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《┈第四部┈》第四章
《葉月》
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わたしがそこにいることに、誰も疑問を示さない。疑問を示すと言えば、わたしがぼう然と、立ち尽くしていることに対してだ。
わたしは、部長だと言われても、自体が呑み込めなかった。間違えであってほしいという気持ちで、上司らしき男性の元に駆け寄る。
「あの。この会社に、わたしと同姓同名の人、いますか。」
「いません」
答えはすぐに帰ってきた。やはりわたしは、彼らに部長だと思われているのだ。だが、素直にわたしが部長でもなく、ましてや社員ですらないことを告げられ無かった。
わたしは彼との会話の間も、部長と呼ばれていた。姿を見ても、彼がわたしを部長と呼ぶ。
その事は、わたしが部長で、間違えないという現実を突きつけた。
他の人に聞こうと廊下を歩く。人が、居ない。やはり人口減少に伴い、社内の人口も減っているのだろう。
わたしが部長という記憶は、深い霧に覆われまったく掴めない。
記憶をたどってみる。
わたしは、アパートの管理人として、連続する死と失踪に怯えていた。
花柄の着物の女性を見てすぐ、視界は暗闇に覆われる。夢だと思っていた。限りなくリアルだが、明らかに夢なのだと、覚めてすぐ思った。だが思い返せば、おかしいまでに長い。
あれは、たんなる夢だったのだろうか。
突然視界が光に染る。
そして気がつけば、ベッドの上にいた─────。
やはり部長になった記憶も、社員になった記憶もまるでない。
わたしは、与えられた役割を演じるしかないのであろうか。
廊下をウロウロしていても、誰もいないため、わたしはオフィスを覗いて見た。
無数のデスクが、整然と並べられている。だが、空席が多い。5つの席を残して、全てが空席だった。
深刻に人口が少ないのだと、確信する。
五人に、わたしのことをさりげなく訪ねてみたが、無慈悲にも部長だと告げられた。
先ほど名前を見つけたデスクに、呆然と座る。カレンダーが、置かれている。赤いバツが、並んでいた。
今日の日付は、六日だったはずだ。だが、二十五日まで、バツがつけられている。
ふと月を確認すると、そこには、十一月と書かれていた。情報が間違っていると思い直し、その場にあったパソコンを開く。
十一月二十六日十五時五十八分────。
カレンダーの数字は、無慈悲にも二ヶ月という空白を告げていた。
それは、わたしが暗闇にいる間、流れていた時間なのだ。
愕然とする、という言葉では到底足りない。世界の均衡が崩れ落ちる瞬間を目撃したような、根源的な恐怖だった。
二ヶ月。人生の一部が、まるで誰かに盗まれたかのように、わたしの記憶が、暗闇に塗りつぶされていた時間だ。
だが不思議と、あの時わたしには意識があった。
わたしは捉えていた。
ひた、ひたという足音も、何も見えない視界も、絶望も。
失われた時間は、わたしを不安の淵へと突き落とす。
その間、わたしはどこにいたのか、何をしていたのか。そして、この空白は、わたしの人生にどのような影響を与えるのだろうか。
知らず、喉が上下していた。
わたしはアパートに帰ると、悶々としていた。辞職しようという考えが頭をよぎる。勝手にわたしが部長になっていて、気味が悪い。やめたらなにか害があるかと心配になる。だが、わたしには、知らない部長の役職を、演じられない。
わたしは、辞職を決め、翌日会社で辞令を出した。この人手不足でのわたしの辞任は、相当責められた。だがこれで良かったのだと自分に言い聞かせ、会社を後にした。
わたしは、部長だと言われても、自体が呑み込めなかった。間違えであってほしいという気持ちで、上司らしき男性の元に駆け寄る。
「あの。この会社に、わたしと同姓同名の人、いますか。」
「いません」
答えはすぐに帰ってきた。やはりわたしは、彼らに部長だと思われているのだ。だが、素直にわたしが部長でもなく、ましてや社員ですらないことを告げられ無かった。
わたしは彼との会話の間も、部長と呼ばれていた。姿を見ても、彼がわたしを部長と呼ぶ。
その事は、わたしが部長で、間違えないという現実を突きつけた。
他の人に聞こうと廊下を歩く。人が、居ない。やはり人口減少に伴い、社内の人口も減っているのだろう。
わたしが部長という記憶は、深い霧に覆われまったく掴めない。
記憶をたどってみる。
わたしは、アパートの管理人として、連続する死と失踪に怯えていた。
花柄の着物の女性を見てすぐ、視界は暗闇に覆われる。夢だと思っていた。限りなくリアルだが、明らかに夢なのだと、覚めてすぐ思った。だが思い返せば、おかしいまでに長い。
あれは、たんなる夢だったのだろうか。
突然視界が光に染る。
そして気がつけば、ベッドの上にいた─────。
やはり部長になった記憶も、社員になった記憶もまるでない。
わたしは、与えられた役割を演じるしかないのであろうか。
廊下をウロウロしていても、誰もいないため、わたしはオフィスを覗いて見た。
無数のデスクが、整然と並べられている。だが、空席が多い。5つの席を残して、全てが空席だった。
深刻に人口が少ないのだと、確信する。
五人に、わたしのことをさりげなく訪ねてみたが、無慈悲にも部長だと告げられた。
先ほど名前を見つけたデスクに、呆然と座る。カレンダーが、置かれている。赤いバツが、並んでいた。
今日の日付は、六日だったはずだ。だが、二十五日まで、バツがつけられている。
ふと月を確認すると、そこには、十一月と書かれていた。情報が間違っていると思い直し、その場にあったパソコンを開く。
十一月二十六日十五時五十八分────。
カレンダーの数字は、無慈悲にも二ヶ月という空白を告げていた。
それは、わたしが暗闇にいる間、流れていた時間なのだ。
愕然とする、という言葉では到底足りない。世界の均衡が崩れ落ちる瞬間を目撃したような、根源的な恐怖だった。
二ヶ月。人生の一部が、まるで誰かに盗まれたかのように、わたしの記憶が、暗闇に塗りつぶされていた時間だ。
だが不思議と、あの時わたしには意識があった。
わたしは捉えていた。
ひた、ひたという足音も、何も見えない視界も、絶望も。
失われた時間は、わたしを不安の淵へと突き落とす。
その間、わたしはどこにいたのか、何をしていたのか。そして、この空白は、わたしの人生にどのような影響を与えるのだろうか。
知らず、喉が上下していた。
わたしはアパートに帰ると、悶々としていた。辞職しようという考えが頭をよぎる。勝手にわたしが部長になっていて、気味が悪い。やめたらなにか害があるかと心配になる。だが、わたしには、知らない部長の役職を、演じられない。
わたしは、辞職を決め、翌日会社で辞令を出した。この人手不足でのわたしの辞任は、相当責められた。だがこれで良かったのだと自分に言い聞かせ、会社を後にした。
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