ぼんぼんの五百日戦争 ～新～

スナック

ぼんぼんの夜は遅い。

人通りの少ない夜の町。
その一角に、彼女の店はひっそりと存在する。

 バブルの名残をとどめたレトロな電飾看板に、その店名が記してある。

「スナック もけけ」。

古びた引き戸の先には、客におつまみを振る舞うぼんぼんの姿があった。

「へいらっしゃい!」
 引き戸の振動を受けたぼんぼんが、威勢よく出迎えてくれた。

「どうぞ、そちらの席に座って」
 彼女に促され、端の席に座る。店内を見渡すと、既に客で一杯だった。

ぼんぼんは店内の棚を探り始めた。おそらく、客に提供する酒を探しているのだろう。

ぼんぼんには目がない。

酒を探すのにも一苦労じゃないのか？
しかし、こちらの余計な不安など彼女は露ほども感じていない様子だった。
お目当ての酒を取り出すと、迅速に客に提供する。
熟達した、無駄のない動きだった。

「お客様に嫌な思いをさせない。このスナックのモットーよ」
 ぼんぼんは語る。

彼女の心遣いは、店の随所に見られる。
メニューには点字が刻まれているし、トイレには真新しい手摺がついている。その工夫は枚挙に暇がない。

だが、常連は口を揃えて言う。

「ぼんぼんがいるから、このスナックに通い続けるんだ」と。

ぼんぼんはいつだって親身に話を聞いてくれる。
辛い話も、暗い話も、全てを受け入れてくれる。
そして、温かい言葉で心の傷を癒してくれる。
常連は皆、彼女の思いやりの虜なのだ。酒の一番のつまみは、さきいかでも鮭とばでもない。

ぼんぼんの言葉なのだ。

そんな常連の信頼を知ってか知らずか、ぼんぼんはナチュラルに言い放つ。

「あたいに大層な思いやりなんてないわ。あるのは人の幸せを願う気持ちだけ。その素直な気持ちさえあればね、人を癒すのなんて簡単なのよ」

スナック「もけけ」。
外観は古くても、その純粋な優しさはいつまでもこのスナックに根付いているのだ。

今宵もノスタルジックなスナックに、ぼんぼんの声が凛と響き渡る。

「へいらっしゃい!」