処刑された悪役令嬢に転生したら、ドMの変態令嬢たちに困らされています。

もちもちのごはん

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第二話 萌芽

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「……お嬢様、あの方は何者ですの?」

 昼休み、私の目の前に差し出されたティーカップをそっと受け取ると、ミレットが首を傾げた。
 淡い水色のリボンが揺れ、柔らかな銀髪がさらりと流れる。

「誰のこと?」
「剣術科のヴィオラ・ド・シュヴァルツェンベルグ様。昨日、オルフェリア様に『斬られたい』と仰っていた……あの、少し物騒な方ですわ」
「……少し、ね?」

(いや、だいぶ物騒だったけど?)

 けれど、ティーカップを持つミレットの手はうっすら震えている。

「オルフェリア様の初踏みは……わたくしのはずでしたのに……」
「いや、初踏みってなに!?」

 思わずツッコミを入れてしまった。
 でもミレットは頬を赤らめて、ほっとしたように微笑んだ。

「その口調……突き放すようで、とても素敵ですわ♡」

(やばい、普通にしゃべっただけで刺さってる……!)

 逃げるようにティーカップを口に運ぶ。香り高いアールグレイが喉を潤したが、頭の中は混乱したままだ。

 ミレット・フォン・アルカンシェル。
 学園内では「高嶺の花」と称される貴族令嬢。成績優秀、家柄も良く、立ち居振る舞いも完璧。
 なのに、初対面で「踏んでください」と懇願してきた変態である。

(そのギャップはズルいでしょ……)

 それでも、彼女の振る舞いの端々に見える「本気」の眼差しが、私はちょっとだけ怖かった。

「ミレット。あなたは、どうしてそんなに、私に──」
「恋をしたからですわ」

 瞬間、心臓が跳ねた。

「オルフェリア様の、その冷たい瞳に。気高く見下ろす横顔に。心の奥まで見透かされるような、あの美しさに……」
「……昨日が、初対面よね?」
「ええ。初対面で、恋に落ちましたの。理屈ではありません。わたくしの顔の上に立っていただけるのは、貴女しかいませんわ──」

「物理的に!?」

(だめだこの子、完全に重症だ……)

 けれど、どこかで私はその言葉に、くすぐったい喜びを覚えてしまっていた。

 ◇

 午後の講義を終え、廊下を歩いていると、すれ違う令嬢たちが一様に会釈をしてくる。

「オルフェリア様……今日もお美しい……」
「ちょっと目が合った……嬉死にそう……」
「昨日の『睨み』、録画しておけばよかった……!」

 彼女たちは誰一人として、私を「悪役」としてではなく、「女王」として見ていた。

(この顔、表情、姿勢……全部、もともとのオルフェリア様の威圧感なんだよね……)

 そして、私の中でふとした感覚がよぎった。
 ──この視線、悪くないかも。
 背筋を伸ばし、顎をわずかに上げて歩くだけで、周囲の人間が息を呑む。
 教室に入れば、沈黙と敬意が降りそそぐ。
 私は何もしていない。ただそこに「いる」だけ。
 それなのに、支配する空気が生まれる。

(……あれ? これって……ちょっと気持ちいい?)

 そんな私を、ミレットが廊下の突き当たりで待っていた。
 彼女は小さく会釈して、スカートの裾をつまんで一礼する。

「オルフェリア様。……本日も、お美しくございます」
「ありがとう」
「……あの、ひとつお願いがあるのですが……」

 ミレットはおずおずと、だがはっきりとこちらを見上げてきた。

「『見下して』いただけませんか?」

(え、いまこのタイミングで?)

「今この場所で、ひと睨み──軽蔑のこもった、それを……いただけたら……」

(いや、普通断る場面なんだけど……でも……)

 ──気づけば、私は彼女の目をじっと見下ろしていた。
 あえて言葉は発さず、ただ視線だけで。
 冷たく、憐れむように。ほんの少し、唇を歪めて。
 ミレットは、うっとりと目を細めた。

「……ありがとうございます……今日も、素晴らしかったです……♡」

 その瞬間、私は確かに思った。

(……見下すって、気持ちいいかも)

 ──私は今、初めて人を見下して、悦びを感じてしまったのだ。

 ◇

 翌日、朝からずっと何かに見られている気がしていた。
 正確には──「見張られている」という感覚。
 すれ違う生徒たちは皆、私に好意のこもった視線を向ける。ミレットやヴィオラのような露骨な変態崇拝でさえ、もはや慣れてきた。
 だが今日の「それ」は違った。

(もっとこう、じっとりしてるというか……じわじわ這うような……)

 背中にまとわりつくような、冷ややかで熱っぽい視線。
 不快ではない。むしろ、「分析」されているような妙な居心地の悪さがあった。

(……気のせいじゃない、よね)



 昼下がりの中庭。
 誰もいない、静かな場所。鳥のさえずりと風の音しか聞こえない。
 そこに私が足を踏み入れると──風景の中に、不自然な「異物」があった。

 真っ白な日傘。青みがかった銀髪。きっちりとアイロンのかかった制服。
 ベンチに腰掛けて、手帳を開き、さらさらとペンを走らせていた少女。
 彼女は、私の視線に気づいた様子もなく──いや、あえて気づいていないふりをして──筆を止め、静かにページを閉じた。

「……お待ちしておりました、オルフェリア様」

 その声は、妙に耳に残る。どこか、冷ややかで、甘くて、凍るように熱かった。

「セシリア・アルジェントと申します。情報科三席。貴女のことは……前からずっと、記録しておりますわ」
「記録?」

 私は自然に身構える。だが彼女はただ、優雅に立ち上がった。

「ええ。貴女が今日、朝起きた時間は六時三分。
 紅茶はダージリン、ミルク多め。靴は昨日と違う黒のエナメル。歩幅は指一本ほど短く、昨日よりも気温に合わせた動きに変化あり」
「…………」
「あと、今朝の寝癖、左の後ろ側が立ち上がっていて──とても愛らしかったですわ」

(やばい、この子だけ情報の質が違う)

 この世界に転生して数日、いろんな「百合の愛」を浴びてきたけれど──この子のは別種だ。
 愛が観察と記録に変換され、完全にストーカーの領域に踏み込んでいる。

「もちろん、盗み見などしておりません。貴女を『観察する権利』は、私自身が正当に得たものですので」
「正当に……?」
「一日平均三十二人の令嬢から情報を集め、貴女にまつわる行動、言動、食事、表情、声色、全てを『オルフェリア様観察日誌』に記録しております。現在、十七冊目に突入しました」

(十七冊目……? 待って、ってことは……)

「オルフェリア様を『観察すべき存在』だと直感したのは、学園に入学するよりも前。十二歳の時に一度、舞踏会で拝見してから──ですね」

 狂気が、理知の皮を被っている。

「でも、やっと今日、こうして……直接、お声をかけることができました」

 彼女の目が細く笑う。

「──わたくしを、罵倒していただけませんか?」
「……やっぱり、そこに行き着くのね」
「記録してきたのです。睨みの角度、声音、嘲りのイントネーション……でも、どれも『実物』には敵いませんでした。オルフェリア様の、本物の罵倒。どうか、わたくしのデータに、最後のピースを……♡」

 そう言って、セシリアはスカートの裾をつまみ、跪いた。
 その姿は、まるで──神の奇跡を乞う学者のようだった。

(うわ……変態なのに神々しい……!)

「わたくし、オルフェリア様の『知識』と『記憶』になりたいのです。いずれ、この身が滅びても──あなたのすべてを、語り継ぐために……♡」

 彼女の目は、本気だった。
 「記録」という名の愛。観察という名の執着。

(この世界の百合、マジで一線越えてる……)
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