卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜

ポルカ@縁の下のチカラモチャー

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賢者



(……何かが変わるのだろうか)

 カズマとシノが、興奮冷めやらぬ様子で帰っていった後、朔は丁寧に調理器具を洗いながら、自問した。

 自分の料理が、あの無口な猟師と、聡明な母親の心を動かしたのは事実だ。

 だが村という共同体の、長年かけて固まった常識や偏見を、たった一晩の食事が覆すことができるだろうか。

 全く良い方向へ考えられぬまま、翌日の昼過ぎになったが、その答えは、朔の予想を遥かに超える形でやってきた。

 彼の家の前に現れたのは、カズマとシノだけではなかった。

 村の長老が、数人の村の有力者と思われる男たちを伴って、そこに立っていたのだ。それは、村の公式な訪問団だった。

 畏まっている様子から、明らかに以前追い返された時とは雰囲気が違うことが見て取れた。

「――どうぞ。話は中で」

 朔は、彼らを穏やかな笑顔で迎え入れた。

「恐れ入る」

 長老を先頭にして、村人たちが険しい表情のまま、室内に入る。

「………」

 彼らは朔が建てた家と厨房を、驚嘆を隠せない目で見回す。
 そこにある全てが、初めて見るものばかりであった。

「お尋ねしたいことばかりだが、用意してきた話を先にさせていただこう」

 長老は視線を朔に戻すと、ゆっくりとその乾いた唇を開いた。

「サク殿、と呼ばせていただく。昨夜、カズマとシノから、そなたのもてなしの全てを聞いた」

 長老は、一度言葉を切り、おもむろに、朔の前で深々と頭を下げた。
 その行動に、朔だけでなく、後ろに控えていた村人たちも息を呑む。

「我らはそなたを素性の知れぬ者として『穢れ』と呼び、蔑んできた。知恵ある者を前に、自らの無知を晒したことを、村を代表して深く深く詫びる。どうか許して頂きたい」

 そのあまりに真摯な謝罪に、朔は驚いてしまうくらいだった。
 長老は、顔を上げると続けた。

「サク殿。そなたは我らが知らぬことを多々ご存知のようだ。どうかその大いなる知恵を、この貧しいカイナ村に授けてはくれまいか。そして飢えた村人を、子供たちを救ってはくれまいか」

 それは、村からの正式な懇願。

 よそ者としてではなく賢者として、そして仲間として迎え入れたいという、心からの申し出だった。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 その日を境に、朔の生活は一変した。
 朔の厨房は、もはや朔一人の聖域ではなかった。

 村の女たちが、シノに連れられて、毎日交代で彼の元を訪れるようになったのだ。

 朔の「料理教室」のはじまりである。

「……火というのは、ただ燃やせばいいものじゃない。時には赤子をあやすように弱く、時には獣を狩るように強く。火を制する者が、味を制するんだ」

 彼は、竈の効率的な使い方から、出汁の取り方まで、基本的なことから丁寧に教えた。

 朔が教える衛生の概念――調理前の手洗いや、生肉と野菜で調理台を分けること――も、彼女たちにとっては革命的だった。

「たいていの肉は菌というものがいるんだ。そのまま食べると腹を壊す原因になるが、火を通すことでそれを死滅させられる」

「ほえぇ……」

 彼女たちは今まで謎だった腹痛の原因を知ることになった。

 子供たちは、もちろんこれまで通り、毎日厨房に入り浸っていた。だが、彼らはもはや、ただおやつを待つだけの客ではない。

 朔の小さな助手として、薪を運び、木の実を拾い、野菜を洗う手伝いを、誇らしげな顔で行うようになった。

 朔の厨房は、いつしか、この村の新しい心臓部となっていた。女たちの井戸端会議の場となり、男たちの狩りの作戦会議の場となり、子供たちの学び舎となった。

 そこには、常に温かい火があり、人を惹きつける良い匂いがあり、そして、中心には穏やかに教えを説く朔がいた。

 村人たちの朔への感謝は、具体的な形で示された。

 家の床板はさらに滑らかに磨かれ、壁の隙間は粘土で丁寧に埋められ、雨漏り一つしない頑丈な屋根が葺かれた。

 そして、村の中心部から朔の家まで続く、しっかりとした道が作られた。もはや、彼の家は「村はずれの小屋」ではなく、村の一部として、完全に繋がったのだ。

 朔は、村人たちと共に汗を流しながら、この温かい変化に、少し戸惑い、そしてそれ以上に深い幸福を感じていた。

 現代で彼がいた世界は、実力だけがものを言う、孤独な戦場だった。料理は、他者を打ち負かし、評価を得るための武器だった。

 だが、ここでは違う。

 料理は人と人とを繋ぎ、共体を温め、育み合うための架け橋だった。

 夜、改築されて広くなった家で、朔は一人、竈の残り火を眺めていた。

 厨房の棚には、村人たちが「先生への貢物だ」と言って置いていった、珍しい木の実や、ずっと持っておきたくなるような形の良い石が密集して並んでいた。

 それはまるで、孤独ではなくなった朔のようだった。

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