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二章
三十九話
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見舞いの品を購入した俺たちは、いよいよ病院へと入っていくこととなった。
二人が入院している病院は外見を新調したばかりで、小綺麗なイメージがあった。しかしいざ中に入ってみると、外見との乖離に驚かされることとなった。
白い壁はところどころ黒ずみ、プラスチックでできた受付の表示はひび割れていた。非常口マークは点滅を繰り返し、人の形をしたものは影のようにその身を潜めていた。
俺と岸本は、受付を済ませて病室へと向かった。
まずは板垣だ。
部屋に入り、仕切りを開けたとき彼女はテレビを観ていた。相変わらず顔は腫れていたが、最後に会った時よりは元気そうだった。
「…………」
板垣はちらりとこちらを見たきり、またテレビに視線を戻してしまった。
なんと言ったらいいのか分からない。最後に会った時のこともあり、俺も沈黙するしかなかった。
「元気そうでよかったわい。これは土産なのだ」
岸本だけは明るく言いながら、備え付けの冷蔵庫にゼリーを仕舞い込んだ。土産という言い方がなんとも滑稽だった。
「あ、身どもの名前は分かるか? 岸本だ。岸本陸なのだ。将来は偉大なファッションデザイナーとして世界に君臨……」
「知ってるよ。あんた、うちのクラスでも有名だよ。『お花畑』って」
無慈悲にも板垣が遮った。しかもあながち嘘ではない。事実、岸本は殆どのクラスで嘲笑の的となっていた。「ワイルドな木箱」を設置してからは尚更だ。
「大切なのは、人の評判ではなく自分の気持ちなのだ。将来『岸本ブランド』の服で幸せになる人のことを考えれば、嘲笑など土台の内だ」
岸本がひらひらと手を振ってみせる。しかし、その口調は熱を帯びていた。
「馬鹿みたい。現実を見なよ」
板垣が負けじと鼻で嘲笑った。可愛くないなんてもんじゃない。こいつはそうとうひねくれている。
だが、彼女が怯えた犬のように虚勢を張っているのも確かだった。
「板垣には夢や目標はないのか? 俺でよければ悩みくらいは聞くよ」
岸本をフォローする意味合いも込め、口を挟む。持ってきたメモ帳にメールアドレスを書き、冷蔵庫の上に置いた。
板垣は長い前髪をワカメのように揺らし、ようやくテレビから顔を背けた。
代わりに俺が睨まれるのには納得できないが。
「浅い人間だね。そうやって私を見下してるんでしょ。もううんざり」
「そんなつもりはない。お前も大変な思いをして人間不信になっているのかもしれないが、世の中悪いことばかりじゃないぞ。見渡せばいい人なんてごまんといる。それに、板垣がのめり込めるような目標だって、探せばきっと見付けられるはずだ。俺たちも協力するよ」
この見舞いを通して、板垣が人間不信であることを俺は確信していた。そのバックグラウンドに引き金となるなにかがあったことも。
以前は怒りで彼女を突き放そうとしていたが、今は冷静に話すことができる。
岸本が目を潤ませながらうなずいた。気持ちが伝わったのは嬉しいが、お前を感動させたいわけじゃない。
しかし、肝心の板垣に俺の気持ちは届かなかったようだ。
「具合が悪くなってきたから、帰ってくれる? もうお見舞いにも来なくていいから」
彼女は再び視線をテレビに戻す。
こう言われては、俺たちは出ていくしかない。
「……お大事に」
病室を後にする。知らず知らずのうちに俯いていた。
結局駄目だった。板垣の心を揺さぶることはできなかったのだ。彼女に対してここまで感情移入していたことに、我ながら驚いてしまう。自分でも何故だか分からなかった。
隣の岸本は、呑気に口を尖らせていた。まるでペリカンだ。
「よくそんなおちゃらけた表情ができるな」
悪気はないと分かっていても、ついつい岸本に八つ当たりしてしまう。
当の本人はあまり気にしてないのか、アヒル口のまま俺の肩を叩いた。
「柿市よ、お主は心配しすぎだ。気を病まずどんと構えればよい」
「お前は楽観的すぎる」
「そうかのう。お主の言葉は、板垣にも届いたはずだぞ」
先ほどのどこを見ればそんなことが言えるのか不思議だが、少しばかり気が楽になったのもまた事実だった。
病院の廊下を歩いていると、目前に個室が見えてきた。ここで岸本とはお別れだ。岸本も知っている。この個室には俺の母親がいる。
「じゃあな、岸本」
「お母さんにお大事にと伝えておくのだぞ」
「ああ。ありがとうな」
去り行く岸本の背中を見送る。相変わらず不安定な歩き方だ。あれでは立ったばかりの幼児と何ら変わりない。
母親に会うのは随分久しぶりだ。再会を嬉しく思い、不謹慎ながらも口元が緩む。母親に呼び掛けながらスライドドアを開ける。
俺は絶句した。
二人が入院している病院は外見を新調したばかりで、小綺麗なイメージがあった。しかしいざ中に入ってみると、外見との乖離に驚かされることとなった。
白い壁はところどころ黒ずみ、プラスチックでできた受付の表示はひび割れていた。非常口マークは点滅を繰り返し、人の形をしたものは影のようにその身を潜めていた。
俺と岸本は、受付を済ませて病室へと向かった。
まずは板垣だ。
部屋に入り、仕切りを開けたとき彼女はテレビを観ていた。相変わらず顔は腫れていたが、最後に会った時よりは元気そうだった。
「…………」
板垣はちらりとこちらを見たきり、またテレビに視線を戻してしまった。
なんと言ったらいいのか分からない。最後に会った時のこともあり、俺も沈黙するしかなかった。
「元気そうでよかったわい。これは土産なのだ」
岸本だけは明るく言いながら、備え付けの冷蔵庫にゼリーを仕舞い込んだ。土産という言い方がなんとも滑稽だった。
「あ、身どもの名前は分かるか? 岸本だ。岸本陸なのだ。将来は偉大なファッションデザイナーとして世界に君臨……」
「知ってるよ。あんた、うちのクラスでも有名だよ。『お花畑』って」
無慈悲にも板垣が遮った。しかもあながち嘘ではない。事実、岸本は殆どのクラスで嘲笑の的となっていた。「ワイルドな木箱」を設置してからは尚更だ。
「大切なのは、人の評判ではなく自分の気持ちなのだ。将来『岸本ブランド』の服で幸せになる人のことを考えれば、嘲笑など土台の内だ」
岸本がひらひらと手を振ってみせる。しかし、その口調は熱を帯びていた。
「馬鹿みたい。現実を見なよ」
板垣が負けじと鼻で嘲笑った。可愛くないなんてもんじゃない。こいつはそうとうひねくれている。
だが、彼女が怯えた犬のように虚勢を張っているのも確かだった。
「板垣には夢や目標はないのか? 俺でよければ悩みくらいは聞くよ」
岸本をフォローする意味合いも込め、口を挟む。持ってきたメモ帳にメールアドレスを書き、冷蔵庫の上に置いた。
板垣は長い前髪をワカメのように揺らし、ようやくテレビから顔を背けた。
代わりに俺が睨まれるのには納得できないが。
「浅い人間だね。そうやって私を見下してるんでしょ。もううんざり」
「そんなつもりはない。お前も大変な思いをして人間不信になっているのかもしれないが、世の中悪いことばかりじゃないぞ。見渡せばいい人なんてごまんといる。それに、板垣がのめり込めるような目標だって、探せばきっと見付けられるはずだ。俺たちも協力するよ」
この見舞いを通して、板垣が人間不信であることを俺は確信していた。そのバックグラウンドに引き金となるなにかがあったことも。
以前は怒りで彼女を突き放そうとしていたが、今は冷静に話すことができる。
岸本が目を潤ませながらうなずいた。気持ちが伝わったのは嬉しいが、お前を感動させたいわけじゃない。
しかし、肝心の板垣に俺の気持ちは届かなかったようだ。
「具合が悪くなってきたから、帰ってくれる? もうお見舞いにも来なくていいから」
彼女は再び視線をテレビに戻す。
こう言われては、俺たちは出ていくしかない。
「……お大事に」
病室を後にする。知らず知らずのうちに俯いていた。
結局駄目だった。板垣の心を揺さぶることはできなかったのだ。彼女に対してここまで感情移入していたことに、我ながら驚いてしまう。自分でも何故だか分からなかった。
隣の岸本は、呑気に口を尖らせていた。まるでペリカンだ。
「よくそんなおちゃらけた表情ができるな」
悪気はないと分かっていても、ついつい岸本に八つ当たりしてしまう。
当の本人はあまり気にしてないのか、アヒル口のまま俺の肩を叩いた。
「柿市よ、お主は心配しすぎだ。気を病まずどんと構えればよい」
「お前は楽観的すぎる」
「そうかのう。お主の言葉は、板垣にも届いたはずだぞ」
先ほどのどこを見ればそんなことが言えるのか不思議だが、少しばかり気が楽になったのもまた事実だった。
病院の廊下を歩いていると、目前に個室が見えてきた。ここで岸本とはお別れだ。岸本も知っている。この個室には俺の母親がいる。
「じゃあな、岸本」
「お母さんにお大事にと伝えておくのだぞ」
「ああ。ありがとうな」
去り行く岸本の背中を見送る。相変わらず不安定な歩き方だ。あれでは立ったばかりの幼児と何ら変わりない。
母親に会うのは随分久しぶりだ。再会を嬉しく思い、不謹慎ながらも口元が緩む。母親に呼び掛けながらスライドドアを開ける。
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