処刑された悪役令嬢に転生したら、ドMの変態令嬢たちに困らされています。

もちもちのごはん

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第一話 転生

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 目を開けた瞬間、私は直感した。

(あ、これ絶対夢……じゃない)

 視界いっぱいに広がる天蓋付きベッド。レースのカーテン、シャンデリア、そして異様に豪奢なドレッサー。
 見慣れない部屋、でもどこかで見たことがある。

 鏡に映った自分の顔を見て──私は叫びかけた声を、必死に飲み込んだ。

(……うそ……ちょっと待ってこれ……)

 長い金髪。白磁のような肌。艶やかにカーブした唇と、冷たく見下すような目。
 これは……これはまさか……。

「オルフェリア・フォン・グリムハイト……っ!?」

 ──私が、人生でいちばん愛した「推し」じゃないですか!!



 名前は黒瀬萌無子、27歳、会社員。ブラックな職場に疲れ果てて、ある日突然ぶっ倒れた。
 目を覚ましたら、「伝説の悪役令嬢」オルフェリアに転生していた。

 いやいや、意味が分からない。

 確かに私はオルフェリア様の処刑シーンを1,000回は見たし、SSも何本も書いたし、公式グッズはすべて持っている。
 でもまさか──まさか、本人になるなんて!!

(これ……最高じゃん……!!)

 ドSで、冷たくて、最後まで貴族の誇りを捨てなかった最高のキャラ。
 自分が死ぬとわかっていても動じない、あの美しさ。
 オルフェリア様に、私は一生罵られていたいと思ってたのに……。

(私、本人!? どうすればいいの!? いや、何すればいい!? え、まず踏めばいい!? それとも罵倒!?)



「お嬢様、そろそろ登校のご準備を」

 侍女の声に導かれるまま、私は服を着替え、馬車に揺られて──王立アカデミーに辿り着いた。
 この世界の乙女ゲームの舞台。つまり、ここで物語が始まる。

(でも、まだ序盤。婚約破棄イベントも処刑も遠い。ってことは……私、自由に動ける!!)

 そう、自由だ。
 オルフェリアとして、好きにふるまっていい。堂々と令嬢たちにマウント取ってもいい。
 地面に這わせて、髪を踏んでもいい──それが「似合う女」に私はなったのだ!

 心の奥で高笑いしながら廊下を進む。完璧な優雅さでスカートを翻し、貴族の娘たちを睨みつけ──。

「……!?」

 廊下の先。こちらを見ている一人の少女がいた。

 銀髪の内巻きボブ。淡い水色の瞳。控えめなドレス。清楚そのものといった風貌のその子が──。
 こちらを見つめながら、じわりと……頬を赤らめた。

「……オルフェリア様……ッ♡」

 こっちに駆け寄ってきたかと思うと──彼女はいきなり、私の足元でスカートをつかんで、顔を上げる。

「この顔を──思いきり、踏んでいただけませんか……?」

「…………」

(あれっ!? 展開早くない!?)

「わたくし、ずっとあなたに踏まれたくて……ずっとこの日を夢見て……。お願いします!! どうか、罵ってくださいませ、オルフェリア様ァ!!」

 目がマジだ。心の底から本気で言ってる。

(やばい、この子、狂ってる──いや、好きだけど!)

「……貴女、名前は?」

「ミレットですわ!! ミレット・フォン・アルカンシェル!! わたくし、オルフェリア様の奴隷を名乗るために生きておりますの!!」

(どこの界隈の名乗り口上!?)

 そして気づいた。

 この学園……なんか、やたらと視線が刺さる。

 ふと見れば、廊下の陰、窓の外、階段の上……。
 色んな場所から、女子たちがじっとこちらを見ている。

 目を潤ませて。頬を赤らめて。時には口元を抑えながら──。

 (ねえ待って、私、人気ありすぎじゃない!? こんな、出オチみたいな……)

 ──地獄は、もう始まっていた。



「お願いです、踏んでください……っ」

 ミレットは、廊下の真ん中で私の足元にひざまずき、顔を差し出していた。
 心の底からうっとりした顔で、まるで天使に処刑されるのを望む殉教者のように。

(いやいやいやいや、意味がわからん!!)

 私はオルフェリア様に転生した。確かにそうだ。
 だけど、「何もしないうちからドM令嬢に崇拝される」のは想定外すぎる。

「あ、あの……貴女、ちょっとお顔を上げて……?」

「っ……ッ!! お顔を、睨んでいただけた!? これはご褒美……っ!?」

(違う、違う違う違う!! 普通の会話をしようとしてるだけなの!!)

 しかも周囲を見れば、物陰や窓際にちらちらと見える女の子たちの影──
 ミレットの告白に明らかにざわついている。いや、興奮している。

 その中の一人、軍服風の制服に身を包んだ長身の少女が、静かに一歩前に出た。

「……踏まれるだけが、愛ではないと思います」

「え……?」

「──斬っていただけるのも、幸せですわよね?」

 その少女は、手にしていた木刀を軽く肩に担いで、私を見つめた。
 鋭くも伏し目がちなその目は、明らかに“殺されたい顔”をしている。

「私はヴィオラ・ド・シュヴァルツェンベルグ。剣術科首席。
 どうか、わたくしの命を、その手で……奪ってくださいませ、オルフェリア様……」

(だから、まだ何もしてないんですけど!?)

「ちょ、ちょっと待って、皆さん……その、落ち着いて?」

「落ち着けると思いますか? あの『睨み』を見せつけられて……」

「一睨みで胃が痙攣しましたわ……でも、それが、気持ちよくて……♡」

(いやいや、私ただのオタクOLですから!! そんなつもりは微塵も──)

 ミレットとヴィオラ。踏まれたい少女と斬られたい少女。
 そのふたりが私を間に挟んで、じわじわと距離を詰めてくる。

「オルフェリア様……お好きなのは、刀ですか? それとも、素手ですか?」

「どちらの足で踏まれるか、選ばせていただけませんか?」

「……え、選ばなきゃいけないの……?」

(ていうか、選んだら実行されるの!? え、ほんとにやらなきゃいけないの!?)

 ──そして私は、ふと思った。

(この世界、どう考えてもおかしい。私がおかしいんじゃなくて、周りが変態すぎるんじゃ……?)

 もしかして。
 もしかすると、これは──「Sにならないと、生きていけない世界」なのでは?

 心のどこかで、妙なスイッチがカチリと音を立てた気がした。

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