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《┈第二部┈》第三章
《汐梨》
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ドクドクドク
心臓が、鼓動を刻む。
誰だろうか。絶望に染められた心では、疑心暗鬼になってしまう。
振り向けば、存在が消滅するのかもしれない。恐ろしくなり、振り向いては行けない、と自分に言い聞かせた。
聲は、美湖では無かった。そうなれば、あの女性かもしれない。
感情のこもらぬ、冷たい声。
暗く沈む、冷たい声。
────似ている────
先程、あの女性は、わたしに向けて、恨み言を叫んだ。
心臓が高鳴った。絶望が増幅した。
彼女の叫びは、わたしの心に、恐怖をまいた。
なぜだかは分からない。
しかし、なぜだが、わたしの心は、絶望に染まった。
きづけば、首は後ろへと、回りつつあった。
振り向いては行けない。そう思うのに、現実は無情に だ。意識とは裏腹に、首は後ろへと回された。
目に飛び込んできたのは、別の女性だった。
髷に結われた髪。花柄の着物。
江戸時代か、明治時代のような装いだ。
なぜ、彼女は、暗闇にいるのだろうか。わたしは、憑依されたのだろう。美湖も、憑依されたのだろう。
そうなれば、ここは、憑依された人が来る場所なのかもしれない。だとすれば、彼女も、憑依されたのだろうか。
────いや、おかしい────
わたしやみこは現代に憑依された。しかし、この女性は、現代人とは思えない。現代の和装とは明らかに違う。わたしの説があっているとするならば、彼女はここにいるはずがない。
つまり、わたしの説は間違っているのだろうか。
そんなことを考えているうちに、意識は果てしない遠洋に流されていった。
絶望の絵の具が彼女の心を塗りつぶしてゆく。
気づけばわたしの目の前に、ひとりの女性がいた。向かい合わせにたっているのとは、全く違う────俯瞰で見ているような感覚だ。
彼女は、霧島財閥当主の元で働いていた。そして時折、彼女は絶望する。
それは、彼と話した後だった。
なぜ、彼女は絶望するのだろうか。
彼が、声を荒らげているのは、見ていない。
彼の言葉のどこが、彼女の心を抉るのだろうか。
次は、わたしの耳に彼の言葉が飛び込んできた。痛い。彼の言葉は柔らかだが、心の中心を深く抉ってゆく。彼が言葉を発する度、心の痛みは増幅する。
わたしは、耐えられず、耳を手で塞ぐ。それでも頭の底から響く彼の声。
恐ろしく、辛く、悲しい。わたしの存在価値を抉る。抉る。えぐる。
わたしの心まで、絶望の墨が塗りつぶした。目の前が暗く染まり、息が荒くなってゆく。
はぁあはぁはぁ
荒い息遣いがわたしの耳に届く。
それはわたしのものではなく、彼女のものだった。彼女は走っていた。花柄の着物は乱れ、髷もほどけかけていた。
気づけば雨も降り出し、彼女を濡らす。
涙と雨粒が混ざり、零れ落ちた。息遣いと、ポツポツとした雨音だけが、レンガの通りに響いていた。
ゴホッゴホッゲホッ
しばらくすると、彼女は座り込んでいた。
冷えたからか、咳き込んでいる。
夕焼けのオレンジ色から、空は闇色に塗り替えられてゆく。夜の膜が降りきった頃、彼女の席は止まった。
夜が明け、街が明るく照らされてゆく。
道の傍らに踞る彼女は、もう動かない。息は、止まっていた。心臓は、止まっていた。体は、死の冷たさを帯びていた。
急にわたしの視界が白み、やがて吸い込まれる様な闇が覆った。そして、変わらぬ状況に、絶望するのだった。
心臓が、鼓動を刻む。
誰だろうか。絶望に染められた心では、疑心暗鬼になってしまう。
振り向けば、存在が消滅するのかもしれない。恐ろしくなり、振り向いては行けない、と自分に言い聞かせた。
聲は、美湖では無かった。そうなれば、あの女性かもしれない。
感情のこもらぬ、冷たい声。
暗く沈む、冷たい声。
────似ている────
先程、あの女性は、わたしに向けて、恨み言を叫んだ。
心臓が高鳴った。絶望が増幅した。
彼女の叫びは、わたしの心に、恐怖をまいた。
なぜだかは分からない。
しかし、なぜだが、わたしの心は、絶望に染まった。
きづけば、首は後ろへと、回りつつあった。
振り向いては行けない。そう思うのに、現実は無情に だ。意識とは裏腹に、首は後ろへと回された。
目に飛び込んできたのは、別の女性だった。
髷に結われた髪。花柄の着物。
江戸時代か、明治時代のような装いだ。
なぜ、彼女は、暗闇にいるのだろうか。わたしは、憑依されたのだろう。美湖も、憑依されたのだろう。
そうなれば、ここは、憑依された人が来る場所なのかもしれない。だとすれば、彼女も、憑依されたのだろうか。
────いや、おかしい────
わたしやみこは現代に憑依された。しかし、この女性は、現代人とは思えない。現代の和装とは明らかに違う。わたしの説があっているとするならば、彼女はここにいるはずがない。
つまり、わたしの説は間違っているのだろうか。
そんなことを考えているうちに、意識は果てしない遠洋に流されていった。
絶望の絵の具が彼女の心を塗りつぶしてゆく。
気づけばわたしの目の前に、ひとりの女性がいた。向かい合わせにたっているのとは、全く違う────俯瞰で見ているような感覚だ。
彼女は、霧島財閥当主の元で働いていた。そして時折、彼女は絶望する。
それは、彼と話した後だった。
なぜ、彼女は絶望するのだろうか。
彼が、声を荒らげているのは、見ていない。
彼の言葉のどこが、彼女の心を抉るのだろうか。
次は、わたしの耳に彼の言葉が飛び込んできた。痛い。彼の言葉は柔らかだが、心の中心を深く抉ってゆく。彼が言葉を発する度、心の痛みは増幅する。
わたしは、耐えられず、耳を手で塞ぐ。それでも頭の底から響く彼の声。
恐ろしく、辛く、悲しい。わたしの存在価値を抉る。抉る。えぐる。
わたしの心まで、絶望の墨が塗りつぶした。目の前が暗く染まり、息が荒くなってゆく。
はぁあはぁはぁ
荒い息遣いがわたしの耳に届く。
それはわたしのものではなく、彼女のものだった。彼女は走っていた。花柄の着物は乱れ、髷もほどけかけていた。
気づけば雨も降り出し、彼女を濡らす。
涙と雨粒が混ざり、零れ落ちた。息遣いと、ポツポツとした雨音だけが、レンガの通りに響いていた。
ゴホッゴホッゲホッ
しばらくすると、彼女は座り込んでいた。
冷えたからか、咳き込んでいる。
夕焼けのオレンジ色から、空は闇色に塗り替えられてゆく。夜の膜が降りきった頃、彼女の席は止まった。
夜が明け、街が明るく照らされてゆく。
道の傍らに踞る彼女は、もう動かない。息は、止まっていた。心臓は、止まっていた。体は、死の冷たさを帯びていた。
急にわたしの視界が白み、やがて吸い込まれる様な闇が覆った。そして、変わらぬ状況に、絶望するのだった。
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