ!」

 傘が自動で畳まれると、石突をレイエルピナに向ける。そしてハンドル部分の引き金を引くと、先端から魔力光線が放たれる。何とか避けつつ打ち返しても高速で広げ、同時に展開される障壁で防いでしまう。ならばと接近戦を挑めば、短めのランスのような感覚で振り回されるため、結局厄介。

「なに、遊んでるの……?」
「魔剣と打ち合えるんだから、れっきとした武器だよ。どうだ、遠近攻防隙なしだろう?」

 レイエルピナに叩きつけると、間合いを少し離す。すると、石突から魔力の刃が発振される。この延長分が間合いの優位となって、レイエルピナはますます近づけない。

「ッ……おのれ!」

 ダインスレイヴを両手持ちし、地面に突き刺す。その方向へ前方へ業火が噴き上がっていった。

「なんの。フーッ、ハァッ!」

 両手を勢いよく地面につける。すると目の前の地面が隆起、焔を堰き止める。

「今の、魔術じゃない⁉︎」
「勘が鋭いね。これも、特殊能力さ!」

 その力は炎を止めるだけに収まらず、レイエルピナに向け一直線に岩が突き出していく。レイエルピナが跳躍して躱すと、隆起は収まり、元の地面へと戻っていった。

「オマケに、コレもどうぞ!」

 手についた土をはたき落としながら、剣を数本周囲に召喚、展開する。

「何よ…それ……」

 召喚されても落ちる様子がなく、宙に浮いたままの剣を見て、呆気にとられている。

「いけよっ!」

 剣を飛ばす。その剣は彼女の横を通り抜け、後ろの壁に刺さった。

「わざわざ手で投げる必要なんてなかったっていうね」

 横をすり抜けた剣の軌跡を、最早彼女は追うこともできかった。

「言い忘れていた! レイエルピナ、そいつは私に第二形態を使わせたほどだぞ!」
「は、ウソでしょ……」

 さらに、無尽蔵に思われるほどに召喚される武器。それを目にした彼女はうつむき、剣持つ手から力が緩む。戦意を無くした。そう捉えたエイジは気を抜いた。





 __しかし

「チッ、まさかコイツにこれを使うことになるなんてね……」
「……! 何をするつもりだ……?」

 彼女には謎の余裕があった。レイエルピナは剣を納めると、脚をやや開き、膝を曲げて力を溜めている。

「な、レイエルピナ……それは、よせ!」

 ベリアルが慌てて静止するも、最早止めること叶わず。

「はぁぁぁぁあああああ!!!」

 下手に手を出せず様子を伺うエイジの前で、力が爆散する。

「うわっ!」

 彼はその余波に耐えられず、押されて堪らず手をついてしまう。

「なんだ……あれは……」

 力を解き放った彼女は黒い重厚なオーラを放ち、周りにはスパークを放っている闇魔力の球体が漂っていた。さらに魔剣も主に感化されたか、剣身は鮮やかなワインレッドに。加えて紅の意匠は形を変え、荊となる。その印象は、薔薇を想起させるか。

「なんだ、この異質な感じ……テメェは、一体何者だ⁉︎」
「この力は……神の力よ! 破っ‼︎」

 掌からエネルギー弾が放たれた。その弾はエイジの召喚した剣を呑み込み、城の壁に着弾すると、壁を抉り取った。

「剣が掻き消えた⁉︎ なんて威力だ……」
「よそ見してる、場合かしら!」

 壁に目をとられていると、次々とエネルギー弾が飛んでくる。

「のわっ! これは、遊んでいる場合じゃないな……! ハア‼︎」

 エイジも負けじとエネルギー弾を放って相殺する。が、向こうの方が威力は上。否、魔力の特性により呑まれている。

「これ、ただの魔力じゃないな……⁉︎」
「消滅の魔力だ」

「そんなもの聞いたことないぞ!」
「レイエルピナが言ったはずだぞ、神の力だと」

 弾幕戦はエイジが劣勢。そして其方に気を取られていると、接近されている。

「シッ!」

 その動きはさっきより速く、威力も増している。

「くぅっ!」

 太刀筋も変わっている。対応できたと思ったはずが、寧ろ先程のに慣れたのが逆効果なのか、躱しきれずに何度か掠る。

「まずいな……押されてるぞ……」

 絶え間無い猛攻にエイジは圧され、堪らず下がる。

「終わりよ、くたばれ‼︎」

 そこへ、レイエルピナ渾身の魔弾が放たれる。エイジも咄嗟に魔力光線を放って、相殺を図った。

「くっ……ぐうぅ、こんなものォ!」

 徐々に出力を上げていく。しかし、彼の魔力はなすすべもなく呑まれ、致命の一撃が迫る。

「こんな、ものにィ……ッグァァァァァァ!!!」

 遂に押し負けた彼は、消滅の魔力に呑み込まれてしまった。
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