標識上のユートピア

さとう

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二章

二十七話

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 帰る段階になって、行きたい場所があると岸本が言い出した。 
「ちょっと職員室に寄ってもいいかのう」 
「もちろん構わないけれど。どうしたんだ?」 
 岸本は例の「ワイルドな木箱」を手にしてにやりと笑った。
職員室に行くには、旧校舎から新校舎に移動しなければならない。
旧校舎との狭間から、新校舎を見渡す。時間も時間なので大抵の教室からは明かりが消えていた。職員室だけが明々と光輝いている。教師の大変さを漠然と知った。
岸本はあっさりと職員室の入り口を通過した。
「入らないのか?」
 岸本はうなずく。それから職員室前に設置されている机に、「ワイルドな木箱」を置いた。
「なんだよこれ」
 困惑を隠しきれない。そんな俺をよそに、岸本は机に置かれた鉛筆で木箱になにか走り書きをした。
「貴方だけの卒業製作承ります。絵画、彫刻、服など、リクエストお待ちしております。お気軽にどうぞ」。乱雑な字でそう記されている。
「自分だけの卒業記念品が欲しい人もいるんじゃないかと思っての。勉強の合間をぬって、リクエストされた作品を作ってあげたいのだ」  
「はあ」 
 まず、リクエストボックスそのものが恥さらしだ。美術部が、もちろん悪い意味で好奇の眼差しに晒されるのは間違いないだろう。
非難したい気持ちを堪えたのは、俺自身リクエストに興味があったからだ。
冷やかししか来ないことは分かっている。それでも、心のどこかでは真面目な依頼を期待しているのかもしれなかった。
「まあ、しばらくやってみればいいんじゃないのか」
 岸本に向かってうなずいてみせた。
新校舎から外に出て、校門で岸本と別れた。
空はすっかり暗くなっていた。家に帰るのは憂鬱だ。父の顔が思い浮かび、筆舌に尽くしがたい嫌悪感がせり上がってくる。かき消そうとして激しく首を振る。全くの徒労に終わった。
帰宅途中には、いつも寂れた商店街を通りかかる。生き残っているのは、古いブティックと閉店寸前のスナックばかりだ。バブル崩壊期から時間が止まったのかと勘繰ってしまう。活気はなく、閉められたシャッターだけが風にうち震えていた。 
商店街の中間辺りまで歩いていくと、先にある白い街灯に照らされ、誰かが立っているのが見えた。スルーしかけて足を止める。見覚えのある人物だったのだ。
丸まった背中。シワだらけの制服。伸びきったセーターの袖。乱れた長い髪。
後ろ姿だけで確信する。
「板垣……?」 
 思わず呼び掛けていたが、彼女に届くことはなかった。
建物の影から、別の男が現れたのだ。遠目でよく見えないが、服装からして若い男だと分かった。
板垣と男は、一言二言言葉を交わした後、連れ立って路地裏に消えていった。  
不穏さを感じながらも、棒立ちで二人を見守ることしか俺にはできなかった。
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