高欄に佇む、千載を距てた愛染で

本宮 秋

文字の大きさ
12 / 16
情愛

第四話

しおりを挟む
 幸せな時間が、続いていた。
勿論、大変な事も色々あったが二人で常に前向きに乗り越えていった。
いつも笑顔で気を遣ってくれる夫に感謝しかない妻だった。
少年の時も青年の時も、自分の事を顧みず真っ先に私の為に尽くしてくれて……

そんな感謝の日々が五年続いた。

それは二人にとって幸せな五年でもあった。

妻の女性も徐々に良くなり、より楽しい時間を二人で過ごせる様になっていった。
相変わらず夫の男性も一生懸命働いて忙しい日々だったが、それでも互いに良い人生を送っていた。
現場メインの仕事をこなす夫。
その日も離れた所での仕事。しばらく帰れなかったが、夫も少しでも稼いで妻の為にと苦労をいとわなかった。

雨が…… 暫く続いた。

雨は、二人にとって出会いと再会をもたらしてくれたもの。
嫌な感じは無く、むしろ懐かしい気持ちにさせてくれた。

一緒になってからは、大切な時に雨に降られる事も少なくなり雨に対して深く考える事も無くなっていた。

ただ、久々に雨に懐かしさを感じていた妻だった。夫が居ないからそう感じたのだろうと思っていた。

予想以上に降り続く雨。

ニュースで土砂崩れが…… あったと。
夫が今、仕事で行っている所で。
まさか…… とは思ったが。

電話が……

夫の会社から。
夫が土砂崩れに巻き込まれたらしいと。

どうしていいのか、わからなかった。
土砂降りの雨。とりあえず会社に向かうが、それ以上は何も出来なかった。
ただ待つだけ。
大丈夫。夫は若いし大丈夫。
そう思うだけしか出来なかった。

若くても良い人間でも……

雨が弱まった2日後に…… 訃報として妻が知る事となった。
それでも信じられず、呆然とする妻。
そんな何も考えられない中、淡々と葬儀が行われた。最期のお別れの時に、それ
まで認めたくなかった思いが溢れた妻。

最期の最後まで、夫の男性にしがみついていた。

会社の人の話だと建設現場は直接、土砂崩れに巻き込まれ無かったという事。
潰されてかかった家に居た女性を助けようとして、二次被害に巻き込まれたという事だった。残念ながらその女性も助ける事が出来なかったらしい。
五十代位の女性。

子供の頃、失った母親と姉。
生きていたら……
母親の影と重なったのか… 
辛い過去を持つ夫には、黙って見過ごせなかったのか……


全てを失った様な感じがした妻。

『どうすれば…… いいの?
生きて行く意味が…… 無い。
まだ若い貴方では無く私が……
 もう辛いのは…… 嫌。どうして私みたいのが生きてるの? どうやって生きて行けばいいの? 生きる目標を失ったのに…… 』

そう妻は、毎日毎日思い続けた。

夫を亡くしてから何も無かった様に晴れの日が続いていたがある日、突然雨が降った。夕方の一時だけの雨。

その雨に夫の影を感じた。
夫が、私に傘を渡してくれる様な気がした雨。
『何か…… 私に言いたい事あるの?
私と一緒になったばっかりに、貴方はこんな事になって。恨んでる? 後悔してる? ごめんね…… 』

雨は、少しずつ弱くなり虹が薄っすら出た空。その時、妻にはある場所が頭に浮かんだ。

次の日、妻はその場所へ向かった。

 愛染橋。

結婚してすぐに二人で来た以来。
相変わらず淋しい橋。夫がいない一人で訪れるには、より淋しい。
出会った特別な場所。あの頃、まだ中学生の男の子と、まさかこんな人生を歩み、そして別離が来るなんて……

思い出の写真を手に、染み染み夫との時間を振り返る。

『貴方に、幸せと楽しさと希望を与えてもらったのに…… 私は何かを与えられたのかな? 』
そう考えながら欄干に手をつき川を見つめた。
『初めて会った土砂降りの時も私は、こんな風に川を見ていた…… でも貴方が傘を渡してくれて前を見る事が出来たんだよね』
そう思い…… 妻は、前を見てそして上を向いた。
『今日は、雨が降らないのね。雨が降ると貴方が私に傘を渡さないといけないから…… 雨を降らさないのかな?
……ごめんね。
こんな後ろ向きだと駄目だよね。
私は、あの時とは違う。あの時は何も無く諦めてたけど。今の私は貴方との幸せだった時間、楽しい思い出、沢山持ってる。
その思い出がある限り、私は生きていける。生きていかないといけない…… 貴方の為にも。これからも…… 一緒にいてね』

雨が降らない愛染橋で…… 妻は誓った。

……

夢が覚めた。

やはり少し辛く切ない夢。

愛染橋という名の通り、愛に纏わる想いの夢だが……

どれだけ愛染橋は、想いを見続けて来たのだろう。

そしていつまで愛染橋に自分は、関わり続けていくのだろう。


第四話   終









しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...