浦町ニュータウン~血塗られた怪異~

如月 幽吏

文字の大きさ
68 / 92
《┈第三部┈》過去編~5~

3、

しおりを挟む
重い扉を押し開け、事務所の中へと足を踏み入れる。
何も考えず、習慣に従い、足を踏み入れた。
しかし、その瞬間、僕は抑えきれない衝動に駆られ、喉の奥から絞り出すように叫び声を上げた。
叫び声は、静まり返った事務所の中に、異様なほど大きく響き渡る。
それだけ、大きな声で叫んだだろうか。
自体は分からないが、それだけは思った。
叫びごえが、レンガ造りの壁に反響し、天井に吸い込まれ、そして僕の耳へと戻ってくる。
机の上に置かれた書類が、叫び声の振動で微かに震えていた。壁に掛けられた時計の針が、規則正しく時を刻む音が、叫び声によって一時的に掻き消された。
数々の細かな状況は掴めるが、大元の叫びの原因となった事態は掴めなかった。
────そこには、鶫実がいた。
しばらくして、その事態をようやく呑み込めた。それだけでは「呑み込めない事態」とは言えないだろう。
そう────。それは生きた人間の姿ではなかったのだ。
首は、重力に逆らうことを諦めたかのように、だらりと長く伸びていた。
その顔は、生前の彼女の、陰鬱で、何も浮べないだけの表情とは全く異なり、深い恨みの感情が刻み込まれた、歪んだ形相をしていた。
目は大きく見開かれ、僕を見降ろしていた。その目にぎょっとし、喉が上下する。

その顔には、生前の彼女が抱えていたであろう、絶望と怒りが、生々しく残っていた。
口元は、何かを訴えようとしたかのように、わずかに開いている。
しかし、そこから発せられる言葉は、もちろんのこと存在しない。
彼女の体は、抜け殻のように、そこに存在していた。
生きていた頃の温もりは失われ、冷たく、硬い。だが、恨みだけは消せず、禍根のように鮮明に刻まれていた。
彼女の姿は、僕の心の奥底に眠る、暗い記憶を呼び覚ます。それは、かつて僕が味わった、絶望と憎悪の記憶と、同じ姿であった。
彼女の恨みに満ちた表情は、僕の心をざわつかせる。それは、僕自身の心の闇が、形を変えて現れたかのようだったのだ。
僕は、彼女の姿から目を逸らすことができなかった。それは、まるで呪いのように、僕の視線を奪い、心を縛り付ける。恐ろしくて目を話そうと思おうとも、それは叶わず、僕の目にそれは写り続けた。
────彼女は、何を訴えようとしているのだろうか。誰に、何を伝えようとしているのだろうか。その答えは、もはや誰にも分からない。ただ、彼女の恨みだけが、この事務所の中に、重く、そして不気味な空気となって漂っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?

鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。 先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

処理中です...